違法性と対処法を弁護士が徹底解説。「なりすまし」対応完全ガイド
見知らぬうちに自分を名乗るSNSアカウントがJリーグのクラブや選手、サポーターに対して誹謗中傷、差別的表現を投稿している――いわゆる「なりすまし」に襲われた時、私たちはどうすればいいのか?その現場に遭遇した第三者には、何ができるのか?サッカー界で相次ぐ被害を最小限に抑えるために、藥師神豪祐弁護士と諏訪匠弁護士が違法性と対処法を整理してくれた対応完全ガイドを公開する。
1. Jリーグ関係者に対するSNSなりすましの増加
ここ最近、Jリーグクラブ等を対象としたインターネット上でのなりすまし行為が多発しています。多数のクラブについて、選手、サポーター、従業員、クラブ公式ストア等のなりすましアカウントによる被害が発生しており、それぞれの関係者が対応に追われています。私たちも、被害に遭われた関係者からの声を聞いたことを契機に、今回このような記事を書くに至っています。
2. なりすまし行為の違法性やリスク
(1)インターネット上でのなりすまし行為とは、他者の実名やハンドルネーム、画像などを使うことによって、あたかもなりすまされた本人がそのアカウントを使っているかのように振る舞い、SNSやインターネット上の掲示板で投稿を行うことを指します。例えば、Aさんのなりすましアカウントが第三者への誹謗中傷や差別的発言を行った場合、投稿を見た人たちは、Aさんに対してネガティブな印象を持ち、Aさんの名誉が傷つけられることになります。住所などの個人情報を公開すれば、プライバシー侵害にあたります。裁判例においても、なりすまし投稿について、名誉毀損やプライバシー侵害を認める事例は少なくありません。
(2)ハンドルネームを対象とするなりすましについても、なりすまし被害者がそのハンドルネームを使って社会活動を行っている場合には、実名の場合と同様に名誉毀損やプライバシー侵害にあたります。現在では、インターネットは社会のほとんどの人が利用するインフラであり、インターネット上の活動は社会活動に該当すると言えるでしょう。特にサッカークラブのサポーターであれば、SNS上のみならず、試合会場などの実社会で交流を行っていることも多く、ハンドルネームを用いて社会活動を行っていると認定をされるケースも十分にあると考えられます。
(3)この他、なりすましアカウントによって選手を誹謗中傷した場合には、選手に対する名誉毀損になります。また、投稿の内容や頻度によってクラブが対応に追われることになれば、クラブに対する業務妨害となることもあるでしょう。
3. 加害者が取るべき責任
(1)法的責任には「刑事上の責任」と「民事上の責任」があります。なりすまし行為に対する刑事上の責任としては、名誉毀損罪、侮辱罪、信用毀損罪、業務妨害罪など様々な犯罪が成立する可能性があります。なお、名誉毀損罪や侮辱罪は「親告罪」とされており、被害者が告訴をしなければ検察官は起訴できません。刑法上、名誉毀損罪や侮辱罪に該当する投稿であっても、被害者が告訴していないため加害者が処罰を受けていない例はたくさんあります。告訴するかどうかや、どのタイミングで告訴するかはすべて被害者の判断に委ねられます。「他にもやっている人がいるから大丈夫」と考える人もいますが、罪に問われていないように見えても、実際には被害者側の事情で告訴を行っていないケースであることがほとんどです。また、こうした被害が社会的に大きな問題になるにつれ、取締りが厳しくなる傾向にあります。
(2)民事上の責任については、名誉毀損やプライバシー侵害などを理由として なりすまし被害者は損害賠償を請求することができます。損害額の評価はケースによっては必ずしも高額ではありませんが、クラウドファンディングなどのサービスを用いることにより、関係者や関心を持つ人たちの善意で被害者が救済されるケースも増えています。損害賠償請求の他には、加害者が会社員である場合には、就業規則に基づく懲戒処分などがなされる可能性もあります。
(3)ネット上では匿名で行動できるとはいえ、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)に定められた発信者情報開示という裁判上の手続きを取れば、加害者を特定することができます。具体的な流れとしては、なりすまし投稿に利用されたSNSの運営会社に対してIPアドレス等の開示を求める仮処分を行い、まずは発信者のIPアドレス等を確保します。そして、得られた情報を手掛かりに、プロバイダに対する発信者情報開示請求を行います。見かけ上は匿名であるとしても、実際には必ずしも匿名のままでいられることはありません。被害者が発信者情報開示のために負担した弁護士費用について加害者に負担を命じる裁判例も出てきており、合計で100万円を超える賠償を命じられた事例もあります。なりすまし行為は、刑事、民事を問わず責任を追及されるという非常に大きなリスクのある行為と言えます。また、今年4月21日にプロバイダ責任制限法の一部を改正する法律が成立し、法改正による手続きの簡易化も進む見込みです。
4. 被害を受けた場合の対応
(1)なりすまし被害を受けた場合の初期対応の一つは、SNS運営会社への通報です。Twitter、Facebook、Instagramなどの主要SNSでは通報制度が設けられています。通報の内容や量により、アカウント停止などの措置がとられることになります。また、すでにいくつかのクラブが公式SNSで行っているように、発生した事案の共有や注意喚起をすることも有益です。被害の拡大防止とともに、通報の集積にも役立ちます。この他、サポーターたちがクラブの枠を超えて通報や拡散に協力している事例も多く見られます。このような取り組みも被害の拡大防止に大いに役に立っています。
(2)初期対応の二つ目は証拠の保全です。アカウントや投稿を削除されてしまうと加害者の特定が困難になります。そこで、なりすましアカウントのID、投稿日、投稿内容、投稿URLがわかる形で、投稿をスクリーンショットで保存しておくことが重要となります。投稿の悪質さによっては警察に相談することも有用です。相談される際には、このスクリーンショットを証拠としてお持ちください。
(3)このような初期対応をされたうえ、法的手続きを取る場合、重要になるのはタイムリミットです。発信者情報開示を行って加害者を特定する場合、加害者が利用していたプロバイダが設定しているアクセスログ保存期間(プロバイダごとに異なりますが、多くの場合3カ月間が目安とされています。)のうちに手続きを行う必要があります。プロバイダへの発信者情報開示請求を行う前段階で、SNS運営会社からIPアドレス等を取得する必要があるため、手続きには時間がかかります。プロバイダのアクセスログが消えた後では加害者の特定ができなくなってしまうため、被害を受けてから迅速な対応が必要です。被害の例を見ますと、証拠保全さえできていれば権利侵害の認定は問題なくなされると思われるケースも少なくありません。今後は法的な対応をとる事例も増えてくるものと思われます。本稿も被害対応の一助になればと思います。
Photo: Getty Images
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Profile
藥師神豪祐 諏訪匠
【藥師神豪祐】1984年生まれ。法律事務所fork代表弁護士(第一東京弁護士会)。Twitter:@hell_moot【諏訪匠】2015年弁護士登録。名古屋市出身、京都大学卒。現在は都内法律事務所に勤務。不動産、相続、企業法務やスポーツ団体設立業務などを取り扱う。30年来の鹿島サポーター。好きな選手は小笠原満男と荒木遼太郎。