イングランドの正統にして現代的。スリーライオンズの中盤に君臨したジェラード&ランパードの記憶
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2018年ワールドカップでのベスト4に続きEURO2020で準優勝と近年復活の兆しを見せているイングランド代表だが、それ以前は母国の熱い期待に応えられない時が続いていた。そんな暗黒期の最中、2000年代中盤~2010年代中盤にかけてスリーライオンズのセントラルMFと言えばスティーブン・ジェラードとフランク・ランパードの2人だった。当時は共存できるか否かが論争にもなった2人のレジェンドの代表チームでの記憶をたどる。
ボックス・トゥ・ボックス
リバプールの生え抜きで長くイングランド代表でも活躍したスティーブン・ジェラード、ウェストハムで頭角を表しチェルシーでピークを迎えたフランク・ランパード。2人がイングランド代表の中盤を担った最初の大舞台がEURO2004だった。2002年のワールドカップはランパードが最終選考で外れ、ジェラードは負傷のため不参加。イングランド初の外国人代表監督となったスベン・ゴラン・エリクソンが指揮を執り、新しい時代を迎えていた。
この頃にイングランド代表は様変わりしている。遡ると、フランスワールドカップ前年の1997年に開催されたトゥルノワ・ドゥ・フランス(コンフェデレーションズカップの前身)が最初の衝撃だった。デイビッド・ベッカム、ポール・スコールズら若手が出現し、連続で40本もパスを繋ぐチームになっていた。それまでのイングランドと言えばハードワークには定評があっても技術的に高いとは言いがたく、ゴールを直撃するダイレクトフットボール志向でパスワークは脆弱だったのだ。
しかし、ベッカム世代に続いてランパード、ジュラード、ウェイン・ルーニー、ジョー・コールといった新世代が台頭し、すっかり技巧派のチームに変貌する。
ただ伝統のハードワークも健在で、ランパード&ジェラードはその伝統を引き継ぐ典型的なボックス・トゥ・ボックスのMFだった。ペナルティエリアからペナルティエリアへ動き回るハードワークをこなしながら、高い技術と得点力を発揮している。
このタイプのレジェンドが、1966年ワールドカップ優勝の立役者ボビー・チャールトンだ。[4-4-2]システムが有名なこの時のイングランドの構成は、中盤をチャールトンに一任するような形だった。両翼は運動量豊富な隠れウイング、中央の相棒であるノビー・スタイルズは4バックの前面に構えるアンカーだったので、チャールトンは広大な中央を1人でカバー。守備で奮闘し、パスを繋いで組み立て、強烈なミドルシュートで相手ゴールを脅かす。ここまで負担の大きいポジションはそうない。
イングランドにはいわゆる「トップ下」が存在しない。各国に残っていた「10番」の系譜がないのだ。ブラジルのペレに代表される、かつてのインサイドFWを継承するポジションがイングランドでは消滅していた。1980年代にリバプールをはじめクラブチームがヨーロッパを席巻した時代も横並びの[4-4-2]全盛期で、やはりFWとMFの中間ポジションが入り込む余地はなかった。
ジェラード、ランパードはチャールトンからブライアン・ロブソンに繋がる系譜を引き継ぐ正統的な名手であり、ハードワークとテクニックの両立した、ある意味とても現代的なMFでもあった。
戦う技巧派
2001年に就任したエリクソン監督は2006年までイングランド代表を率い、その間公式戦では5回しか負けていない。FIFAランキング4位まで押し上げてもいる。ところが、エリクソンはあまり人気がなかった。本人のさまざまな失言のせいもあるが、冷静な北欧人らしい佇まいがイングランド人には情熱の欠如と感じられ、何より肝心のワールドカップやEUROで毎回ベスト8の結果にうんざりしていたようだ。エリクソン前後の戦績を考えるとかなり立派なのだが、錚々たるメンバーを率いたにしては期待外れだったわけだ。
技術も高く、ハードワークもできる。ただ、突き抜けたものがなかった。同時代のライバルではブラジルにロナウジーニョがいて、ポルトガルにはクリスティアーノ・ロナウド、フランスはジネディーヌ・ジダンがいた。イングランドは平均点では負けていないが、一瞬の爆発力やインスピレーションには欠けていたかもしれない。構造上「10番」を持たないイングランドの限界がそこにあったとも言える。
イングランドに「10番」がいなかったわけではない。例えば、70年代にはトレバー・ブルッキング、80年代にはマット・ル・ティシエがいた。しかし、2人とも代表にはあまり縁がない。それぞれウェストハムとサウサンプトンのレジェンドで伝説的な名手だが、ハードワーカーでなかったからだ。
労働者階級のスポーツだった“フットボール”で、戦えない選手は認められない。特に国際試合はそうだった。90年代のポール・ガスコインは戦える10番タイプだったが、ボックス・トゥ・ボックスをやるにはスタミナに問題があった。カルト・ヒーロー的な10番タイプはけっこういても代表には定着していない。構造的に受け入れる余地もなかった。
ランパードとジェラードはよく似ている。ボールコントロールが巧みで、正確無比のミドルシュートを打てる。パスワークの軸になるだけでなく、走り回って味方を助け、タックルを繰り出し、ユニフォームを汚して戦えた。彼らはイングランドフットボールの理想像であり、ファンの魂を揺さぶる存在でもあった。長く代表チームを支える存在だったのは当然と言える。ただ、ベスト8の壁を破るには彼らに負担がかかり過ぎていたかもしれない。一方、そうでなくてはベスト8まで到達できなかった気もするが。
幻のゴール
ランパードを[4-2-3-1]のトップ下に起用したこともあるが、基本的にはランパードとジェラードがセントラルMFのコンビだった。
天性のドリブラーではない2人の技術的な武器はキックの精度とパワーだ。特にミドルシュートの威力は双璧。インサイドキックに近い蹴り方は精度抜群、難しい体勢でも枠へ持っていく。しかもパワーの乗った弾道だった。ランパードは代表キャップ106で29ゴール、ジェラードは114試合で21ゴールをゲットした。シュートチャンスに「そこ」にいられる運動量も無視できない。
2010年南アフリカワールドカップのラウンド16、ドイツ戦でのランパードのシュートは物議を醸している。ドイツの1点リードで迎えた38分、ランパードのシュートはバーに当たって落下し、ゴールラインを越えていたにもかかわらずノーゴールと判定されたのだ。試合は4-1でドイツが勝利。1966年のワールドカップ決勝では、イングランドのジェフ・ハーストのシュートが同じような軌道でゴールと認められ、イングランドが4-2で勝って優勝している。このときはライン上への落下で実はノーゴールだったと言われているが、44年後は入っていたのにノーゴールとなり、結果も66年とは逆になったわけだ。
このランパードの幻のゴールは議論を呼び、ゴールラインテクノロジーの導入に繋がっている。さらに現在はVARに行き着いている。
ランパード、ジェラードの正確で強いキックはロングパスやサイドチェンジにも活用され、低くて速いパスは縦への推進力を生み出していた。ボールの改良もこれに一役買っていただろうが、2010年ワールドカップの使用球が「軽過ぎる」と言われたジャブラニでなかったら、例の幻のシュートはもしかしたらきれいにゴールインして、イングランドの歴史も変わっていたのだろうか。
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配信機種:iOS / Android
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Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。