サポーターと一緒に創る、アビスパ福岡の未来――トークンがクラブに与えたもの
コロナ禍の新しい資金調達法としてサッカー界でも注目度が高まっている「トークン」。取引情報を記録するブロックチェーンの仕組みを使ったサービスで、日本の業界最大手であるフィナンシェ社が提供するトークンでは購入者は発行元が運営するファンコミュニティに参加することができる 。
Jリーグでも導入するクラブが増えつつあるが、中でもトークンの活用に積極的なクラブがアビスパ福岡だ。2022年5月7日にはトークン購入者を対象としたイベント「サポーターとつくるワンデーマッチ2022」を開催。同クラブがトークンを発行する理由、発行後に気付いたメリット、今後の予定などについて、アビスパ福岡マーケット開発部 副部長の平田剛久氏に話を聞いた。
「一緒にアトラクションやイベントを考え、お客様を楽しませる」
――まずは、昨年8月から「アビスパ福岡クラブトークン」の発行(発売)を決定した経緯から教えてもらえますか?
「ご存知の通り、アビスパは『5年周期』(4年に1度J1に昇格し、その翌年にJ2に降格)を繰り返していた過去を持つクラブで、J1に定着するためには、事業面においても新しい挑戦をする必要性を感じていました。私が所属するマーケット開発部はスポンサーセールスをメインとしつつ、新規事業の開発もミッションとしており、常に新しいものを探していた中で『トークン』の存在を知ったことがきっかけでした」
――つまり、資金調達や新しい体験価値を作る上でトークンに可能性を感じて導入を決定されたと。
「そうですね。先に導入されていたSHIBUYA CITY FCさんのトークンが、発行から数週間で時価総額何十億円に到達したというニュースも話題になっていましたし、(収益への)期待はありました。ただ、実際にトークンを発行してから感じているメリットはそれ以外にもあります。特にトークンホルダー(トークン購入者)とのコミュニケーションの部分。クラブ社員だけでは思いつかないアイデアをいただくこともありますし、助けてられています」
――前者のメリットに関してからお聞きしますが、昨年の初回ファンディング(トークンの発売)では944万円の売上を記録しました。この額のクラブ内評価を教えてください。
「初回ファンディングでは1000万円を目標額として定めていたので、ある程度は達成できたと捉えています。ただ、サポーターからは『そもそもトークンって何?』という質問がまだ一番多いので、継続して説明を続けることが大切だと考えています」
――トークンを理解してもらう上で効果的だった説明はありますか? 技術的な仕組みを説明するのは難しいと思うのですが。
「おっしゃる通り、技術的な説明は(トークンの運営会社である)フィナンシェさんにフォローしてもらいつつ、我われからのメッセージとして効果的だったのは『トークンホルダーとクラブが一緒に創る』ということ。うちの社長(川森敬史氏)は遊園地に例えたのですが、『(トークンは)入園チケットではなく、一緒にアトラクションやイベントを考え、お客様を楽しませる側に回る権利』という説明はサポーターの反応も良かったですね」
――サポーターとの“共創”はサッカー界のトレンドでもあります。
「サポーターからの(共創)ニーズの高まりは感じています。先ほども話しましたが、アイデアを募集するとか、課題を共有するとか、トークンホルダーとのコミュニケーションの在り方は今後より検討したいと考えています」
――フィナンシェ社はトークン発行のメリットの1つとして「コアファンの可視化」を挙げています。例えばファンクラブと比較して、客層の違いは感じますか?
「ファンクラブ会員も、トークンホルダーも『クラブが発展するためには、何が必要か』を真剣に考え、発信してくれますし、両者とも当事者意識が高く、大きな違いはないと思います。客層というよりも、トークンホルダーとはコミュニケーションが双方向になる点が大きな違いですね。トークンの発行を決めた際、活動コンセプトを『みんなで作るアビスパと地域の未来』と定めたのですが、共創を通じて相互理解が深まり、関係性が発展させることができるのは特徴だと思います」
――お話を聞いていると、トークン発行前からアビスパ福岡にはステークホルダーとのコミュニケーションを重視する土壌があったように感じます。
「それはアビスパの特徴ですね。過去の経営危機の経験を踏まえて、コミュニケーションを重視するのは現体制の強みだと思います。スポンサーさん、サポーター団体のリーダー、アカデミーに所属する選手の親御さん、スタジアムの飲食売店さん……定期的なミーティングを通じて様々な立場から建設的な意見をいただいます。今年で8シーズン目かな……そうしたコミュニケーションから形になったものも少しずつ生まれています」
『体験』へのニーズ
――5月7日(土)に開催されたJリーグ第12節湘南ベルマーレ戦では「サポーターとつくるワンデーマッチ2022」と題し、トークンホルダー限定で参加できるイベントや抽選会などが開催されました。
「この冠試合は、バルセロナがトークンホルダーを集めてカンプノウで試合をしたというニュースを見て企画しました。今回はバルセロナのように(トークンホルダーが出場する)試合はできなかったですが、Jリーグの試合開催前にPK合戦はできるように調整して。実際にアビスパが試合をする直前のピッチでボールを蹴ることを楽しんでもらえたのであれば嬉しいです」
――トークンホルダーへの特典は「影ナレーションに参加できる権利」「フェアプレーフラッグベアラー参加権」など、モノより“コト”が多い印象です。特典内容はどのように決めているのですか?
「トークンホルダーとのコミュニケーションや投票で決定しています。『サポーターとつくるワンデーマッチ』は今年で2回目なのですが、昨年の開催でわかったのは『体験』へのニーズでした。グッズや選手のサイン入り賞品のプレゼント以上に希望する声を多くいただきました。あと、クラブに貢献できる機会を希望する声もあったので、今後はトークンホルダーに運営側のお手伝いをお願いすることも検討しています」
――今回の冠試合は2月1日に開催告知を行い、同時にアビスパトークンの2次販売も開始しています。これはシーズン序盤に売上を上げたい意向からでしょうか?
「はい。キャッシュフロー的にシーズン序盤に売上があるのは大きいので。アビスパは親会社からの高額な支援があるクラブではないので、契約事などで支出の多いシーズン序盤に売上があるのは経営的にも重要です。先日の決算発表会でもお伝えしましたが、J1残留のために今シーズンは選手人件費をストレッチしています。そういう意味でも今年は特に(シーズン序盤の売上は)重要でしたね。ただ、シーズン開幕前は業務的に忙しく、トークン販売に関する広報をやり切れなかった反省もあります。ここは次回に向けての課題です」
――広報の話題が出ましたが、今年からアビスパ福岡のサポーターになることを公言された小柳ルミ子さんはキーマンになりそうですね。湘南ベルマーレ戦前に行われたトークショーでもトークンについて関心をお持ちのようでした。
「小柳ルミ子さんのサッカー愛や発信力は素晴らしく、クラブとしても福岡がご出身ということで『何か一緒にできないか』と考えておりました。欧州サッカーにも精通されているので、メッシのパリ・サンジェルマンでの給与の一部がトークンで支払われていることなどもご存知でしょうし、今後は様々な形でお力をお借りできればありがたいと考えています」
――現状、J1クラブでトークンを発行しているのはアビスパ福岡と湘南ベルマーレの2クラブのみで、先行事例として他クラブも動向を注目していると思います。最後に今後の展望を教えてください。
「やはり活動コンセプトである『みんなで作るアビスパと地域の未来』を軸に、トークンホルダーの方々と一緒に新しいことに挑戦することを大切したいです。福岡市長の高島(宗一郎)さんも公言されていますが、福岡は挑戦する土壌がある地域です。そうした(挑戦する)姿勢もクラブのブランドになっていくように今後は取り組んでいく予定です」
Yoshihisa HIRATA
平田 剛久
アビスパ福岡株式会社 マーケット開発部 副部長。 大学在学中にプロモーション会社設立。その後SportsManagementSchool(SMS)にてスポーツマネジメント、スポーツマンシップを学び、Sportsmanship.asia北京支社長としてサッカースクールの運営等で半年間北京に駐在。 2015年よりアビスパ福岡のスポンサー営業として入社。 2020年よりマーケット開発部を設立しスポンサーセールスと新規事業開発を推進中。また2018年に「地方におけるスポーツビジネスの普及」を目的としたSPORTSNEXTを設立し九州スポーツビジネスサミットの企画・運営を実施。
Photos:©avispa fukuoka
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime