ウクライナ侵攻開始以降、ロシアで活動していた多くの選手や指導者がクラブを離れる決断を下した。特に、ロシアの軍事行為に批判的・対立的姿勢を示す西側諸国の出身者はその傾向が顕著であった。しかし、それでもクラブに留まることを選んだ監督がいた。ディナモ・モスクワを率いていたドイツ人のサンドロ・シュバルツである。ロシアで活動を続けるだけで猛烈な批判にさらされる中にあって、シーズン終了までディナモを指揮。来季からはヘルタ・ベルリンの復活を託された43歳が帰国後に明かした、続投の理由やそこで得た経験、ヘルタでのビジョンについて伝える。
6月2日、監督としてマインツ時代に武藤嘉紀(現ヴィッセル神戸)を指導した経験もあるサンドロ・シュバルツが、ヘルタ・ベルリンの監督に就任した。ヘルタは投資家のラース・ビントホルストが出資を始めて以降、クラブ経営陣との軋轢(あつれき)が見立ち、トップチームの成績にも影響が及んでいた。ロシアのウクライナ侵攻によって志半ばでドイツに帰国したシュバルツは、迷走するヘルタを救えるか。
モスクワとベルリンで好対照なサポーターの反応
シュバルツがロシアの地に降り立ったのは2020年10月。ロシアでは古豪に数え上げられながら、5シーズン前にはクラブ史上初の降格の憂き目を経験するなど近年は低迷気味だったディナモ・モスクワの指揮をシーズン途中から引き継ぐと、世代交代を進めながらチームの成績を向上させていく。彼に抜擢されたコンスタンティン・チュカビンやアルセン・ザハリャンらユース出身選手は、国内では次世代のスター候補と呼ばれるまでに成長。クラブのプロジェクトも順調に進み、2021年に契約を24年まで延長したばかりだった。
ところが、2022年2月に勃発したロシアによるウクライナ侵攻によって状況は一変。同郷のマルクス・ギズドル(ロコモティフ・モスクワ)やダニエル・ファルケ(クラスノダール)らが早々にドイツへ帰国した一方で、シュバルツはモスクワにとどまりシーズン終了まで監督としての仕事をまっとう。リーグ戦では2007-08以来の3位、国内カップ戦では決勝進出という久々の好成績にサポーターからは感謝の念が寄せられ、クラブを離れる際にはサポーターがシュバルツの住居までやって来て、発煙筒を炊きながら胴上げしてドイツへ送り出すほどだった。
しかしながら、シーズン終了までディナモを率いたシュバルツの決断は戦争に反対する人々への連帯に反するとして、新天地ヘルタのサポーターグループの1部から大きな批判を受けている。とりわけ、熱心に募金や物資を集めてウクライナを支援していた「グルッパ・ジュート」からは強い反発を受けており、インサイダー情報に強い『ビルト』紙によれば、クラブの経営陣も外部からの攻撃を懸念している声もあるという。
元ウクライナ代表FWボロニンの証言
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Profile
鈴木 達朗
宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。