初参戦のJ3で首位に立つ快進撃を見せているいわきFC。ピッチ外の取り組みにフォーカスが当たりがちな彼らであるが、ピッチ上で見せているサッカーもユニークだ。ラルフ・ラングニック流の密集型の縦に速い“日本版ストーミング”を山口遼氏に分析してもらおう。
「日本サッカーのフィジカルスタンダードを変える」
一貫したフィロソフィとともに、地域リーグからほとんど立ち止まることなく昇格街道を突き進むいわきFCは、今年も勢いをそのままにJ3の首位をキープしている。2位以下との勝ち点差は詰まっており安心できる状況ではないが、それでもこのまま行けば旗揚げからわずか7年でJ2への昇格を果たすことになる。
サッカー選手として以前に、いちアスリートとしてのフィジカル的な素地を高めるという哲学は明確かつシンプルだ。しかしそのためか、何かというとピッチ内で行われるサッカーの内容以上に、ジムでの取り組みや栄養面のサポートといった部分に注目が集まりがちなのも事実である。しかし今季ピッチで展開されるサッカーの内容に目を向ければ、彼らが決してサッカーというスポーツを軽視しているわけではなく、クラブとしての哲学を上手くサッカーの内容に反映させていることがわかる。
そこで本記事では、いわきFCを純粋なサッカー面という切り口から分析することで、彼らの哲学を別の角度から参照してみたいと思う。
ロングボールは少なく、地上戦重視。そして面白い!
フィジカル的なフットボールというと、サッカー界では何かとネガティブな響きに受け取られやすい。ロングボールの応酬や危険なタックルといった、大味なフットボールをどうしても想起してしまうからだ。しかし、意外と言ったら失礼になってしまうが、いわきFCの展開するフットボールは見ていて面白い。展開が早く迫力があるフットボールなのは確かだが、ロングボールの割合は意外に少なく、地上で判断を伴ってボールを動かすプレーが多く、エキサイティングで攻撃的である。
今季から監督に就任した村主博正氏は、2014年から2019年にFC町田ゼルビアにてコーチ経験を持つが、当時監督を務めた相馬直樹氏のフットボールは現在彼が展開するそれとかなり近い。どちらが起点となり他方に影響を与えたのかを外部から窺い知ることは難しいが、いずれにせよ相馬氏と村主氏のサッカー観は非常に近しいのは確かだろう。
彼らのフットボールは、一言で言うなら“ラングニック流の密集型ストーミング”である。攻撃の際には選手たちは片側3レーン程度まで密集してポジションを取る。この時、SBも内側のレーンを取るが、これはポジショナルプレーの文脈で中央のパスコースを増やすために行われる偽SBとは目的もタスクも大きく異なる。彼らは時間をかけてじっくりと攻撃するつもりがあまりないので、一般的にあった方が良いとされる“広いスペース”をそもそも必要としていないのだ。むしろ、素早く前進していくために近い距離でパスコースを増やすこと、またボールを失った際にボール付近の守備の圧力を高めることを目的に、チームとしての横幅自体を極めて狭く設定している。
また、もう1つの特徴は、前方へのランニング頻度の多さだろう。攻撃時やカウンター時、ボールが相手の守備ラインを越えて前方の選手へ収まると、後方の選手が通常では考えられない勢いと人数でボールホルダーを追い越していく。筆者が所属するY.S.C.C.横浜との対戦時にも、そのランニング頻度の高さは脅威となっていた。あまりにもランニングに躊躇がないので、「守備側の最終ラインが数的不利(しかも3vs5などのレベル)」というなかなかプロの世界では見られない光景を何度も見ることになった。
もちろん、ボールを失えばカウンターのリスクも隣り合わせなので、決してメリットばかりの戦術行動とは言えないが、逆に言えばボールを追い越し、奪われた際のプレスバックまでも含めてタスクを完遂し切るだけの走力への自信があるということだろう。このようなスプリントによって単純にボールホルダーは前方に多くの選択肢を持つことができるので、技術的/認知的負荷を極限まで軽くすることができる。いわきFCはその圧倒的なスプリント能力によって守備の安定性と攻撃時の選択肢の多さとダイナミズムをかなりの完成度で実現させていた。
フィジカルに「頼る」プレーではなく「支えられた」プレー
先にも述べたように、いわきFCの興味深いところは彼らのこだわりでもある「圧倒的なフィジカル的素養」が安直な文脈でサッカーに回帰されていない部分だろう。すなわち、オールドファッションなイングランド的キック&ラッシュや、悪い意味での“高校サッカー然”とした「蹴って走って頑張る」といったありがちなスタイルとは一線を画している。……
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd