JFLから昇格1年目ながらJ3で2位と大健闘しているいわきFC。「当たり負けしないためのトレーニングを積んでいく必要もある」と松本山雅の名波浩監督が語るように、彼らが持ち込んだ「フィジカルスタンダード」はJ3のサッカーを変えつつある。地域リーグ時代から成長を追う宇都宮徹壱氏が、松本戦から見えた現状をレポートする。
いわきFCが飛ばしている。
今季よりJ3リーグに参戦したいわきは、初陣となった鹿児島ユナイテッドFCとのアウェイ戦を1-1で引き分けると、ホーム開幕戦でSC相模原を1-0で制して今季初勝利。その後は第6節でFC今治に唯一の敗戦を喫するものの、第13節まで8勝4分1敗の勝ち点28で2位につけていた。しかも総得点27はリーグ最多、総失点10はリーグ最少タイ。文句のつけようのない数字が並んでいる。
10年先輩である松本が「何とか勝てた」
ここまでJ2経験のある7クラブと対戦して4勝3分の無敗。その意味で、2度のJ1 経験のある松本山雅FCとのアウェイ戦は、1つの試金石と言えた。松本がトップリーグで活動していたのは2015年と19年。その時、いわきのカテゴリーは福島県3部と東北1部であった。
松本といわき、いずれもJリーグに到達するまでを取材してきた私は、両者の対戦を「もっと先の話」と高をくくっていた。ところが昨シーズン、松本がJ2から降格し、いわきがJFLから昇格したことで、2022年のJ3での対戦が実現した。その松本は対戦時は4位。順位以前に、新参者にホームで苦杯を喫するわけにはいかなかった。
6月26日18時キックオフのゲームは、前半にいわきが主導権を握る。攻撃の起点となったのは、ここまで全試合フル出場している両SB、右の嵯峨理久と左の日高大。39分、右に張った嵯峨から岩渕弘人とボールがつながり、最後は日高が左足を振り抜いてネットを揺さぶった。
アウェイのいわきは、先制後も圧力を緩めるそぶりを見せない。しかし前半終了間際、松本は横山歩夢の左からのクロスに小松蓮がヘッドで折り返し、最後は外山凌が押し込んで同点に追いつく。外山は52分にも2ゴール目を挙げて、松本は逆転に成功。そのまま2-1で逃げ切って3位に浮上した。
得点経過だけを見ると、Jクラブの10年先輩である松本が、ルーキーを返り討ちにしたように見える。しかし、松本にしてみれば「何とか勝てた」というのが実際のところ。無理やり喧嘩に喩えるなら、後輩のパンチが最初に顔面に入ったものの、鼻血を流しながら二の腕を振り回し、意地で勝ったような印象の試合だった。
名波監督が「いわきの姿勢を見習おう」と語った理由
ちなみに、この日のカードの数は、いわきがイエロー1枚だったのに対し、松本はイエロー4枚でレッドが1枚。68分にはボランチの安東輝が、2枚目のイエローで退場となっている。いわきと対戦するまで、今季の松本は2枚以上のカードを受けたことはなく、退場者は初めて。つまり、いつも以上に激しいデュエルで臨み、結果として1人少ない状況に陥りながらも、何とか勝ち点3を得たと見てよいだろう。
ここで思い出されるのが、第6節でいわきに1-0で競り勝った今治の戦い方である。この時の今治も、これまで信条としてきたボールを握り続けるサッカーをいったん封印し、1対1の局面で真っ向勝負を挑んでいた。今治についても、私は地域リーグ時代から見ているが、これほど激しいデュエルをいとわない戦い方を見たのは初めて。「今治はスタイルを変えたのか?」と思ったくらいだ。
いわきの2つの敗戦を見て、1つの仮説が私の中で浮かび上がった。今治にしても松本にしても、いわきと対戦する時は従来のスタイルを封印した上で、相手に圧倒されずに局面勝負を仕掛ける方向に舵を切ったのではないか──。試合後の会見で、この仮説をいわきの村主博正監督にぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。……
Profile
宇都宮 徹壱
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。2010年『フットボールの犬』(東邦出版)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、2017年『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)でサッカー本大賞を受賞。16年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(https://www.targma.jp/tetsumaga/)を配信中。