【インタビュー】創設者は岡崎慎司。日本人による欧州クラブ経営の“草分け”FCバサラ・マインツの現在を会長兼監督が語る
日本のクラブと国外クラブとの提携や日本人による欧州クラブの経営が増えているが、日本人による欧州クラブ経営の草分け的存在がどこかご存じだろうか。現在ドイツ6部に所属しているFCバサラ・マインツである。創設者はあの岡崎慎司。そして、彼がマインツ時代の2014年に立ち上げたクラブをピッチ内外で文字通り“導いて”いるのが、会長兼監督の山下喬だ。 今回はその山下を直撃。創設9年目となったクラブの現状やドイツのアマチュアリーグの選手事情、ドイツのコーチングライセンス改革についてなど幅広く語ってもらった。
ヨーロッパサッカー界において、日本人によるクラブ買収はもはや珍しくなくなった。
2004年にIT企業のインデックスがフランス2部のグルノーブルを買収し(2011年に撤退)、2015年に本田圭佑がオーストリア3部のホルンの経営権を取得(2017年から段階的に撤退)。2017年にはDMMがベルギー1部のシント=トロイデンVVを買収し、日本人選手の飛躍の場になっている。
そして今年1月、本田圭佑の分析官を務めていた白石尚久らのグループがベルギー2部のダインゼを買収。シティ・フットボール・グループやレッドブル・グループのように、ヨーロッパ各地で系列を持つ「マルチクラブ経営」を目指している。
そんな中、ゼロからクラブを立ち上げて活動している日本人クラブがある。2014年に日本代表の岡崎慎司と滝川二高時代の先輩である山下喬(やましたたかし)が立ち上げたFCバサラ・マインツだ。
山下を一言で表せば、「叩き上げの人」である。
滝川第二ではレギュラーになれなかったものの卒業後にドイツへ渡り、5部のTSGバッテンバッハへ加入。2年目に優勝を果たすとマインツのセカンドチームへの移籍に成功し、ユルゲン・クロップ監督に目をつけられてトップの練習にも参加した。結局プロにはなれなかったが、マインツの下部組織のコーチになるチャンスを得た。
そして偶然にも、岡崎がマインツへ加入したことで後輩と再会。ドイツ語の通訳を務めて一緒に過ごす時間が増え、岡崎が「ドイツでクラブを立ち上げませんか?」と提案し、ドイツ11部にFCバサラ・マインツが誕生した。
山下は会長としてクラブを経営しながら途中から監督も兼任し、その情熱と行動力によって5年連続昇格。2019年にドイツ6部に到達した。
それから2年が経ち、クラブはどんな成長を遂げているのか? 会長兼監督の山下に話を聞いた。
整備されたアマチュア選手の移籍システム
――6部へ昇格した2019-20シーズンは新型コロナの影響でリーグが中断し、さらに2020-21シーズンも中断となりました。かなり大変な2年間だったのでは?
「2シーズンまともに戦えなかったのはとても残念なんですが、ただしクラブとしては着実に前へ進めた期間でした。マインツ周辺の他クラブから『バサラは選手を育成して、どんどん上にステップアップさせている』と言われるようになったんです」
――育成型クラブとして認知されたわけですね。
「7、8のクラブと信頼関係ができ、『このポジションで探しているんだけど誰かいない?』と連絡をもらうようになりました。この冬も19歳の岡田怜選手(日大藤沢高校出身)にオファーが届き、4部のショット・マインツへ移籍しました」
――6部から4部とはすごいですね。
「バサラで先発でプレーしている選手は基本的に翌シーズンに5部へ行くので、岡田選手のようにいきなり4部へ行くケースもどんどん増えてくると思います。元バサラの選手3人が、現在4部でプレーしています」
――3人とも日本人でしょうか?
「いや、そのうち1人はドイツ人なんですよ。最初は日本人選手を育てることを目的にしていましたが、最近はうまくなりたい、ステップアップしたいというドイツ人が加入するようになりました」
――そのドイツ人選手は、どんな経緯でバサラに来たのでしょう?
「僕自身も昔プレーしたゴンセンハイムという5部のチームがあり、彼はそこのユースの正GKでした。しかし、『トップに上がっても3番手だよ』と言われプレー機会を探していました。
そこで僕たちがレンタルをオファーし、当時7部にいたバサラへの移籍が実現したんです。彼は好セーブを連発して6部昇格の立役者にになってくれました。うちに完全移籍することになり6部で1年間プレーしたところ、4部のチームからオファーが届いたんです」
――今回、岡田選手がドイツ4部へ移籍した際、移籍金は発生しましたか?
「結論から言うと、先方から違約金はもらっていません。ドイツサッカー連盟のルールでそう定められているんです」
――どういうことでしょう?
「まず、ドイツの選手登録には『アマチュア選手』(Amateur)、『契約選手』(Vertragsspieler)、『ライセンス選手』(Lizenzspieler)という3つのタイプが定められています。
『アマチュア選手』はドイツサッカー連盟に登録するだけの選手で、給与はありません。バサラにいる選手は全員このタイプです。
『契約選手』は月額250ユーロ(約3万2500円)の最低月給が定められており、社会保障もついています。日本で言ったらセミプロみたいな感じでしょうか。5部になるとちらほら『契約選手』がいるイメージです。
『ライセンス選手』はリーグライセンスを持っているクラブと契約している選手。わかりやすく言えばブンデスリーガでプレーしている選手たちですね」
――そういう分類があるとは知りませんでした。
「ドイツでは『アマチュア選手』の夏の移籍に対して、次のように違約金の金額が設定されています。
1部・2部・3部への移籍:5000ユーロ(約65万円)
4部への移籍:3750ユーロ(約48万7500円)
5部への移籍:2500ユーロ(約32万5000円)
6部への移籍:1500ユーロ(約19万5000円)
7部への移籍:750ユーロ(約9万7500円)
8部への移籍:500ユーロ(約6万5000円)
9部以下への移籍:250ユーロ(約3万2500円)
冬の移籍では、両クラブ間の自由交渉で特に制限はありません。また、選手を獲得する側のクラブがユースを持っていない場合は違約金が50%値上げになる、選手が移籍元のチームに1年半以下しか在籍していない場合は違約金が半額になる、といった例外条項があります。チームの経営を守る、すごくいいルールだと思っています」
――仮に岡田選手が夏に移籍していたら、4部への移籍なので3750ユーロが入るはずだったわけですね。今回は冬の移籍だったので、交渉によって違約金なしになったのでしょうか?
「いや、他にもローカルルールがありまして、『アマチュア選手』が移籍先で『契約選手』になる場合は違約金が発生しないというルールがあるんです。
岡田選手はバサラでは『アマチュア契約』でしたが、ショット・マインツでは『契約選手』になったのでこのルールによって違約金ゼロでした。
ただ、バサラとショット・マインツは良好な関係を築いているので、人的補償ではありませんが試合に出られていない若手のドイツ人選手2人を半年間レンタルしてくれることになりました」
日本人選手には1年でステップアップしてほしい
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Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。