三笘薫らを変えた方向転換の最新研究。育成から状況判断が必要なワケ
筑波大学・谷川聡准教授インタビュー
今夏川崎フロンターレからブライトンへ移籍を果たし、同クラブが戦うプレミアリーグの舞台に立つことを目指して、ベルギー1部のユニオン・サン・ジロワーズで武者修行中の三笘薫。大卒1年目の昨季にJ1を席捲する活躍を見せ瞬く間に欧州へと羽ばたいた24歳は、スポーツ科学の知見が集まる母校・筑波大学でどのような最先端トレーニングを行っていたのか。背景にある最新研究「光刺激による状況判断の有無が方向転換動作に及ぼす影響」を行った110mハードル走の第一人者で、同大学准教授の谷川聡氏を直撃した。
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世界初!状況判断が方向転換に与える影響を解明
――谷川先生は長年サッカー選手の方向転換能力をご研究されていて、2020年12月には「光刺激による状況判断の有無が方向転換動作に及ぼす影響」という論文を発表されています。まず今回のリサーチに至った背景について教えてください。
「サッカーでは走ったり飛んだり蹴ったりと様々な動作を行いますよね。その中でも多いのが方向転換です。1試合で約700回も行われるという研究結果もあるくらいで、競技力との相関関係も報告されています。指導現場でも方向転換能力を鍛えるためのトレーニングがよく行われていて、5m進んで10m戻って5m進んで元の位置に帰ってくるテストや、あとは50m走のタイムと10m走を5往復したタイムを比較するテストで評価されている。でも僕自身も三笘(薫)のようなサッカー選手のアドバイザーをしていく中で、彼らが試合の中で見せる方向転換とは動作が違うんじゃないかと疑問に感じたんです。その要因を考えた時に、状況判断があるかないかが影響を与えているんじゃないかと。サッカーの動作は状況を理解して判断して、意図を持ってから生まれているので」
――私も昔サッカーを習っていて方向転換の練習をしていましたが、前に走っていって笛が吹かれたら後ろに切り返して走るような内容が多かった記憶があります。
「それだと、あらかじめ転換する方向が決まっているんですよね。でも実際の試合では例えば右に動く相手を見て、右に行くか、左に行くかが決まる。選手やボールが動いている中でしなければならない状況判断が、なぜか従来のトレーニングや測定方法では抜け落ちている。今回の研究で、状況判断の有無による方向転換の動作の違いが世界で初めて比較されています」
――状況判断まで含まれている方向転換の研究は、まだまだ世界的に少ないのでしょうか?
「方向転換の研究自体は世界的に数多く行われていますが、状況判断を伴う研究はまだまだ数が少ないですね。その中には、映像上に表示された人の動きと反対に方向転換するテストや、光刺激が出た方向に動く実験もありました。でも、そうした従来の状況判断を伴う研究では、60度以下の小さな方向転換しか検討されていない。それよりも大きな方向転換がサッカーでは行われると欧州では研究されていて、特にDFは90度から180度の方向転換を多く行っています。試合でもボールを持っている相手選手を捕まえにいったDFが、右斜め後ろや左斜め後ろにパスを出されて戻るシーンがありますよね。今回の研究ではその状況を再現しています。13mのコースにゴール地点を左右2カ所に用意していて、大学トップレベルのDFが直進後に135度方向転換して決められたゴールに向かう場合、光刺激が出たゴールに向かう場合を比較しました」
――どのような結果が出たのでしょう?
「状況判断がない場合は最初から全身が転換する方向に後傾していますが、状況判断がある場合は上半身が起きています。だから、減速して方向転換を行う足を踏み込んだ時に上半身を前傾させる動作が必ず起こる。股関節で屈曲伸展、ヒップヒンジがかかります。そこで転換する方向と逆方向に上半身を振って反動をつけてから、進行方向に上体を起こして加速していますね。そうした違いが世界で初めて明らかになったので、2018年に国際学会で初めて結果を発表した時から高い評価を受けています。当時筑波大学に在学していた三笘(薫)とも、『トレーニングの仕方が変わってきたよね』という話をしていました」
陸上でもサッカーでも言われる「腰を落とせ!」はウソ
――取材前に読ませていただいた論文では、タイムや角度、速度などの測定された一つひとつの数値をもとに細かく検証されていましたが、谷川先生が注目されているのは至ってシンプルで、上半身やお尻の使い方なんですね。
「動作の基本は何なのかに注目しています。陸上でも、100m走の選手は直線のコースを走るので頭も体も地面に対して垂直なんですけど、200m走の選手は左回りのトラックを走るので体が左に傾くんですね。でも頭を地面に垂直にするのは変わらなくて、少し右に傾けてバランスを取っているんです。100m走も200m走も得意な選手はみんなそう。(ウサイン・)ボルトも小池(祐貴)も(サニブラウン・アブデル・)ハキームもそうですね。そうやって動作には、固定されて鍵となる要素と環境の要求に応じて変わる要素があるんです」
――谷川先生が監訳をされている運動学者フラン・ボッシュの著書『コンテクスチュアルトレーニング』にも登場した「アトラクターとフラクチュエーター」ですよね。固定された変化しない要素がアトラクター、環境の要求に適応する要素がフラクチュエーターで、陸上とは違いあらかじめ走るコースが決まっていない状況判断を伴う球技にも、アトラクターが存在するというお話でした。
「スプリントでも短距離走選手が身につけるような型を重視した画一的なフォームを球技選手に教えたところで、速く走れても変化していく状況に対応できなくなってしまう。だから走り方や止まり方は教えていないです。とにかく基本を重視する。走りながら状況判断を行うために、最低限必要な条件を守れるようにしています。実際にサッカーの指導現場でも、顔を上げて体を起こしている選手がうまいと言われますよね。つまり状況判断ができる姿勢で、上半身を立てながら、股関節を中心に体を動かせているということ。それには体幹や股関節の屈曲の強さが必要になると、いろんな実験や研究でわかってきています」
――お尻はトップレベルの選手を見ても、目に見えて発達しています。マンチェスター・シティで活躍したヤヤ・トゥーレ選手も『ジ・アスレチック』で、世界最高峰のプレミアリーグではお尻が大切だと明かしていて、元チェルシーのエデン・アザール選手を例に、DFをブロックしたりあらゆる方向に切り返して密集を突破できるのは、大きなお尻のおかげだと解説していました。
「あとは体幹ですね。サッカー選手にウェイトを持たせて腹筋をさせると、数回しかできない選手もいたりする。懸垂をさせても、背中とお腹をうまく緊張させられずに骨盤が前傾してしまう選手が多いんです。それができないと、試合の中で何十回も方向転換を繰り返すうちに少しずつ背中が丸まって膝が崩れて、方向転換で体にかかる体重の4、5倍の力を逃がせなくなる。うまくお尻を使って止まれなくなって方向転換が遅くなってしまうのはもちろん、捻挫したり膝の傷害も起こりやすくなってしまうんですね。だから、三笘も腹筋と背筋を協調させつつ股関節を屈曲させる練習をしていました」
――実際に川崎フロンターレがチームでシャトルラン形式の持久力測定テストをしている動画も見たことがありますが、周りが次々と脱落していく中で三笘選手だけは笑顔を浮かべられるくらい余裕で最後まで残っていて、ダントツでチームトップを記録していましたね。その土壌を育んだ筑波大学時代に谷川先生と、具体的にどのようなトレーニングをしていたのでしょうか?……
Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista