『ポスト○○』『○○の再来』といったキャッチコピーは、ありきたりだと思いつつも興味を惹かれるものだが、12月20日で23歳になったばかりのキリアン・ムバッペ(パリ・サンジェルマン)にも、すでに“後継者”と呼ばれる期待の新人が登場している。リーグ1のアンジェに所属するFW、その名もモハメド・アリ・ショー(Mohamed-Ali Cho)だ。
モハメド・アリ・ショーは2004年1月生まれ。明日19日で18歳になる。2020年1月にアンジェに入団した彼は、その年の5月、16歳でプロ契約を結んだ。
そして8月30日、20-21シーズンの第2節ボルドー戦でプロ初出場。モナコ時代に16歳11カ月でデビューしたムバッペよりも4カ月早く、ショーはリーグ1のピッチに立った。
早いうちから才能が発掘されている今日では、年齢的な驚きはすでにあまりないかもしれない。しかしショーについては、その経歴がなかなかユニークだ。
パリSG、エバートン、U-16イングランド代表歴も
生まれはフランスのパリ郊外だが、その後両親の仕事の関係で、家族でイギリスのロンドンに移住する。そこで幼いモハメド・アリ少年はウェストハムのアカデミーに入団しかけたものの、一家が再びフランスに戻ることになったため、このロンドンのクラブではプレーすることなく終わった。
当時7歳だった彼は、パリ・サンジェルマンのアマチュア部門に入り、そこで11歳まで過ごす。しかし一家が再び渡英することになると、今度はエバートンのアカデミーに入所した。U-12からU-16チームまで着々とステップアップした彼はその間、イングランド代表のアンダーカテゴリーにも招集されている。
エバートンはショーを引き留める意向だったが、家族はその誘いを断った。理由は「クラブと話し合いをした時、彼らのプロジェクトは私たちが求めているものではないと感じたから」だと、ショーの母親がアンジェの地元紙『ウエスト・フランス』紙に語っている。
エバートンのアカデミーを退団した2019年夏からフランスだけでなく欧州のいくつかのクラブでトライアルを受けていたショーのもとに、その年の暮れ、あるエージェントの導きでアンジェでのトライアルの機会が訪れる。
そして実際にショーのパフォーマンスを見た育成部門のディレクターは、クラブ幹部に「すぐに手を打ってくれ!」と懇願。48時間以内に契約がまとまった。
ショーの家族は、最初にアンジェの話を聞いた時には、候補先だとはまったく考えていなかったというが、クラブ側と話し合いを進める中で、アンジェが提示した内容がまさに伸び盛りのモハメド・アリの成長のために求めていたものであると実感した。
「アンジェは、ビッグクラブのようなプレッシャーのないリーグ1のクラブです。競技に取り組む環境として、それは好ましいものです。でも何より、フィーリングでした。ここは家族的なクラブで、優しさ、礼儀正しさ、温かさといった、他のクラブでは感じられなかったものを感じたのです」と母親は振り返っている。
若手には理想的なアンジェのアットホーム感
元ユース日本代表のDF鈴木規郎(2016年に引退)が09-10シーズンに在籍していたことで、アンジェは日本のサッカーファンの間でもその名が知られているフランスの地方クラブかもしれない。当時はリーグ2に所属していたが、リーグ1と2部、3部を行き来している印象が強いクラブだ。
創立は1919年となかなかの老舗で、1958年のバロンドール、レイモン・コパの出身クラブであることが彼らの誇りだ。現在の本拠には、この英雄の名前(Stade Raymond Kopa)がつけられている。
リーグ2では2度優勝しているが、トップリーグでは3位が最高位(1967年)と、目立った成績を挙げているクラブではない。しかしショーの母親が感じたように、成長することに集中したい若手選手には理想的な環境だ。
城壁が残る情緒たっぶりの旧市街を中心に広がるアンジェの街は、こじんまりとして美しく、落ち着きがあってとても居心地がいい。クラブハウスは国鉄駅から近い公営の公園内にあり、プロチームが練習しているグラウンドの周りで少年たちがボールを蹴っていたりして、街にクラブが溶け込んでいる、なんとも言えないアットホーム感がある。
16歳になったばかりのショーは、U-19チームやリザーブチーム、そして時にはステファン・ムーラン前監督が率いていたトップチームの練習に呼ばれることもあった。アブデル・ブアザマ育成部長は年長の選手とともにプレーするショーの姿を見て、彼のポテンシャルを確信したと語っている。
「ごまかしが利かないのは、他の選手の態度だ。非常に優れている選手の場合、その彼に接する他の選手の態度や姿勢、コミュニケーションの取り方にそれが表れる」……
Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。