CL予選1回戦から登場したモルドバ王者のシェリフ・ティラスポリが次々と勝ち上がり、プレーオフではディナモ・ザグレブを撃破。奇跡のCL本戦出場を果たした。かつてディナモ・サポーター「バッド・ブルー・ボーイズ」に混ざって、彼らの本拠ティラスポリに乗り込んだことがあるジャーナリストの長束恭行氏に、謎クラブの正体に迫ってもらった。
母国のテレビ局『RTL7』で解説者として出演した元オランダ代表のディルク・カイトは、CLプレーオフ第1戦の結果を受けて、身も蓋もない発言をテレビカメラにぶちかました。
「CLが王者のためのトーナメントであることは知っている。しかし、シェリフ・ティラスポリのようなチームがCLでやることは何もない」
これは一種の「メガクラブ的な視野狭窄」である。いわゆる名将やスタープレーヤーが上位クラブの間で循環し、決勝トーナメントに入れば同じカードが繰り返されるマンネリ化した大会でこそ、胸がすくような一服の清涼剤が必要だ。近年でいえばアタランタだろうが、番狂わせを起こすのが中小国のアウトサイダーであれば爽快さや痛快さはさらに格別だ。とはいえ、持つ者と持たざる者の格差が拡がり続ける今、「缶蹴りの缶」のようにシュートを蹴られ続けて大敗するアンダードッグが増え続けているのも事実だ。
それでも11-12シーズンのCLで大旋風を巻き起こし、ベスト8まで勝ち進んだAPOEL(キプロス)のような、観る者のロマンをかき立てるチームが現れることを私は心から待ちわびている。「判官贔屓」という言葉を生んだ国のサッカーファンならばわかってもらえる心情ではないか。きっと源義経のような戦(いくさ)上手が欧州にも潜んでいるに違いない。
「最悪の試合だ」ディナモのエース、オルシッチが絶句
モルドバ王者のシェリフは予選1回戦からテウタ・ドゥラス(アルバニア)、アラシュケルト(アルメニア)、ツルベナ・ズベズダ(セルビア)を次々となぎ倒してきた。最終関門の相手となるディナモ・ザグレブといえば、昨季のELでカイトの古巣フェイエノールトをグループステージで沈め、ラウンド16ではトッテナムを劇的な展開でうっちゃり、ベスト8まで勝ち進んだ強豪だ。
そんなクロアチア王者を本拠地シェリフ・スタジアムで迎えた第1戦。モルドバリーグ得点王(昨季28点)のコロンビア人FWフランク・カスタニェダを累積警告で欠いたものの、有機的なプレスでボールを奪ってはスペースを的確に突く速攻でディナモを絶望の淵に追いやった。
快速を飛ばして2得点を叩き込んだ右ウイングの名はアダマ・トラオレ。もはやクロアチア人にとっての「アダマ・トラオレ」といえば、スペイン代表の彼ではなくマリ代表の彼のことだ。完膚なきまでに叩きのめされたディナモは3失点の被害で済んだことに安堵するも、FWミスラフ・オルシッチは「ディナモに加入して以来、最悪の試合だ」と絶句し、ダミール・クルズナル監督は「今日のシェリフにはレッスンを受けた」と白旗を上げた。
週末のモルドバリーグの試合を延期し、体調万全で敵地マクシミール・スタジアムに乗り込んだ第2戦。シェリフは開始4分、ルクセンブルク代表MFセバスティアン・ティルがペナルティエリアに侵入し、ゴールポストを叩くシュート。「相手は守り一辺倒」と踏んでいたディナモの出鼻をいきなりくじく。南米出身で組んだDFラインが粘り強くディナモの攻撃を封じる一方、UAE経由で7年ぶりに復帰したブラジル人CFルバノール(8月29日にサウジアラビア1部タアーウンへ移籍)、左右のカスタニャダとトラオレ、トップ下のギリシャ人MFディミトリオス・コロボスが危険なカウンターを演出。左右どちらもこなすブラジル人SBのクリスティアーノも果敢にオーバーラップを試みた。シェリフは典型的な傭兵チームで、途中交代を含めた14人すべてが外国人。最後までディナモにつけ入る隙を見せずにスコアレスドローで終え、トータルスコア3-0で、モルドバ初のCL本戦を出場を決める。ウクライナ人のユーリー・ベルニドゥブ監督は試合後会見で喜びを口にした。
「私は一つの目標を抱きながらシェリフにやってきた。CLに出場することだ。私の夢は実現したよ。これはチーム全員による功績であり、クラブに関わるすべての人々による功績だね。予選は長い道のりだったが、私は6勝2分という結果に誇りを持っている。14ゴールを挙げ、失点はわずか2点。今度は欧州最強のクラブに挑みたい。ティラスポリに訪れる世界最高のプレーヤーたちを相手にシェリフのクオリティを示そうと思う」
そもそも「モルドバ≠沿ドニエストル」
それぞれの国、それぞれのクラブに物語があるが、その中でもシェリフ・ティラスポリの異色さは群を抜いている。今から11年前、CL予選3回戦でディナモとシェリフが対戦。クロアチア在住だった私は、ディナモ・サポーター「バッド・ブルー・ボーイズ」(BBB)のメンバーに混じってモルドバの地方都市ティラスポリに乗り込んだ。……
Profile
長束 恭行
1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。