今季のCLグループステージでは6戦全勝のクラブが3つも生まれた。リバプール、バイエルン、そしてアヤックスだ。ドルトムントと同居するなど決して楽なグループではなかったが、その強さは圧倒的だった。3年前にCLベスト4を成し遂げた時と同じく指揮官はテン・ハーフが務めているが、メンバーはかなり変わっている。ステップアップリーグになってしまったオランダリーグという環境で、欧州屈指のチームを作り上げている“魔法”に迫る。
CLグループステージC組は、第5節が終了した時点で1位アヤックスから4位ベシクタシュまで、すべての順位が決まった。残念ながら最終節のアヤックス対スポルティング(2位)の好カードは消化試合になってしまった。
それでも、アヤックス・サイドからすると「アヤックスがオランダリーグ勢初のグループステージ6連勝を記録するか」「アヤックスのストライカー、セバスチャン・アレが6試合連続ゴールを記録し、今季のCL得点王争いでトップを維持するか」といった興味は残っていた。だが、こうしたトピックスは、キックオフ1時間半前にリークされた映像によって吹き飛んだ。
オーフェルマルスTD「契約延長」の意味
アコーディオンの生演奏を聞きながら、中肉中背の男が1人でバーに座っていた。プライベートの時間を楽しみたいのか、男の携帯電話は少し離れた場所に無造作に置かれている。そこにビープ音が。
「ヘイ、マルク。案件を送った。きっと君にとっても興味深い話だ。コールバックを頼む」
こんな英語のメッセージが3件、流れてくる。それまで背中しか見えなかった男に、カメラが正面からズームインする。ニヤリと笑ってグラスを口元に持っていった男の正体はマルク・オーフェルマルス。「アムステルダムが好き」という古典歌謡曲のイントロとともに「OVERMARS 2026」というメッセージが現れた。
つまり、アヤックスのテクニカル・ダイレクターを務めるマルク・オーフェルマルス(48歳)が、クラブとの契約を2年延長したのだ。
このニュースのインパクトは大きかった。これまでバルセロナ、アーセナル、マンチェスター・ユナイテッドといった噂もあった中、10月には『デ・テレフラーフ』紙が「サウジアラビア資本となったニューカッスルが、オーフェルマルスの名をTD候補の1人に挙げている」と報じた。今回の映像リークは、こういったオーフェルマルスの移籍話を打ち消し、アヤックス内の動揺を鎮めることになった。
オーフェルマルスの功績の1つに、ペーター・ボス(16-17シーズン。現リヨン)、エリック・テン・ハーフ(17-18シーズン半ばより)という中堅クラブでは十分な実績を上げたもののビッグクラブでの采配経験を持たず、現役時代にアヤックスでのプレー経験がない指揮官を抜擢したことが挙げられる。両者ともハイプレッシング戦術と魅惑の攻撃サッカーを融合させ、前者はチームをEL決勝、後者はCLベスト4へと導き、欧州では落日のアヤックスを復活させた。
ボス元監督は“外様”ゆえの苦労が絶えなかったようだ。オーフェルマルスはテン・ハーフをアヤックスに迎えるにあたり、不満分子になりそうな人材を放出している。今こうしてテン・ハーフが4年にわたってアヤックスで采配を振り続けているのも、オーフェルマルスの環境作りがあってのものだった。
「ベスト4」の代償。主力売却後の試行錯誤
スポルティングを相手に戦うヨハン・クライフ・アレーナのピッチの上では、オーフェルマルスTDとテン・ハーフ監督の月日をかけたチーム作りが成果を出そうとしていた。
18-19シーズンにCLベスト4進出を果たしたアヤックスと、現在のアヤックスはともにテン・ハーフが率いるチームであり、ハイプレッシング&魅惑の攻撃サッカーという点で変わりはないが、似て非なるチームである。それは当然だ。CBデ・リフト、MFフレンキー・デ・ヨンク、FWジエクといった稀代の名手たちがチームを去ってしまったのだから。
まずは、3年前のチームを復習しておこう。彼らは『ヌーリ世代』と呼ばれる若きタレントたち(DFマズラウィ、デ・リフト、MFフレンキー・デ・ヨンク、ファン・デ・ベーク)、オランダリーグを知り尽くした選手たち(GKオナナ、DFブリント、MFシェーネ、FWタディッチ、フンテラール)に南米の血(DFタグリアフィコ、FWネレス)を交えたグループを軸にしていた。彼らが奏でるオートマティズムは美しく、いくつものダイヤモンドをピッチの上に描いてボールを前に運んで相手を崩した。そしてロストしたら一斉に相手に襲いかかって回収し、ショートカウンターを繰り出した。
しかし、欠点も多いチームだった。……
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中田 徹
メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。