7月7日に施行された侮辱罪の法定刑を厳罰化する刑法改正。サッカー界では今季も複数のJクラブが注意喚起を行っているように、Jリーガーに矛先が向くことも少なくないオンラインでの誹謗中傷に対する抑止力強化が期待される一方、選手やチームへの正当な批判批評までけん制されてしまうのではないかという懸念もある。そこで藥師神豪祐弁護士と諏訪匠弁護士に、法的な観点から侮辱罪厳罰化の運用について展望してもらった。
背景にある誹謗中傷の社会問題化
侮辱罪(刑法231条)の法定刑が引き上げられる刑法改正が行われ、2022年7月7日に施行されました。改正後の刑法231条には「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」と規定されています。
今回の法定刑引き上げの背景には、近時のインターネット上における誹謗中傷の社会問題化があります。その深刻さを受け、2020年後半から各省が関連する対応を取り始めました。本稿のテーマである侮辱罪も同様の背景のもとに改正がなされており、法務省のQ&Aによると、今回の法定刑を引き上げにより「厳正に対処すべきとの法的評価を示し、誹謗中傷を抑止するとともに、悪質な侮辱行為に対して厳正に対処する」ことが目されています(法務省『侮辱罪の法定刑の引き上げ Q&A』)。
非常に残念なことではありますが、誹謗中傷が多発する中でJリーグもその現場の一つとなっています。他のスポーツやエンターテインメント領域と同様に、Jリーグにおいても選手やクラブに対するインターネット上の誹謗中傷が多く見られるようになり、いくつかのクラブがSNSやホームページにより警告を発せざるを得ない状況になっています。これを受け今回は、侮辱罪に関する一般的な解説をするとともに、スポーツ界においても無関係ではない侮辱罪と「表現の自由」の相克について触れたいと思います。
刑法改正で懲役刑が科される場合も
改正前の法定刑は「拘留又は科料」のみでしたが、刑法改正により侮辱罪の法定刑は「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に引き上げられました。2020年中に「侮辱罪のみにより第一審判決・略式命令のあった事案」をみると、受刑者の身柄を刑事施設に拘束する刑罰である拘留は選択されておらず、いずれも9000円程度の科料に処されています(法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会 第1回会議配布資料『侮辱罪の事例集』)。
今後どのような運用をされていくかは不明ですが、より多額の罰金刑が科されることや、情状によっては(例えば同種前科があれば再犯のおそれがあるとの理由で情状が重くなります)懲役刑を科されることもあり得ることになります。
なお、法定刑の引き上げに伴い、従来は1年であった公訴時効期間が3年になっています(刑事訴訟法250条2項6号7号)。2022年10月1日に施行されるプロバイダ責任制限法の改正により、発信者特定に関する手続きはより使いやすいものとなっていきますが、それでもなお発信者(加害者)の特定には一定の時間を要するものであり、公訴時効が2年も延びることは捜査機関による立件数を大きく増やすことに寄与する可能性があります。この背景には誹謗中傷事案に関して、加害者を特定していない段階での被害申告に対する動きの重い警察実務があります。
侮辱罪と名誉棄損罪の違いとは?
前述の条文にあるとおり、侮辱罪は「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱」することにより成立します。今回の刑法改正では法定刑のみ改正が行われており、この構成要件について変更はありません。……
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Profile
藥師神豪祐 諏訪匠
【藥師神豪祐】1984年生まれ。法律事務所fork代表弁護士(第一東京弁護士会)。Twitter:@hell_moot【諏訪匠】2015年弁護士登録。名古屋市出身、京都大学卒。現在は都内法律事務所に勤務。不動産、相続、企業法務やスポーツ団体設立業務などを取り扱う。30年来の鹿島サポーター。好きな選手は小笠原満男と荒木遼太郎。