浮嶋敏から山口智へ。 湘南ベルマーレで受け継がれる分析ツール「FL-UX」
12月4日に運命のJ1最終節を迎える16位・湘南ベルマーレ。2021シーズンは8月末づけで浮嶋敏前監督が突如退任する激震が走ったものの、山口智監督の下で地道に勝ち点を積み上げ、20チーム中4チームが降格する異例のレギュレーションでも自力での残留まであと1勝に迫っている。大一番を前に、両指揮官の間で受け継がれている分析ツール「FL-UX」がクラブにもたらした変革を、コーチ・選手ら関係者への取材を通じて解き明かしていく。
「アナリスト」「分析コーチ」「コーチ(分析担当)」「テクニカルスタッフ」「コーチ兼分析」「分析兼アシスタントコーチ」――名称こそ異なるが、近年J1クラブのスタッフ一覧を見ると、分析に特化した役職名を目にすることが珍しくなくなった。そうしたポストは今や8クラブで用意されているが、残る12クラブの中にはリソースの都合でテクノロジーを駆使しながら分析タスクをスタッフ全体で標準化しているチームも存在する。その一つが湘南ベルマーレだ。
湘南には長年にわたり事実上、分析官の役割を担ってきた人物がいる。2013年から在籍している白石通史コーチはリソースの限られる中、本業の指導の傍らで自チーム分析、相手チーム分析、個人分析を一手に引き受けてきた。そうした業務集中を見直したのが、2019年10月より同クラブを率いた浮嶋敏前監督。2011年から2年間コーチを務めた経験も持つ元指揮官は、両者の立場で痛感した視点のズレを解消すべく、自チーム分析をコーチ陣全体で行う新体制への移行を決断した。
「監督やコーチが同じ試合を見ていても、同じ感度ではなかったりするんです。今までは1人の頭の中にあったことが、他のスタッフと共有できている部分が少なかった。頭の中を共有するには会話しないといけなかったけど、『タグづけ』された映像を見た方がわかりやすい」
浮嶋前監督の言葉に出てきた「タグづけ」を可能にしているのは、「FL-UX」と呼ばれる最新分析ツール。開発したのは野球からバスケットボールまで競技の枠を超え、スポーツソリューション提供を行うRUN.EDGE社だ。このアプリ上で試合直後に映像を共有される湘南のコーチ陣は選手名やプレーはもちろん、「プレス」「プログレッション」といった局面、「Good」「Bad」という評価、さらにはクラブ哲学である「湘南スタイル」をもとに言語化したプレー原則など、独自に設定された「タグ」を分担しながら該当するシーンに紐づけていく。最後にタグづけが集約された映像を監督が確認して完了する流れの中、スタッフ同士で目線を合わせつつ複数人の目で見落としを拾えるようになり、自チーム分析の精度が高まった。
映像分析で山田直輝が見つけた「伸びしろ」
浮嶋前監督がFL-UXを取り入れた背景には、個々の成長を促進させる意図もあった。選手が自身のパフォーマンスを振り返られるよう、 白石コーチが試合映像や練習映像を見直しながら一つひとつのプレーを切り抜き、編集で繋ぎ合わせて一人ひとりのハイライト動画を作成していたのは昔の話。現在はFL-UX上で選手名のタグをクリックすれば個々のプレーを一瞬で抽出可能で、リスト化して各選手のスマートフォンやタブレットに送信できる。湘南で10番を背負うMF山田直輝も、受け取った映像を見ながら自身のボールを受ける状況をチェック。そこに31歳を迎えた今、さらなる伸びしろを見出している。
「昔の若い頃は映像とかまったく気にしてなかった(苦笑)。30くらいになってからようやく、気にするようになって。やっぱり主観的にやっていた時と、後で振り返った時っていうのは、『思ったより自分に時間があったな』っていうのが結構ある。時間があるのに慌てて最良の選択ができなかったり、ミスしてしまったりすることが客観的に見て多い。そういう時に落ち着いてできるように自分の映像を見て確認しています」
白石コーチは、課題の発見だけでなく克服に対するサポートも欠かさない。分析業務が効率化されて空いた手を参考となる有名選手のプレー集作成に回していることが、山田の口から明かされている。
「白石さんが映像を用意してくれるんです。僕が見ているのは(アンドレス・)イニエスタ選手のプレーだったり、シャビ(・エルナンデス)選手のプレー。そこでのアイディアだったり落ち着きを客観的に見て、世界のトップ選手たちのプレーを見てイメージを作りながら、自分の中で生かせるように心がけています」
さらに以前は専門の動画編集ソフトを扱える白石コーチしか映像を加工できなかったが、FL-UXには描画機能やコメント追加機能も搭載されているため、他のコーチでもスペースや人、体の向きなどを簡単に視覚化可能。白石コーチに限らずスタッフ全員が選手とのコミュニケーションの中で積極的に映像活用を始め、チーム内での共通理解がさらに進んでいった。
「練習中もカメラが回っていて、スタッフの方が『このシーン送るから見といて。明日また話そう』みたいな感じで、僕のプレーをスマホに送ってくれます。僕もそれをすぐに確認して、次の日に話し合えるので、わかりやすいです」(山田)
「選手の理解度も高まりましたね。一番のポイントは、速くアプローチができること。『鉄は熱いうちに打つ』じゃないですけど、意識が高いタイミングですぐに改善に取り組める。タイムラグがあると選手もうろ覚えになりやすく、言葉や文字で説明してもすぐにわからないことがあるので。でも今はFL-UXを通じて練習で『じゃあ、後で見てね』と声をかけた直後に、話題にしたシーンを送れるので選手は次も覚えていてくれる。話の前提を事前に監督やコーチが選手に共有できるので、スタッフと選手がより円滑にやり取りできるようになりました」(白石コーチ)
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Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista