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上場解禁、果たして株式公開を目指すJクラブは現れるのか?――サッカー界の最新投資事情から見た考察

2022.03.25

去る2月末、Jリーグが発表し話題となったJクラブによる株式上場の解禁。「資本力のある投資家を呼び込み、クラブの経営管理体制を強化するなど上場クラブのみならずリーグ全体の発展や価値向上につなげることを目的」(プレスリリースより)としている一方、15%以上の大口株主が発生する場合にはリーグによる審査が行われるなど制限もある今回の変更は、ビジネス展開にどれほどのインパクトをもたらすものなのか。

今回の「解禁」が持つ意味と今後の見通しについて、かつては楽天にて、現在はシティ・フットボール・ジャパンの代表としてJおよび欧州クラブのフロント事情や世界のスポーツビジネスシーンの最前線を知る利重孝夫が、欧州サッカー界の投資事情とともに解説・展望する。

 2月28日、JリーグからJクラブの株式上場を3月1日付で解禁する旨発表があった。

 正確には「Jリーグは、『上場も考慮した資本流動性の研究』に関して検討した結果、株式異動に関わるルールを改定しました」とある。

 『株式上場』と言うパワーワードの成せる業か、発表以降私の周りでも「これでJクラブの資金力は大幅に改善されますね!」といった期待の声や、珍しくfootballista編集部スタッフ側からもお題ご指名の執筆リクエストが来たり、海外媒体からも取材依頼が寄せられたりした。

 3月に入り、コロナ禍以降初めて欧州各国をめぐる機会があった。入場者数制限もなく、あらん限りの声や歌で応援するファンで埋まったスタジアムが戻った彼の地に対し、Jリーグではまだ人数制限だけでなく、応援方式についても制限を課している。一般的にもまだスタジアムでの観戦に対する心理的な障壁が高いこともうかがわれ、今後も収益確保に向けて難しい舵取りが続くことが予想される各Jクラブにとって、資金増強に向けた施策出しはまさに待ったなしであろう。

 確かに、資金力アップのための選択肢は多いに越したことはない。数年前の外資参入完全解禁と同様、創設以降30年間のたゆまぬ努力の結果の一つとして、上場クラブを有することができるまでにJリーグが至った証とも言えるかもしれない。

 しかし、ルール改正・規制緩和を行ったからといって、すぐに具体的な案件が次々生まれてくると考えるのは早計である。

 実際、先に解禁された外資参入についても規制撤廃以降の具体的な案件は一つもなく、それもあってか参入が解禁されたこと自体まだあまり知られていないのが実情だ。

当面の実効性に乏しい「解禁」から感じる意思

 一方で資本流動性の観点から見れば、外資参入や株式公開ではなくとも新しい資本の流入は起きている。直近の例だとミクシィによるFC東京の経営権獲得や、少し前になるがメルカリによるアントラーズ買収案件などもそう。正確に言えば、前者はクラブ本体の第三者割当増資をミクシィが引き受ける形でクラブ本体に資金が直接投入されたのに対し、後者は旧株主(日本製鉄)からメルカリがクラブ株式を取得したものであり、取引自体ではクラブ本体への資金注入はなされていない。しかし、メルカリが親会社になったことでより機動的な経営(資本投下)が行われるようになっており、広義で新たな資本強化が行われた実例の一つと見て差し支えないだろう。楽天によるヴィッセル神戸の経営権獲得以降、同様の事例は(決して数は多くはないものの)着実に生まれてはいるわけだ。

 また株式の異動を伴わないケースでも、コロナ禍におけるJクラブへの緊急的な資金提供を可能にした画期的なJリーグの対応があった。2020年5月に発表された『国税庁による税優遇措置の明文化』だ。それまで解釈的にグレーであった親会社からの財務上のサポートが、国税庁のお墨付きで迷いなく行えるようになった意義は極めて大きかった。リーグのイニシアティブとしては『上場解禁』よりも圧倒的に実効性の高いファインプレーだったように思う(一方でメディア価値的には、『上場解禁』であれば海外メディアからも取材依頼が来るのに対し、『国税庁の解釈の明文化』だと国内でもわざわざ話を聞きたいとはならないことは良くわかっているつもりである)。

 Jリーグは立ち上げのコンセプト的にプロ野球のアンチテーゼとして発足し、黎明期の発展を遂げてきた歴史があり、企業スポーツとしてのプロ野球を表したまさに代名詞とも言える国税庁からの『職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取扱について』と称する通達(1954年)に追随することは、長らく教条的にタブー視されてきた側面があったように思う。そこにズバリと切り込んだ当時のリーグ幹部の功績は、もっと称えられても良いと感じる。

 翻って、こんな見方もできるかもしれない。国税庁から言質を勝ち取ったという事実は、親会社からの支援ありきのクラブ経営環境下では絶大な効果があった。しかし、そこに頼り過ぎると親会社依存から離れられなくなるという逆効果のリスクもある。当面の実効性には乏しい『株式上場の解禁』が今回あえて決議されたのは、コロナ禍の緊急避難を終えた後はよりクラブの独立経営を目指すというリーグとしての意思表示だった、と考えるのは少々想像が過ぎるだろうか。

「儲からないサッカーになぜファンドが群がる?」 欧州サッカー界の現状

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Jリーグビジネスプライベート・エクイティ

Profile

利重 孝夫

(株)ソル・メディア代表取締役社長。東京大学ア式蹴球部総監督。2000年代に楽天(株)にて東京ヴェルディメインスポンサー、ヴィッセル神戸事業譲受、FCバルセロナとの提携案件をリード。2014年から約10年間、シティ・フットボール・ジャパン(株)代表も務めた。

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