プレミアリーグは8月3日、今シーズンも引き続き“No room for racism”のスローガンを掲げるとともに、全20クラブが人種差別への抗議として試合前に膝をつく行為を継続することを発表した。19-20シーズンの調査ではイングランド1〜4部リーグの試合会場で前年比53%増となる人種差別行為が報告され、さらに観客動員が許された最近は「膝つき」に対してスタンドからブーイングが聞かれる事例も各地で発生しているという英国の実情。ロンドン在住20年以上の山中忍さんが自らの体験を交えて伝えてくれた。
代表戦でネットを揺らすと、スタジアムに響く観衆の声を耳にしながらコーナーフラッグへと走り寄ったラヒーム・スターリング。少し前なら、今夏にイングランドが決勝まで勝ち上がったEURO2020でのシーンを思い浮かべているところだ。
だが、キーボードを叩く筆者の頭には、9月2日に行われた2022年W杯予選での得点シーンがある。試合会場は、ロンドン市内のウェンブリー・スタジアムではなく、ブダペストにあるプスカシュ・アレーナ。スタンドから沸き起こった声は、イングランドサポーターの歓声ではなく、ハンガリーサポーターによるブーイング。コーナーに立ち、紙コップ、プラスチックボトル、さらには発煙筒まで投げ込むホーム観衆に目をやるスターリングの顔は笑ってなどいなかった。
イングランドが敵地でハンガリーを下した(0-4)一戦は、7週間ほど前のEURO決勝にPK戦で敗れたショックから立ち直っているチームの精神力の強さと同時に、スターリングの他、ジュード・ベリンガムも「モンキー・ノイズ」を浴びた試合として、サッカー界における人種差別の根強さをも感じさせた。
観衆のいるアウェイでの国際大会予選は、ほぼ2年ぶり。2019年10月にソフィアで行われたEURO2020予選も、イングランドの大勝(0-6)以上に、相手国ブルガリアのファンによる人種差別的な行為が印象に残る一戦だった。当時とは違い、イングランドの選手たちは、キックオフ直前にピッチに片膝をついて人種差別への抗議を行うようになっている。しかし、スターリングがジャマイカ生まれであるように、カリブ系やアフリカ系の血を引く選手を含むチームが置かれている状況は変わっていなかった。
ハンガリーを批判できないイングランドの実情
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。