34歳になっても天才。ジェレミー・メネズがレッジーナで“真面目に”復活
その規格外のプレーに魅せられたファンもいれば、自己中なプレーにイライラさせられた人もいるかもしれない。2004年U-17欧州選手権の優勝でベンゼマ(現レアル・マドリー)、ベン・アルファ(現リール)、ナスリ(引退)とともにフランス代表“87年組”として注目された早熟の天才で、仏誌『SO FOOT』いわく「入団する時は熱烈に歓迎され、退団する時はほっと安堵される」ファンタジスタ、ジェレミー・メネズは今、かつてローマやミラノに爪痕を残したイタリアの地に帰還。レッジーナ加入から1年半を経て、セリエB(2部)の舞台で再び輝きを放っているという。
「かつてのメネズは誘拐されたのか? それとも掩体壕(えんたいごう)に隔離されたのか? そうでなければ、監督が考えた秘薬を盛られたのか。(レッジーナ加入から)1年半ののち、ようこそメネズ! エリアの中でサンバを踊り、ホーム3試合連続のゴールを決める。30メートルの距離を走って、タッチラインに出かかっていたボールを回収したことも忘れてはいけない(以前やっていたか?)。ステッローネが何をしたのか我われにはわからないが、ともかく我われは彼を尊敬する」
3月2日、セリエB第27節のレッジーナ対ビチェンツァ戦(3-1)後に出された、レッジョ・カラブリアのスポーツ情報サイト『ストレットウェブ』によるジェレミー・メネズの個人寸評である。モナコ(06-08)やローマ(08-11)、パリ・サンジェルマン(11-14)、ミラン(14-16)で活躍したファンタジスタは、かつて中村俊輔が所属した南イタリアのクラブで輝きを放っている。持ち前の繊細なドリブルで相手DFを翻弄し、自力でシュートをねじ込み、正確なパスで味方にチャンスを創出する。それだけでなく、積極的に自陣まで戻ってボールの回収に走る献身性も見せた。
このところずっと好調である。諸々の理由により招集から外れていた時期もあったが、2月12日の第22節からチームに復帰するや、出場した6試合でレッジーナは4勝1分1敗。その間にメネズは3ゴールと、前線で攻撃を牽引してチームの期待に応えている。
「ジェレミーには意欲があるのが見て取れた。そして最近の試合では自らのパフォーマンスに対する自信を取り戻したように見える。ゴールはインテリジェンスと素早さの産物だったし、カバーに戻ってプレスに行く様子も見られた」
試合後、ロベルト・ステッローネ監督は地元メディアの前でそう語り、レッジーナにおけるフォーリクラッセ(規格外の選手)の復活を喜んだ。
トルコ、メキシコ、フランス2部を経て
冒頭の寸評でも言及されている通り、元からそうではなかった。むしろ2020年夏にパリFCからレッジーナに移籍して以来、メネズは長いこと本領を発揮できずにいた。輝きを放つようになるまでは、苦難の連続だった。
リーグ1にセリエA、そしてCLの舞台でもインパクトを残したビッグネームのキャリアが斜陽に差しかかったのは、16-17シーズンにボルドーでベンチを温めるようになってから。その後トルコ(17-18)、メキシコ(18-19)に挑戦の場を移すが、たび重なる故障もあって満足に稼働できず、19-20シーズンに母国のパリFCに移籍し、リーグ2(フランス2部)で仕切り直しを図っても、クラブ・アメリカ時代に負った膝のケガが影響した。結局シーズン後に契約解除となり、フリーで移籍できる状況を作ってもらっている。
そんなメネズに、長靴型のイタリア半島の“つま先”に位置する街から声がかかったのは2020年6月のこと。経営破綻に追い込まれながらもセリエBまで戻り、セリエA復帰を目指すレッジーナの目玉補強として、ルカ・ガッロ会長やマッシモ・タイービSD(スポーツディレクター)から熱いラブコールを受けた。関係者によれば、熱狂的なファンの集うオレステ・グラニッロ(ホームスタジアム)でプレーできることも非常に楽しみにおり、6月26日の入団会見ではこんなことも話していた。
「俺はこの2、3年の間、サッカーへの情熱を失っていた。100%の力で練習してコンディションを良好に保つ意欲もなかった。ただ、ここレッジーナではみんなサッカーが好きだし、人の繋がりを大事にする。会長とディレクターからは、金銭に換算できないようなポジティブな価値を感じた。また、ファンや地元の方々からもメッセージをもらった」
しかし、そううまくはいかなかった。新型コロナウイルス感染症対策のため、試合は無観客で実施される。つまり熱い声援を受けてプレーしたくても、スタンドには誰もいなかったのである。その影響もあってか、1シーズン目のパフォーマンスは実際に振るわなかった。セリエB開幕戦から2試合連続ゴールは挙げたものの、筋肉系の故障で試合から遠ざかり、復帰しても本調子からはほど遠い。結局、レッジーナ初年度は出場18試合(全38節)で3得点という結果にとどまった。「レッジーナをセリエBで優勝させてセリエA昇格を勝ち取りたい」と抱負を掲げた選手の成績にしては、寂しい数字であったことは否めない。
今季も11月から「戦力外」だった
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Profile
神尾 光臣
1973年福岡県生まれ。2003年からイタリアはジェノバでカルチョの取材を始めたが、2011年、長友のインテル電撃移籍をきっかけに突如“上京”を決意。現在はミラノ近郊のサロンノに在住し、シチリアの海と太陽を時々懐かしみつつ、取材・執筆に勤しむ。