2022年7月19日、久保建英の獲得を発表したレアル・ソシエダ。バスクの地に本拠を置き、ラ・レアルの愛称で知られる彼らのピッチ内外での現状を伝えるとともに、久保の起用法やポジション争いについて展望する。
久保建英のソシエダ入団が決まった。実質的に彼にとってプラスとなる、スペインでは唯一のクラブだった。
マジョルカの2年間を経た今、もう残留争いのクラブに入る選択肢はなかった。マジョルカ、ヘタフェでの経験でわかったのは、乏しい戦力で確実に勝ち点を得ようとすれば、守備に人数を割き、重心が後ろにかかった分、攻撃はロングボールに頼らざるを得ず、ボールを触りたがる久保は得点よりも失点の原因と見なされること。残留争いが厳しくなればなるほどベンチに置かれることが増えた。
残留争いに汲々(きゅうきゅう)とすることのない、ステップアップとなる欧州カップ戦出場組のうち、唯一久保に興味を持っていたのがソシエダだった。
レンタル移籍でなかったのも好ましい。1年限りで帰ってしまい引き留める術のない選手を厚遇するクラブもチームもないからだ。
ソシエダがレンタルを拒否したのは、1年のレンタル中に大活躍した後レアル・マドリーに連れ戻され半年後にアーセナルに売却されたマルティン・エデゴーの二の舞を避けるためだったのだろう。エデゴーをトップレベルに通用する選手にしたのはソシエダだったのに、スポーツ的にも経済的にも見返りを受けることはなかった。
完全移籍を求めたソシエダとレンタルを望んだレアル・マドリーが妥協し合う形で、50%ずつ保有権を分け合う格好になったが、現地報道によると将来の移籍の決定権はソシエダが100%握っており、レアル・マドリーは売却料の半分を受け取る権利を持っているに過ぎないようだ。EU外枠が埋まっており放出が必須だったレアル・マドリーと、獲得が必須というわけではなかったソシエダでは、交渉の場で後者が有利なのは当然。いずれにせよ、将来的に久保が必要ならレアル・マドリーは、ソシエダが納得する好条件で買い戻せばいいのだ。
出身者は欧州主要クラブ最多。“No1”の育成力
チームとして分析する前に、クラブとしてのソシエダに言及しておこう。
久保の獲得で今夏ここまでの補強費は、バルセロナ、レアル・マドリーに次いでリーガで3番目になった。財政的に健全であることの証明である。その理由が、育成出身者中心のチーム作りにあることは明らかだ。
スポーツ国際研究センターの調査によると、昨季ソシエダでプレーした下部組織出身者の数17人は欧州主要クラブ中でナンバー1で、アスレティック・ビルバオやバルセロナよりも多い。1年半前にスポーツディクター、ロベルト・オラベにインタビューした時に、下部組織の80%を地元(ギプスコア県)出身者、残り20%を県外(16歳まではアスレティックのお膝元ビスカイヤを除く近県と南フランス。16歳から18歳はスペイン全土、18歳以降は全世界)出身者にして、最終的にトップチームの60%を下部組織出身者で固める、と言っていた。育成はどのクラブも重視するが、ソシエダのように明確な数値目標を掲げるクラブは他に聞かない。バルセロナやセビージャなどかつて育成に定評があったクラブでさえ、補強の足かせとなりかねない数値目標は掲げていない。
現在のイマノル・アルグアシル監督になって以降、トップチームも自前で育成したスタッフが指揮する形になった。降格によって辞任してしまったがシャビ・アロンソは昨季2部でソシエダBを率いた。昨季のソシエダは唯一、トップチームをリーガ、Bチームを2部に送り込んでいたクラブであった。
ホームタウン、サン・セバスティアンの人口は19万人、ギプスコア県全体では73万人ほどしかない。県内出身者を中心に育成して最終的にトップチームの6割が下部組織出身者で、それでいて欧州レベルで成功する競争力のあるチーム、財政的に持続力のあるクラブを作れるというのは、日本のクラブのモデルになり得るのではないか。久保の加入で、ソシエダのチーム作りとクラブ経営のメソッドが日本に紹介されることは個人的にうれしい。ソシエダは今、一番胸を張ってお勧めできるクラブである。
殺到する日本メディアによって、サン・セバスティアンが自然にあふれた風光明媚な美食の街、世界的な映画祭が開催される文化の街であることは報じられるのだろう。個人的にも、バケーションと映画祭取材で9月はサン・セバスティアンに長期滞在するつもりだ。
2021-22にチームが直面した課題
さて、ここからはグラウンド上のソシエダ、そこでの久保の可能性について書く。……
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。