世界トップ基準と比較したなでしこジャパンの課題とは? 女子アジアカップ3連覇を目指すチームの現状を分析する
2022 AFC女子アジアカッププレビュー
1月20日に開幕した2022 AFC女子アジアカップ。『DAZN』で独占配信される今大会、3連覇が懸かるなでしこジャパンは21日のミャンマー戦で初陣を迎える。母国開催となった東京オリンピックでは準々決勝で涙を呑み、池田太新監督の下で新たなスタートを切ったチームが目指す方向性とその現状、この大会で見るべきポイントを山口遼氏が分析する。
初戦が目前に迫った2022 AFC女子アジアカップ。日本にとって、昨年10月に池田太監督が新たに就任してから初の国際タイトルとなる。また、今大会は2023FIFA女子ワールドカップの予選を兼ねていることもあり、その重要性は言うまでもなく高い。
最初に、ここ数年の女子サッカー全体の進歩に触れておきたい。前提として、ポジショナルプレーの普及が進むなど戦術レベルがヨーロッパ諸国を中心に急激に向上していることが挙げられる。昨年の東京オリンピックを見ても、あるいはヨーロッパで行われた昨シーズンの女子チャンピオンズリーグを見ても、バルセロナ・フェミニに代表されるようなポジショナルプレー vs インテンシティの高いプレッシングの構造が全体のトレンドになっているのは明らかだ。これはまさに、男子サッカーでここ10年の間に起きている変化とまったく同様の流れである。
そんな中にあって、なでしこジャパンはそのトレンドに追随できているとは言えない状況であった。東京オリンピックまでなでしこジャパンを率いた高倉麻子監督は選手の自主性や個性を重視したが、局面局面でサッカーのゲーム構造における“有効な選択”を共有しているヨーロッパ諸国に対しては苦戦を強いられた。この反省を活かしてか、池田監督は就任当初からこれまでよりも戦術的なアプローチも行うことを明言。その中でも軸となるのは「ボールを奪う」ことであり、よりハイプレスを重視した戦い方を志向している。
そこで本稿では、大会プレビューとして直近の強化試合でのパフォーマンスを踏まえながら、アジアカップにおけるなでしこジャパンの展望を論じていきたい。
対ヨーロッパ:ポジショナルプレーを意識したプレッシングとその完成度
昨年11月の強化試合ではアイスランドとオランダというヨーロッパの2カ国との対戦が行われ、アイスランドには0-2で敗北、オランダには0-0でドローという結果に終わった。アジアカップを控えつつも、ヨーロッパでプレーする選手が増えたことやアジアカップの先にあるワールドカップを見据えた強化試合であることなどの理由から、ヨーロッパ諸国とのマッチングが行われたのだろう。
前提として、対アジアと対ヨーロッパではダイナミクスがあまりにも大きく違うので、単純な比較は決してできないことを述べておく。ここでの分析はあくまで現状のチームの完成度そのものをうかがい知れるに過ぎず、アジアカップのプレビューとしては参考程度だと捉えていただきたい。
対戦した2カ国の中で、特にオランダはモダンなポジショナルプレーを基調とするチームであった。池田監督の志向する戦い方から考えれば、このチーム相手にどの程度プレッシングが機能するかは現状のチームの完成度を測る良いバロメーターと言える。
結論から言えば、オランダ戦でのパフォーマンスを見る限り、確かにプレッシングをかけようという意図自体は感じられたが、残念ながらその完成度はトップクラスのクオリティには及ばないと言わざるを得ないものだった。なでしこに限らず、WEリーグ、あるいは日本の男子サッカーでも同様だが、特に目立つ課題は「ファーストDFがボールを奪いに行く文化が存在しない」こと、またそのため「ボールホルダーにスペース/選択肢の制限がかからないこと」である。
プレッシングを志向しているだけあって、確かにパスの行き先に対してファーストDFを決め、アプローチする姿勢は見られる。しかし、目的地が「ボールホルダーの近く」で止まってしまっているため実際に制限すべきボールとの距離が遠く、ボールホルダーのスペースや選択肢には実はそこまで制限がかかっていないシーンが目立つ。ゆえに前がかりになっているにもかかわらず精度の高いロングボールを蹴られたり、縦パスのコースを用意する時間を与えたりしてしまう。また、ポジショナルプレーではもはや必修事項と言ってもいい運ぶドリブルに対しても弱さを見せ、制限したと思ったところからグイッと運ばれてラインを越えられることもあった。
また、戦術的な視点から気になったのは、プレッシングを志向している割に実は「ハイプレス」と呼べる局面はあまり存在しなかったことだ。そもそも、ラインコントロールによるオフサイドラインの上下で守るスペースを狭くできるミドルプレスと、ハーフコートよりもオフサイドラインが上げられず、かつ絶対的数的不利のハイプレスでは異なる方法論が必要である。現在世界のトップレベルにおいては、ハイプレスではある程度相手のビルドアップの配置に噛み合わせることでマンツーマン気味にすることが基本になっている。
しかし、なでしこジャパンではある程度高い位置でもゾーンの意識、特にFW同士のカバーリングの意識が色濃く見える。これはミドルプレスのロジックであり、GKを使ったプレス回避に対するハイプレスの局面でこの方法を用いるとカバーしなければならないスペースが広過ぎる上、フリーの選手がどうしても生まれてしまうのでハマりにくくなってしまう。実際、オランダのGKを使ったビルドアップに対してはハイプレスがかかり切らない場面がしばしば見られた。
ここまで見てきたように、対ポジショナルプレー対策という意味でのプレッシング戦略の完成度はまだ発展途上である。アジア諸国との戦いでどこまでこのような局面が現れるか、また問題が顕在化するかは未知数だが、少なくとも現時点で大きな武器となる可能性はあまり高くないと言えるだろう。
アジアの戦いで必要になるもの
とはいえ、先ほども述べたようにアジア諸国との戦いは、ヨーロッパと比較して特徴もレベルも違い過ぎる。そのため、まったく別のゲームと言っていいほどに勝敗を分けるポイントが異なってきそうだ。
まず、戦術的にアジアにはヨーロッパのように洗練されたビルドアップを備えたチームは多くない。そのため、セットされたビルドアップに対してこちらも組織的なプレスを行なって対抗するという展開にはならないだろう。アバウトなボールを効率的に回収できるかは試合展開を左右する重要な要素ではあるが、池田監督が重視するプレッシング自体には良くも悪くもあまりスポットライトが当たらない試合が多くなるはずだ。
むしろ、パワーや直線的なスピードは高くないものの敏捷性が高いのがオセアニア諸国を除くアジアのチームの特徴である。そのため、敏捷性を活かしたプレッシングや狭いスペースに閉じこもるブロック守備など、相手チームの守備に対しての日本の攻撃がポイントになる試合が多いだろう。アジア諸国の中では選手のテクニカルなクオリティは最高クラスであり、日本がある程度ボールを保持する展開の中で「ミスからの失点を避けられるか」「ロースコアのゲームの中で決め切れるか」が焦点になりそうだ。そのような意味では、チームとしてのプレス回避、ビルドアップ、崩しの完成度もそれぞれそこまで高まっているとは言えないため、そこが今大会における大きな不安要素になるかもしれない。
プレス回避については、これも日本の各カテゴリーに共通して言えることだが、ゴールキックなどGKから攻撃を始めるプレーが浸透していないのが痛い。出場するGKが誰であれ、相手がハイプレスをかけようという意思を見せると比較的安易にロングボールの判断を下してしまう。また、GKが持った時にはアンカーポジションに位置する選手が必須となるが、ダブルボランチのどちらもポジションを取らずGK-CB-アンカーによるひし形が形成されないのも問題である。GKの参加や後方でのひし形の形成は現代のプレス回避においては必須と言っていいアクションであり、ゴールキックを五分五分のロングボールにしたことで攻撃時間が減ってしまうことが懸念される。
ビルドアップから崩しにかけても、ラインを越えるという意識がやや希薄であり、ラインを越える縦パスやドリブル、DFラインを破るラインブレイクの動きなどのアクションの総数が少ない。そのため、ボールは保持するし技術も高いが、その割にチャンスが少ないという試合展開に陥りがちだ。特に近年、ロースコアのゲームが多いのはこのあたりが影響している可能性が高い。幸い、ヨーロッパ諸国ほどのパワーを備えた相手は多くないため比較的ブロックの中に侵入しやすい部分はあるだろう。だが、戦術的な整備はあまり進んでいない印象であり、効率的にチャンスを作れるかは不透明だろう。
決勝ラウンドを見据えて
ここまでやや厳しめの分析をしてきたが、とはいえアジア諸国の中ではまだまだクオリティにおいて優位に立っているため、グループステージに関しては苦戦したとしても勝ち抜く可能性が高いだろう。グループステージにおける注目ポイントは、最終戦で韓国相手にどれだけのパフォーマンスを発揮できるか。決勝ラウンドに進んだ後のライバルとしては、やはり韓国とオーストラリアが挙げられる。この2チームは大きく特徴が異なり、韓国はややインテンシティが高いが基本的には日本に似た身体的特徴を備えたチームで、オーストラリアは身体的特徴としては当然ヨーロッパのそれである。
W杯出場権獲得という意味では、まずはグループリーグで韓国戦に勝利することが重要になる。グループ2位通過となった場合、準々決勝で対戦するのはグループBの首位チーム。そのグループBはまさにオーストラリアが大本命だ。準々決勝は、冒頭でも触れた来年のワールドカップ出場を懸けた一戦となる(敗れた場合はプレーオフへ回ることに)。チームの完成度が高まり切っていない現状、前回大会決勝の相手であり今大会でも最大のライバルと目されるオーストラリアとその準々決勝で激突するのはできれば避けたい。
まったく異なる対策が求められるオーストラリアとの決戦に備えるためにも、「アジアらしい」チームにはきっちり勝利が求められる。自分たちのスタイルを発揮した上で韓国に勝利することが、このグループステージにおける最大の目標となるだろう。
2022 AFC女子アジアカップ
DAZNで独占配信!
グループC第1節
日本×ミャンマー
2022年1月21日17:00~
グループC第2節
ベトナム×日本
2022年1月24日23:00~
グループC第3節
日本×韓国
2022年1月27日17:00~
※詳しい放送予定等は『DAZN』でご確認ください
Photos: Getty Images
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd