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欧州サッカー界でもこの分野の先駆者?ミランの「サステナビリティレポート」分析

2022.09.27

Jリーグが行っている社会連携活動「シャレン!」に代表されるように、日本ではサッカーが持つ社会性を地域に役立てる活動が盛んになってきているが、欧州サッカーではどのような取り組みが行われているのだろうか? 12-13シーズンから「サステナビリティレポート」を公開しているミランの例を分析してみよう。

 近年、持続可能な社会の実現に向けて、どのような取り組みをしているのかをステークホルダー(利害関係者)に向けて開示するための報告書を作成する企業が増加している。この報告書を「サステナビリティレポート」と呼ぶ。

 Google 検索で、思いついた日本の大手企業の社名にスペースを空けてサステナビリティレポートと入力して、検索をかけてみてほしい。「CSR報告書」や「統合報告書」などの異なる名称のレポートを含むものの、該当する企業のレポートが見つかるであろう。実は欧州のフットボールクラブで早くからサステナビリティレポートを発行してきたクラブの1つがミランである(イタリアでは最初のクラブである)。

 12-13シーズンから毎年発行しており、2022年9月時点で最新の20-21シーズン版まで合計8部を閲覧することが可能である(イタリア語版英語版の2つ用意されているものの、13-14シーズン版のみ英語版がない)。今回は7月20日に公開されたばかりの20-21シーズン版について取り上げてみたい。これまでの版はPDF形式でしか読むことができなかったが、今回からミランの公式サイト上ですべてのコンテンツを確認できるようになった。

「ステークホルダー資本主義」を反映した構成

 20-21シーズン版のレポートには「みんなにとってのミラン(イタリア語版は“Il Milan di tutti”、英語版は“AC Milan for everyone”)」というタイトルがつけられており、それは「自分たちのサステナビリティに対するアプローチを通じて伝えたいキーメッセージである」とミランの公式サイトに記されている。筆者はこれを近年、世界で支持を集めている「ステークホルダー資本主義」に則ったものと捉えたい。

 ステークホルダー資本主義と対置されるのが、従来から主流とされてきた「株主資本主義」である。会社は株主のものであり、株主の利益を最大化することを第一にするべきであるという考え方である。その発端の1つとされるのが、シカゴ大学の経済学教授であったミルトン・フリードマンによる1970年の『ニューヨーク・タイムズ』紙への寄稿である。彼はそこで「企業の社会的責任は利益を増やすことである」と述べた。これを原点として50年近く、株主資本主義が米国を中心に支持されてきた。米国にはビジネス・ラウンドテーブル(以下、BR)という主要企業の経営者が集う財界ロビー団体がある。BRは1997年9月に発表した「企業統治に関する声明」という白書の序論にて「企業の第一の目的は所有者に経済的な利益を創出することである」として、株主第一主義の立場を採った。

 しかし、2019年8月19日にBRが発表した「企業の目的に関する声明」で、ステークホルダー資本主義への転換を宣言するに至った。Appleのティム・クックCEO、Googleの親会社Alphabetのスンダー・ピチャイCEOをはじめとする181人の経営者が署名した声明にて、彼らは「どのステークホルダーも不可欠である」として、その全員に対して価値をもたらすことを約束している。彼らにとって、ステークホルダーとは顧客、従業員、サプライヤー、コミュニティ、株主の5者であり、株主はあくまでのそのなかの一部に過ぎない。こうした考え方は決して新しいものではない。日本にも近江商人が経営哲学の1つとして受け継いできた「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」の精神があり、ステークホルダー資本主義との親和性が高いと言えよう。

クックCEO(写真左)とピチャイCEO(同右)。写真は21年8月、米ホワイトハウスで開催されたサイバーセキュリティの専門家会合にて

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サステナビリティレポートミラン経営

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schumpeter

2004年、サッカー雑誌で見つけたミランのカカを入口にミラニスタへ。その後、2016年に当時の風間八宏監督率いる川崎フロンターレに魅了されてからはフロンターレも応援。大学時代に身につけたイタリア語も活かしながら、サッカーを会計・ファイナンス・法律の視点から掘り下げることに関心あり。一方、乃木坂46と日向坂46のファンでもある。

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