セリエA時代に冨安健洋の独占インタビューを複数回行ったイタリア在住ジャーナリストの片野道郎氏。ボローニャ時代からコーチのレナート・バルディが「間違いなくヨーロッパのトップクラブに行ける逸材」と絶賛してきた日本人DFの成長を見守ってきた彼は、「アーセナルでの冨安」をどう見ているのか? ノースロンドンダービーを題材にレポートしてもらおう。
今からちょうど1年前の昨年5月、ボローニャで過ごした2シーズンを終えようというタイミングでインタビューした時、彼はこう語っていたものだ。
「より高いレベルでサッカーができるチャンスを掴みたい。できれば今世界最高峰と言われているプレミアリーグの中でプレーしたい。自分が敵わない環境に身を置くことで、成長曲線を最も高められると思うので」
19歳で移籍したシント=トロイデンVVで1年半、続いて移籍したボローニャで2年とヨーロッパで着実なキャリアを重ね、昨夏アーセナルにステップアップした冨安健洋。シーズン半ばに昨年来癖になってきたふくらはぎの故障で4カ月にわたる離脱を強いられたものの、そこから復帰して4試合目となったノースロンドンダービーで見せたパフォーマンスは、「信頼と安定」という表現がふさわしいハイレベルなものだった。
DFというポジション柄、派手に目を引くようなプレーを見せたわけではないが、困難に陥る場面は皆無。復帰から1カ月足らずでフィジカル的にもおそらく万全とは言い難い状況にもかかわらず、セリエAと比べれば明らかにレベルが高いプレミアリーグの舞台で、ハリー・ケイン、ソン・フンミンといったトッププレーヤーと互角以上に張り合い、しかも移籍1年目から積極的なリーダーシップを発揮して周囲を動かしている。その事実自体が、冨安がすでに世界トップレベルの領域に足を踏み入れつつあることを示している。
シント=トロイデンVVでもボローニャでも、冨安は1年目よりも2年目に飛躍的な進歩を見せた。新しい環境に慣れ、チームの空気や戦術に馴染み、その中で自分のポジションを確立するまでに一定の時間を要するのは普通のことだ。その適応期間を経て、チームの中で自身のパフォーマンス向上に集中できる状況が整ったところで、成長曲線が一気に上向きになるというのがこれまでのキャリアにおける展開だった。アーセナルでもまた、さらなる急成長のタイミングが遠からずやって来るに違いないと思わせるに十分な試合だった。
以下、この試合のアーセナルの戦いぶりに沿って、冨安のプレーを見ていくことにしよう。
アルテタの「ギャンブル」は失敗
このノースロンドンダービーにどのようなゲームプランで臨むべきか。アーセナルのミケル・アルテタ監督はかなり頭を悩ませたに違いなかった。
シーズンも残り3試合となった大詰めでやって来た4位争いの直接対決。勝ち点差はプラス4あるので、ここで引き分け以上の結果をもぎ取れば、宿敵トッテナムを蹴落として来シーズンのCL出場権に大きく近づく。しかもこちらはCBホワイト、左SBティアニーと最終ラインの主力2人が故障欠場中で守備陣のやり繰りが必要――。
試合前のこうした状況を踏まえれば、まずは「勝つことよりも負けないこと」に軸足を置き、チームの重心を低めに設定して、ボールと主導権はある程度相手に委ねた上で素早いトランジションによる速攻を狙うというゲームプランも、それなりに説得力のある選択肢ではあったはずだ。
しかしアルテタは、そうした慎重かつ受動的な選択をよしとはしなかった。彼が選んだのは、最終ラインの不安にはあえて目をつぶり、マンツーマンに近いハイプレスによる真っ向勝負で勝ちにいくという勇気あるアプローチ。目先の勝ち点にこだわる以上に、ここまで築いてきたチームとしてのアイデンティティ、そしてそれを支える自身の哲学を貫くことを優先した選択と言うことも可能だろう。
だが終わってみれば、他でもない最終ラインの脆弱性が直接の原因となって失点を重ね、3-0の完敗。5位トッテナムとの勝ち点差は1まで縮まり、来シーズンのCL出場権というクラブの戦略上きわめて重要なカードを危険にさらす、不本意な結果となった。
アルテタのゲームプランをどう評価するかは、それが裏目に出たという結果論を一旦脇に置くとしてもなお、立場によって少なからず意見が分かれるところだろう。ただ、どちらのクラブにも肩入れしていない第三者でありつつ、冨安健洋という一人の選手に贔屓目がある筆者の立場からすると、この選択は「割に合わないギャンブル」だったという結論になる。アグレッシブに前に出て真っ向勝負を挑むには、戦力的なリソースも戦術的な準備も十分とはいえず、リスクが大き過ぎるように見えたからだ。
気の毒だったホールディング、対照的な冨安の安定感
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。