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ポスト・コロナの移籍トレンド(後編):「仲介人>クラブ」がもたらす危険な未来

2022.02.28

ポスト・コロナの移籍トレンドで大きな変化が起こっている。コロナ前は選手の年俸も移籍金も右肩上がりに向上していたが、コロナ禍がもたらしたクラブ財政の悪化により移籍金相場が下落、その中で選手の年俸は何とか維持されているという状況だ。そこで興味深いのが、契約延長交渉がまとまらず、主力クラスの「0円移籍」が増加していること。セリエAは特にこの傾向が顕著だ。後編では、クラブに移籍金が残りにくい現状に対してサッカー界全体がどう向き合っていくべきかを考える。

 1カ月ほど前にアップした前編で取り上げたのは、コロナ禍がもたらした欧州サッカー全般におけるクラブの経営状況悪化をきっかけに、これまで右肩上がりの繁栄を教授してきた移籍マーケットにも変化が起こっている、という話だった。

 中でも象徴的なのは、ムバッペ、ポグバといったビッグネームを筆頭に多くの有力選手が、クラブの提示する契約更新オファーを拒否してフリーエージェントでの移籍を選択するようになってきているということ。

 売り手になるはずだったクラブが移籍金という巨額の収入を失う一方、選手本人は自らが希望(あるいは納得)する移籍先と相場よりも割高な年俸、エージェントは(時には法外に)高い仲介手数料を手にし、買い手側のクラブは本来払うべき移籍金より割安な支出(高めの年俸+手数料)で戦力強化が可能になるというのが、このフリー移籍の仕組みだ。

今季限りで契約満了となるPSGから、憧れを公言しているレアル・マドリーへのフリー加入が噂されるムバッペ。写真は両クラブが激突したCLラウンド16第1レグ

フリー移籍の増加は、進化した経営陣の「コインの裏側」?

 ではそもそも、このようにフリー移籍が増加している背景には何があるのだろうか。

 まず挙げられるのは、コロナ禍によって右肩上がりを続けてきた欧州サッカービジネスの成長が止まり、移籍マーケットに投じられる資金量の総額が少なくなったこと。クラブの収支が悪化したことで、これまでなら吸収できた契約延長時における大幅な年俸アップ、高額コミッションの要求に応じられなくなり、選手・エージェントサイドにとっては契約延長の旨味が明らかに減った。それならむしろ、他クラブにフリー移籍の売り込みをかけ、浮いた移籍金の一部をより高い年俸とコミッションに回してもらう方がずっと有利だ。その移籍先が今よりも格上ならばなおさらだろう。

 もう1つ、プロサッカー選手という職業にとってのビジネス構造も変わり、所属クラブ以上に個人としてのブランド価値が重視されるようになった結果、選手の側もクラブに対するロイヤリティや帰属意識が下がったという側面もあるように思われる。本誌最新号掲載の鼎談の中で、『モダンサッカーの教科書』でおなじみボローニャFCコーチのレナート・バルディが「どんなに利他的で献身的な選手でも自分の利害よりチームの利害を上に置くことはない」と言い、ペルージャU-19監督アレッサンドロ・フォルミサーノが「今15年前、20年前と同じようにシャツへの愛着を感じてプレーしている選手は一人もいない。クラブ愛やサポーターとの繋がりといった感情面に訴えても選手からは何も返ってこない」と語っていたのは示唆的だ。

 あるレベル以上のプロ選手のキャリアにとっては、ピッチ上のパフォーマンスだけでなくピッチ外での人気や知名度もますます重要になってきている。前者とは違って後者は引退後のキャリアにも影響をもたらすからなおさらだ。そこではキャリアプロデューサーとしてのエージェントの役割が大きくなってくる。

 しかし最も大きいのは、そうした背景の下、移籍マーケットのダイナミズムの中で選手の利害を代表するエージェントの存在感と影響力が急速に膨らんできたことだろう。移籍専門ジャーナリストで『カルチョメルカート劇場』著者のジャンルカ・ディ・マルツィオは、近く別のところで発表される筆者との対談の中で、その一番の理由は「巨大資本も含めてサッカーの世界を肌身で知らないオーナーが増えたこと」だと語っている。サッカー界のメカニズムを知らないにもかかわらず、自らの手で移籍やチーム強化を取り仕切ろうとして、強化の本職であるスポーツディレクターよりも、わかりやすく甘い話を持ちかけて法外なコミッションを要求する外部のエージェントを助言者、コンサルタントとして重用するようになった、というのだ。

05年にグレイザー家のマンチェスター・ユナイテッド買収を手がけ、13年2月から今月1日にかけて9年間にわたり同クラブのCEOを務めたエド・ウッドワード。フットボールディレクターとテクニカルディレクターが新設される21年3月まで補強の実権を握り続け、16年夏には良好な関係を築く大物代理人ミーノ・ライオラの顧客であるズラタン・イブラヒモビッチ、ヘンリク・ムヒタリャン、 ポール・ポグバを一挙に獲得していたことも

 2月24日に行われた「フットボリスタ・ラボ」のイベントで山口遼さんと対談した時に、欧州のトップクラブの多くがグローバル資本の傘下に入った結果、経営レベルにビジネス界の人材とメソッドが入ってきて、それがポジティブな方向に作用しているという話になった。しかしこの「コインの裏側」として、サッカー界の内情やメカニズムに疎い経営幹部が強化の主導権を握り、コンサルタントとしてエージェントを重用するケースも増えてきていることも確かだ。中・長期的なビジョンと一貫性を持った強化戦略よりも、目先の戦力強化やわかりやすいビッグネームの獲得を重視し、それを手助けしてくれるエージェントに多額のコミッションを払うことも厭わない経営幹部の増加が、エージェントの勢力拡大を助けている。

育成型クラブの崩壊、そしてメガクラブの財政も成り立たなくなる

 では、こうした背景の下で進展しているフリー移籍の増加によって移籍マーケットは、そしてクラブの経営環境はどのように変化し得るのか、それはどのような影響を欧州サッカー全体にもたらし得るのか。……

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移籍経営

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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