3年で「J3→J1」の歴史的快挙。“カタノサッカー”6年間の総括(2016-2018)
2016シーズン、J3に降格した大分トリニータの監督に就任した片野坂知宏。3年で2度の昇格を果たし、J1の舞台でも確固たるスタイルで存在感を発揮した。“カタノサッカー”はどのように発展を続け、そしてJ1の舞台で戦い続けるには何が足りなかったのか。このチームを追い続けたひぐらしひなつさんに総括してもらおう。
前編では、J1経験クラブ初のJ3降格からの華麗なる逆転劇、J3とJ2を席巻した就任3年間の“カタノサッカー草創期”を振り返る。
今季最後のリーグ戦、J1第38節。日立台で柏レイソルと対戦した大分トリニータの決勝点となった3点目は、実にスペクタクルでエキサイティングだった。
前線で駆け引きする野嶽惇也へと下田北斗が最後尾から送った長いフィードは相手DFに頭で跳ね返されたが、それを拾った三竿雄斗が勢いよくゴール方向へと持ち上がる。相手守備陣が寄せてきたところで後ろからサポートに来た町田也真人へとヒールで託すと、町田は左サイドの野嶽に展開。相手DFと2対2の状況を変化させようとポジションチェンジするがマークは外れず、野嶽は小林裕紀へとバックパス。相手と間合いの取れた町田を再び経由してハーフスペースでボールを受けたのは下田で、その縦パスの先にいた三竿が呉屋大翔とのワンツーで相手を剥がして折り返すと、最後は逆サイド大外から虎視眈々と好機を窺っていた増山朝陽が華麗にネットを揺らした。
まるでボードゲームのように、こちらが動くことで相手を動かしながら、その変化を利用してボールを運ぶ。幅と奥行きの中で関わる複数人が局面ごとにタイミングよくプレーして成し遂げた、伏線たっぷりの約30秒にわたる得点劇だった。
これこそ、大分が6年間にわたり築いてきたスタイルの真骨頂だ。
そして大分はこの試合を最後に、来季はJ2へと戦いの場を移す。2016年からチームを率い、その名にちなんで“カタノサッカー”という愛称を賜った独自のスタイルを落とし込んだ指揮官も、今季限りで退任。そのリーグ戦最後の得点が、目指し続けたもののすべてが具現化したようなかたちで結実した。シーズン序盤から低迷し、“カタノサッカー”の限界も見えた気がした苦しい2021年に、その魅力と可能性を再度示して、最終節は幕を閉じた。
2016シーズン:新スタイルか?結果か?困難の末に涙のJ3優勝
片野坂知宏が監督に就任したのは、大分がJ1経験クラブ初のJ3降格を喫し、フロントと現場ともに新体制へと刷新されたシーズンのことだ。選手も多く入れ替わり、チームは更地状態。1年でJ2に復帰しなくては経営も厳しくなるという切迫した状況に置かれていた。実は片野坂は前年までヘッドコーチを務めていたガンバ大阪でU-23監督就任が内定していたのだが、自らが現役引退後にアカデミーコーチとして指導者キャリアをスタートしS級ライセンスも取得した大分が窮地に陥ったのを見て、火中の栗を拾う“漢気就任”に踏み切ったのだった。
チームのJ1定着を目標に、クラブは片野坂に新たなスタイル構築を託した。予算が潤沢ではなく選手や監督が頻繁に入れ替わってきた地方クラブの実情の中でも「組織的サッカーで相手を上回る」というコンセプトを貫けるよう、その土台となるものを定めなくてはならない。それはクラブの哲学を現場レベルから体現するための大きなタスクだ。
攻撃好きを自認する片野坂は、サンフレッチェ広島のコーチ時代にミハイロ・ペトロヴィッチ監督の下で学んだ“ミシャ式”を一部取り入れた形でチーム作りをスタートした。ただし[3-4-2-1]の可変システムではなく、大分が前年に採用していた[4-4-2]を継続し、その形でミシャ式最大の特徴であるGKを含むビルドアップを落とし込み始めた。
選手たちは慣れない戦術体得に奮闘。自陣でのおっかなびっくりのパスをさらわれてピンチに陥ることも多々あったが、相手の精度不足にも助けられて割と火傷はせずに過ごす。
「リスクを負ってでも、やらなきゃ上手くならない。俺が責任を取るからミスを恐れずにやって欲しい」
片野坂は選手たちにそう言い続けて辛抱強く浸透に励んだが、開幕3連勝という好スタートの後は4戦未勝利、その後は勝ったり負けたりの繰り返し。「新スタイル構築」と「1年でのJ2復帰」との狭間で揺れながら、同時にJ3へと降格した栃木SCとの昇格争いの状況も絡み、第19節の栃木との直接対決に敗れた後は、目指す戦術の浸透をいったん棚上げするように守備意識を強めた戦法へと切り替えた。それが実り、残り11試合で首位を独走する栃木との勝ち点9差をじりじりと追い上げると、最後には5連勝して最終節目前で首位浮上。最終節にアウェイでのガイナーレ鳥取戦を4-2で制してJ3優勝し、自動昇格で至上課題のJ2復帰を果たした。
古巣の危機を救うとは言ったものの、新人指揮官にとって精神的プレッシャーは途轍もなく大きかったことだろう。優勝決定後にテクニカルエリアでうずくまって号泣した片野坂の姿は、サポーターから「カメノサカ」と呼ばれ今も語り継がれる。
2017シーズン:ミシャ式の可変システム+戦ピリの導入
1つノルマを達成して復帰したJ2での1年目、片野坂はいよいよ本格的に自らのスタイル構築に着手した。ミシャ式を踏襲する、[3-4-2-1]をベースとした可変システム。攻撃時にはボランチの1枚が最終ラインに落ちて[4-1-4-1]へと変化し、守備時には両ウイングバックが下りて5枚のブロックを形成する“型”をそのまま採用してスタートしたが、それは試合を重ねるごとに徐々に変化していった。……
Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg