2021年6月21日から始まった名波浩の松本山雅での1年目の挑戦は、J2最下位でJ3降格という苦い結果に終わった。しかし、クラブは監督との契約更新を発表し、2022年シーズンはJ3から再起を図ることになる。果たして彼はどのようなプランで指揮を執り、何が誤算で、何を改善していこうとしているのか。現役時代から追い続ける増島みどり氏が聞いた。
後編では、約半年で体験した松本山雅というクラブのカラーと魅力、そして2022年シーズンとその先に描く未来図について。
(取材日:2021年12月20日、取材・文:増島みどり)
インタビューの最中、名波監督はよく手を動かし、ピッチ上の選手の動きや、ボールの軌道を細かく表現しようとする。時には、テーブルに置かれた塩や胡椒のミルをピッチ上の選手に見立てチェスのように動かし、イラストをさっと書いて見せる。取材する記者にとって少しでもわかりやすいように、自分がただ「伝えた」ではなく、相手に「伝わっているか」まで考える、そんなコミュニケーションをはかるからだ。
今季の松本山雅の目標や選手の強化ポイントについて話していた時だった。テーブルに置かれていたアイスコーヒーを倒した。
「あー、ゴメン、ゴメン、(対面席でメモを取っていたこちらの)ノート大丈夫かな?」
監督がそう心配する間にすぐ拭かれたが、飲み物の位置など忘れてしまうほど、選手にホワイトボードに戦術を書いて説明するように熱く、懸命に今季の松本山雅について話す様子に、「熱量」がうかがえた。そして、キャンプから共に作り上げていくクラブの今シーズン、初めて臨むJ3での戦いに傾ける情熱が、全身からあふれているようでもあった。
シーズン途中からの指揮であっても、降格や不振の言い訳にはならない。監督もそれは明言する。それでも、選手との丁寧なコミュニケーションを何よりも重んじて指導キャリアをスタートさせた監督にとって、これまでとは異なる距離感やクラブのカラーに、自らのスタイルを浸透させる時間は十分ではなかったはずだ。
シーズン終了後、目前の勝ち負けと少し離れて松本山雅全体に目を向けられる機会をもらったという。スポンサーへの「おわび行脚」ともいえる訪問や、松本山雅のサッカースクールで子どもたちとの交流を楽しみ、トップチームだけではなくアカデミーの指導者の話など聞く中で、監督として何をすべきかといった任務の幅を実感できた。同時に改めて、松本山雅の魅力と可能性も。
「サポーターの応援はいっぺんで好きになった」
――シーズン途中での就任で、目の前の試合、選手に集中し、なかなか視野が取れなかったでしょうか。……
Profile
増島 みどり
1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年独立しスポーツライターに。98年フランスW杯日本代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。「GK論」(講談社)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作多数。フランス大会から20年の18年、「6月の軌跡」の39人へのインタビューを再度行い「日本代表を生きる」(文芸春秋)を書いた。1988年ソウル大会から夏冬の五輪、W杯など数十カ国で取材を経験する。法政大スポーツ健康学部客員講師、スポーツコンプライアンス教育振興機構副代表も務める。Jリーグ30年の2023年6月、「キャプテン」を出版した。