33歳、ポルトガル1部最年少SDインタビュー。予算はJ2下位クラスも、智恵と愛と情熱でカバー!?
チアゴ・レーニョ(ジル・ビセンテSD)インタビュー
2019年、ポルトガルリーグ1部に最年少のスポーツディレクター(SD)が誕生した。チアゴ・レーニョ、当時31歳。J2の平均予算を下回る小さなクラブ、ジル・ビセンテの強化担当は、しかし2年連続で1部残留を果たし、その予算規模にそぐわない成果を収めつつある。日本から獲得したMF藤本寛也を含めて才能ある選手を巧みに集めて成果を出す若きSDに、「ポルトガル弱小クラブの実像」と、このリーグの秘密を聞いてみた。
オブラクも認めた才能をフリーで獲得
――リーグ最年少のSDに興味津々でお話を聞きに来ました。
「まだこの仕事を始めて3年、33歳になります。もちろん3年連続で最年少です(笑)」
――2年連続で1部リーグ残留。1年目は開幕戦でポルトを破り、大きな話題にもなりました。
「2-1での勝利でしたね。ビッグマッチでしたし、素晴らしい思い出です。そして今シーズンは私が関わり始めて以来最高のチームを作れていると思います。練習も試合も、すべての質を非常に高く保てています。とはいえ、フットボール界は何が起こるかわからない世界ですから、あくまで『現時点では』ということになりますが」
――今シーズンの目標をどこに設定していますか?
「正直に言ってしまえば、4位までに入るのは不可能でしょう。ポルトガルリーグは3強(ポルト、スポルティング、ベンフィカ)が圧倒的なプレゼンスを確立していますから、我われが対等に競い合えるレベルではありません。その下にブラガがいるので、この4位まではほぼ決まったようなものですよ。ただ、5位以下に大きな差はありません。我われの目標はまず1部リーグ残留で、クラブにとって何よりも重要な目標です。もちろん、欧州のカップ戦に出られるのならクラブに関わる誰にとっても幸せな結末でしょう。クラブの施設拡張にもお金を使えるでしょうしね。ただ、可能ならトライしていきますが、まだ『我われの目標は欧州カップ戦』と言える段階にはありません」
――ポルトガルリーグは欧州における若手の登竜門的な立ち位置とも言われますが、どう捉えていますか?
「多くのクラブがポルトを中心とした北部に集中していることが一つの特徴です。他国のクラブのスカウトが週末に視察に訪れたとしたら、金曜日、土曜日、日曜日、さらに月曜日まで滞在すれば1部リーグだけで8〜10クラブほど一気に観ることも不可能ではありません。2部リーグにも北部のクラブがいくつもあるので、もっとたくさんの試合を視察できるかもしれないですね。これがポルトガルリーグが持つ最大のメリットの一つです」
――今後、藤本が移籍する可能性はありますか?
「すでに複数のクラブから獲得できないかと打診を受けています。我われが完全移籍のオプションを行使し、そのうえで彼を売却できれば移籍金が入るわけですが、夏のタイミングではレンタル延長以外に選択肢はありませんでした。ただ、今なら完全移籍で獲得した上で、ということも可能です」
――それは夏の新戦力でもあったGKのスタニスラフ・クリチュクをゼニトに売却できたからですか?移籍市場の最終盤に、2カ月前に獲得したばかりの正守護神を放出したのには驚きました。
「おっしゃる通りです。クリチュクの移籍は我われにとって素晴らしい取引となりました。彼はベレネンセスからフリーで獲得したGKですが、夏に200万ユーロ(約2億6000万円)で売却することができました。ボーナス条項もついているので、最終的な移籍金はもう少し増額されるかもしれません」
――彼の後釜を見つけるには数日しかなかったはずです。移籍市場最終日にスロベニア代表のGKジガー・フレイフを獲得しましたが、どういった経緯だったのでしょう。
「クリチュクのゼニト移籍が決まったのは8月30日です。移籍市場の閉幕までに他選手との契約手続きを終えるため、残された時間は1日。とにかく時間がありませんでした。そもそも直前までクリチュクの売却など想定していませんでしたからね。しかし、選手に100万ユーロ(約1億3000万円)近い報酬を提示されたら、『行っていい』と言う他ありません。我われがそこで勝負するのは不可能です。それに、高額なオファーを受けている選手を無理やり残留させると、他の選手たちにまで悪影響が出かねません」
――選手からステップアップを阻むクラブに見えてしまいますもんね。しかし、代わりを見つける必要もあったわけですよね。
「大急ぎであちこちに『新しいGKを探しているんだけど…』電話をかけまくりましたよ(笑)。すると信頼を置いている3、4人からいい反応がありました。まずポルトやスポルティングで出番のないGKを獲得しようと動いていましたが、放出できる選手がおらず、断念しました。次に国外の選手たちを当たりました。GKは特殊なポジションなので、GKコーチの力も借りながら、求めるいくつかの条件に照らし合わせて候補の選手を分析していきました。ジガーに関しては映像でしかプレーを確認できませんでしたが、我われの求めていた条件に合致し、将来性も十分だと判断し、すぐ契約することを決めました」
――ジガー・フレイフは当時、前所属のNKオリンピアとの契約が残っていたはずですが、フリーになった理由は?
「彼はオリンピアで監督との間に問題を抱えていたんです。干されていました。ちょうど我われが獲得に動いたタイミングで契約を打ち切っており、移籍金ゼロで新たな契約を結ぶことができました。我われにとっては最高の取引でしたね。22歳ですでにスロベニア代表歴もありますし、将来的にヤン・オブラクのような選手になれると見ています。
――オブラクですか!
「実はジガーの獲得にあたって実際にオブラクとも話しましたが、『彼は本当にいい選手だ』とお墨付きをもらいました。2人ともスタイルはよく似ています。サイズがあって、足下の技術にも優れています。もう少しアジリティを磨く必要はありますが、シュートストップの能力も高い」
――補強予算がゼロだったということですが、そもそもクラブ全体での年間予算はどれくらいなのでしょうか?
「税込で450万ユーロ(約5億8500万円)です。トップチームの選手やスタッフの人件費で320万ユーロ(約4億2000万円)ほどになります」
――欧州でも有数のリーグを戦っているクラブがこれほどの低予算で運営できているのは驚きです。
「ビッグクラブを除くと、ポルトガル1部リーグのほとんどのクラブが同じくらいの規模で戦っていますよ。サンタ・クララに関してはアゾレス諸島の地元自治体から補助金を受け取っているはずなので少し事情は違ってきますが、それでもクラブの財源で年間350万ユーロ(約4億5000万円)、補助金が年間150万ユーロ(約2億円)くらいだと思うので、合計しても500万ユーロ(約6億5000万円)前後の年間予算のはずです」
――ジル・ビセンテの地元バルセロスの人口は周辺も含めて約12万人と小さな街ですから、簡単ではないですよね。
「特に我われは1部リーグに戻ってきたばかりですからね。直近の15年間は下部リーグと1部リーグを行ったり来たりしながら、正義のために戦っていた(※)ので、クラブとしての成長が止まってしまっていました」
(※筆者注:ジル・ビセンテは2005-06シーズンに選手登録違反で強制降格と翌シーズンの勝ち点9ポイント剥奪という処分を受けた。その後、10年以上にわたって処分の妥当性をめぐって裁判で争い、3部リーグを戦っていた2018-19シーズン途中に嫌疑が晴れて処分撤回。2019-20シーズンから特例で1部リーグへの昇格が認められた)
――今後の展望はいかがですか?
「質の高いトレーニングを積むための環境を整えている最中です。ようやく選手たち専用のジムも整えることができました。次のステップは専用の練習場を作ることですね。小さい街なので全てが近所にありますが、決して良い環境とは言えません。アカデミーの選手たちは別の人工芝のピッチで練習していますし、将来的には天然芝のピッチが最低でも2面あるトレーニングセンターを作りたいと思っています。そのために、1部リーグにとどまり続け、優秀な選手を育てて毎シーズン売れるような状況を作りたいと思っています」
「藤本は“10番”だ」
――藤本寛也についても聞かせてください。彼は日本の2部リーグでプレーしていた選手ですが、どのように見つけたのですか?……
Profile
舩木 渉
1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。