サモラ、V.バルデス、カシージャス――リーガを彩ってきた名GK史
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2000年以降のUEFAカントリーランキングで最多となる16度首位を記録し、世界最高峰リーグの地位を確たるものにしているラ・リーガ。ロナウド、リオネル・メッシ、クリスティアーノ・ロナウドら名スコアラーたちが華々しい活躍を披露するとともに、強力な点取り屋たちの前に立ちはだかる守護神たちも多数輩出してきた。今回は、ラ・リーガに名を刻む名GKたちを振り返ってみよう。
サモラ賞に輝くGKたち
エル・ディビノ(聖人)というニックネームには、およそ似つかわしくないエピソードが多い。ラ・リーガの最少失点率GKに贈られる賞にその名が冠されているリカルド・サモラは、1920~30年代で世界最高のGKであり、サッカー史上でもレフ・ヤシンと並ぶ大物だ。
1920年アントワープ五輪に出場して銀メダル。ちなみに最多得点者に贈られる賞にその名がつけられることになるピチーチはこの時のチームメイトである。「神聖なる男」であるはずのサモラはこの大会で逮捕された。アントワープ五輪は決勝でチェコスロバキアが判定に抗議して試合放棄してしまい、2位以下の順位決定がやり直しとなる大混乱だったのだが、サモラはその順位決定2回戦でイタリアの選手をパンチして退場処分とされた。それでもスペインは銀メダルを獲得したのだが、サモラはハバナ産の葉巻を大量に買い込んで帰国のための列車に乗ったところで逮捕されている。持ち出し限度をはるかにオーバーしていたのだ。
タートルネックのセーターとハンチング帽がトレードマーク、コニャックを愛飲するヘビースモーカー。1922年にはエスパニョールからもらった契約金を過少申告して脱税となり、1年間の出場停止処分も科されている。
しかし1936年の「サモラ殺害事件」に比べればご愛敬だろう。市民戦争が始まった時期、ナショナリスト系の新聞が「サモラが共和主義者に殺された」と報じた。当時のスペインは共和制政府なのでサモラは政権側に殺されたと報じられたわけだが、これはまったくの誤報でサモラはピンピンしていた。反政府側の右翼によるプロパガンダである。そして政府側に探し出されたサモラは投獄されてしまう。何とか無事放免されたサモラはフランスへ渡りニースでキャリアの晩年を過ごした。
エスパニョール、バルセロナ、レアル・マドリーで大活躍したサモラはスペインの英雄だった。1929年のイングランド戦勝利の立役者としても有名だ。イングランドが英国外の代表チームに初めて敗れた試合だった。サモラは胸骨を骨折していたにもかかわらず、驚異的なセービングでゴールを守り続けたという。スーパースターであるがゆえに、内戦に突入していく国内勢力の右からも左からも利用された。第二共和政下と市民戦争後のフランコ独裁政権、どちらからもサモラは叙勲されている。時代に翻弄された「聖人」だったかもしれない。
新しいGK像を示したV.バルデス、しのぎを削ったカシージャス
サモラ賞の第一号はリカルド・サモラ本人で通算3回受賞している。しかし、その伝説のサモラを超える5回受賞者が3人いる。アントニ・ラマレッツ(バルセロナ)、ビクトル・バルデス(バルセロナ)、ヤン・オブラク(アトレティコ・マドリー)だ。
ラマレッツは1950年代のバルセロナを代表する名選手。ラディスラオ・クバラ、ルイス・スアレス、シャンドール・コチシュ、エバリストらの名手たちと何度目かの黄金時代を担った。
V.バルデスは2004-05に初受賞すると、2008-09から4年連続で受賞している。ジョゼップ・グアルディオラ監督が就任し、史上最高の黄金期のスタートした時期である。優れたGKとは何かの定義に重大な変化が起きていて、V.バルデスはその象徴とも言える存在だった。
抜群の反射神経とパワー、読み、ハンドリング能力や心理戦でゴールを死守するのがGK像だったわけだが、2008年に始まるバルサではビルドアップに組み込まれた、フィールドプレーヤー化したGKへの変化が起こっている。もちろん従来のGKの能力は求められているが、そのうえに優れた足技が必須になっていく。その流れが決定的になったのがこの時期なのだ。V.バルデスは新たな要求に苦労しながらもこなしきり、新たな時代を切り拓いた。
しかし、この時期のスペイン代表の正GKはV.バルデスではない。彼は2番手で、レギュラーはイケル・カシージャスだった。レアル・マドリーの名手でスペイン代表でもキャプテンを務めていた。『マルカ』紙が2011年に行ったファン投票では圧倒的得票で歴代最高GKに選出されている。国際サッカー歴史統計連盟の「21世紀ベストGK」のランキングでも第2位だった(1位はジャンルイジ・ブッフォン)。
サモラ賞はシーズンの最少失点率を記録したGKを選出しているだけで、最優秀GKを選んでいるわけではない。V.バルデスは画期的で優れたGKではあったが、カシージャスの方がかなり評価は上だったのだ。俊敏で勇敢で冷静、まさにゴールの守護神だったカシージャスは従来型のGKであり、足下が特別に巧いタイプではない。ただ、GKにとって守備力が最優先なのは現在でも変わらないだろう。
2015-16から4年連続で受賞し、2020-21に5回目のサモラ賞に輝いたヤン・オブラクも従来型のGKである。所属のアトレティコ・マドリーは堅守が強みのチームであり、GKのビルドアップ能力もそれほど求められていない。2015-16に記録した平均失点率0.47は歴代ナンバー1だ。ディエゴ・シメオネ監督が練り込んだ自慢の守備陣に守られているとはいえ、引いて守っている以上シュートを打たれる機会はそれなりに多い。試合によってはほとんど守備機会さえなかったV.バルデスやカシージャスに比べると、オブラクは多忙なGKと言える。
アルコナーダとアブラネード
サモラ賞受賞GKの所属クラブがバルセロナ、レアル・マドリー、アトレティコ・マドリーの三強で大半を占めているのは当然の結果と言える。強いチームの失点はおよそ少ないものだからだ。
その点で例外的だったのがルイス・アルコナーダだ。1979-80から3シーズン連続でサモラ賞を獲得している。アルコナーダはスペイン代表のGKであり、生涯ソシエダでプレーしたワンクラブ・マンだった。最少失点率のGKがいるチームが弱いわけはなく、ソシエダは1980-81、1981-82に連覇を成し遂げている。ただ、 これは逆にアルコナーダがいたから連覇できたとも言えるだろう。しかし、1984年欧州選手権の決勝でミッシェル・プラティニのFKを後逸して先制を許した印象があまりにも強く、以来そうしたミスは「アルコナーダ」と呼ばれるようになってしまった。チップキックのPKは1976年欧州選手権でこれを成功させて優勝したチェコスロバキアのMFの名前である「パネンカ」で呼ばれるが、80年代の名GKに不名誉な「アルコナーダ」はかなり気の毒だと思う。
3回受賞のファン・カルロス・アブラネードもワンクラブ・マンだ。ヒホンでプレーし、初受賞の1984-85のチームは4位だったが、連続受賞となった1985-86は6位、3回目の1989-90は13位である。GKアブラネードの奮闘ぶりが想像される。スペイン代表では第2GKだった。この時期の正GKはバルセロナのアンドニ・スビサレッタだ。
スビサレッタはスペイン代表キャップ126試合、ラ・リーガの出場数は歴代トップの622試合。バルセロナでは「ドリームチーム」のGKとしてリーグ4連覇や初のCL優勝に貢献したヨーロッパを代表する名手だった。しかし、サモラ賞は1986-87の1回だけ。このときはまだヨハン・クライフ監督ではなく、テリー・ベナブレス監督である。
ラ・リーガ史上でも特筆される「ドリームチーム」だが、当初はあまりにも不安定な守備が「ヒッチコック・ディフェンス」と揶揄(やゆ)されていた。ヒッチコックはサスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコックのことで、それぐらい心臓に悪かったという意味だ。失点自体は意外に少なかったのだが、スビサレッタがいてもサモラ賞を獲れるようなチームではなかったわけだ。
現役GKでは5回受賞のオブラクが最多だが、すでに3回受賞しているティボ・クルトワ(レアル・マドリー)もまだ受賞回数を伸ばす可能性がありそうだ。まだ受賞していないテア・シュテーゲン(バルセロナ)も候補だろう。最新の2021-22はヤシン・ブヌが受賞している。セビージャでは初のサモラ賞だった。モロッコ代表のブヌはアフリカ人としてはジャック・ソンゴォ(デポルティーボ/カメルーン代表)に次ぐ2人目だった。
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Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。