ビジャレアルからJリーグへ。1万1000キロの距離を超えたサッカーへの情熱と愛。佐伯夕利子・前常勤理事、在勤2年を振り返る(前編)
スペインでヨーロッパ最高位のライセンスであるUEFA PROを取得し、育成の名門で今季CLベスト8入りを果たしたビジャレアルなどで指導者として活躍してきた佐伯夕利子が、任期とコロナ禍が重なる困難な中、2年の任期、Jリーグ常勤理事を全うした。彼女がJリーグの役員に任命されたのは、スペインでの知見をJリーグに取り込む意図があったからだ。任期最後となった2カ月間は日本で文字通り常勤をこなし、対面でのインタビューが実現。UEFA PROを取得した当時から取材をしている増島みどりが聞いた。
前編では、村井チェアマンから提案され、スペインに在住したままオンラインで要職をこなす新しい働き方、コロナ禍でのJリーグの危機対応、そして在勤2年で心がけた信念について。
(取材日:2022年3月8日、取材・文:増島みどり、敬称略)
「佐伯さん、いつ寝ているの?」関係者を驚かせたタフな仕事ぶり
村井満・Jリーグ前チェアマンの任期満了による退任、役員改選に伴い、佐伯夕利子も3月15日、常勤理事2年の任期を全うした。最終日には、Jリーグ職員が、村井、原博実・副チェアマン、木村正明・専務理事、佐伯にサプライズで花束を贈る感謝会を催し、4人ともボロボロと涙を流したという。
新型コロナウイルスの防疫措置の条件緩和もあり、最後の2カ月は東京に滞在しながら膨大な仕事を日々こなした。
在籍する「ビジャレアルCFフットボール総務部」を辞め、来日して常勤職の重責にあたる覚悟を固めた頃、世界中が新型コロナウイルスによる「パンデミック」に襲われる。動きが取れない中で、村井チェアマンは、困惑する佐伯に「リスクを冒して来日しなくても、オンラインを駆使しましょう。佐伯さんはスペインから同時進行でスペインの現状も踏まえて加わってもらうのも新しく、生産的な方法になるのでは?」と助言したという。この言葉で、ビジャレアルに残って休職願いを出し、常勤をこなすスタイルが固まった。
当時、未知だった新型コロナウイルスに対し、専門家の知見を結集するためプロ野球と共同で立ち上げた「対策連絡会議」がスタートする。2週に1度のこの会議は、8時間の時差があるスペインでは深夜0時頃始まり、その後の記者ブリーフィングも含めて朝方3時まで続く。これだけでも2年間で50回に参加してきた。
定例もあれば、臨時でも会議は設定される。特にこの2年は、緊急性を要する様々な会議が、オンラインの機動性を駆使して開催された。実行委員会、担当した「シャレン!」(社会連携)活動、さらに記者会見にも出席しているため、Zoomで佐伯の名前を確認する記者の間では、「佐伯さんって、いつ寝ているの?」「画面オンになっているけれど、ホントにスペインか?」と、驚きのチャットが飛び交うほどだった。
Jリーグ(東京都文京区)でインタビューが実現した日は、3月8日だった。この日行われた最後の実行委員会では、役員それぞれが最後のあいさつを行い「感謝で胸がいっぱいになった」と、メディア100人以上が入るオンラインの画面上で感情を率直に表し、感極まって涙ぐんだ。
「そういえば8日ですね、きょうはミモザの日。スペインでもいろいろなイベントがありますよ」
取材の冒頭、笑顔でそう言った。
3月8日は「国連女性デー」で、イタリアでは男性が女性への感謝を表すためにミモザを送る慣習から、「ミモザの日」とも表現される。鮮やかな黄色で春を告げる花、ミモザとスペインの国旗の黄色。華やかさと力強さ、その両方を備えた黄色が、日本とスペインのサッカーに、惜しみなく情熱を注ぎ続ける目の前の女性に、この上なく似合っていると思った。
「110回を超えるオンライン講演」の意味
――スペインから参戦するという、難しい仕事でしたね。出席より参戦、という言葉がふさわしいほどの気迫を私は画面から感じていました。ホントにいつ寝ているのか心配になったけれど。
「いえいえ、大丈夫でした。物事には、意味付けがあると思います。コロナ対策、オンラインによって大きく変化する仕事の仕方、移動できず対面できない中でどうやって伝播力を持てるかなど、この2年はまさに私にこそ課せられた時間と任務じゃないのかと考えて取り組みましたね。村井さん、原さん、木村さんの包容力のもと仕事ができ、スペインのサッカーにしか触れてこなかった私に、多いに刺激を与えていただきましたし学びも多かった。大変どころか、ご褒美をもらったような2年間でした」
――発信力も目覚ましいものでしたね。
「オンラインでの講演会など、14カ月で110回ほど行わせていただきましたね」
――110回!ホントに寝ていた?
「サッカー界、それからサッカー以外のところでもお声をかけていただき、例えば教育界、ビジネス界と、私自身スペインサッカーという小さな世界で生きてきたと思っていましたから、別のジャンルの皆さんとの交流は新鮮で、新しい切り口を知り、改めて、30年間スペインで積んだキャリアがいかに恵まれたものだったのかも再認識できた面もあります。日頃、指導者として選手に教える側だと思っていましたけれど、110回の講演で実は教える側の自分が一番学んでいたという理想的な形でしたよね」
――印象的な講演はありましたか?……
Profile
増島 みどり
1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年独立しスポーツライターに。98年フランスW杯日本代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。「GK論」(講談社)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作多数。フランス大会から20年の18年、「6月の軌跡」の39人へのインタビューを再度行い「日本代表を生きる」(文芸春秋)を書いた。1988年ソウル大会から夏冬の五輪、W杯など数十カ国で取材を経験する。法政大スポーツ健康学部客員講師、スポーツコンプライアンス教育振興機構副代表も務める。Jリーグ30年の2023年6月、「キャプテン」を出版した。