3月に掲載した明治大学・栗田大輔監督のインタビューの中でその成長ぶりを称賛されていたのが、今季より北海道コンサドーレ札幌の一員となった小柏剛だ。大宮の育成組織からトップ昇格は叶わなかったものの、進学先の明治で栗田監督と出会い大きく成長した。結果、大学No1FWと呼ばれるまでに成長し、古巣以外の複数クラブからもオファーを受けるまでに。
将来は海外も視野に入れる期待のストライカーが、大学4年間で学び、成長したこととは。
どのチームのどんな練習でも耐えられるようになった
――明治大学の栗田監督にお話しいただいた際、小柏選手について数多く言及されていました。あらためて、大学時代を振り返ってみるといかがでしたでしょうか。
「僕は大宮のトップに上がれず、明治大学に進んだのですが、4年後は大宮に戻ってやろうという気持ちで過ごしていました。入学当初は練習の中で通用しない部分や自分が未熟であることを思い知らされる日々でしたね。でも、ここは間違いなく成長できる場所だと思ったので、それを信じて取り組んでいました」
――朝6:00から練習があったり、特に水曜にハードなトレーニングですよね。「きついな」と思ったこともあったのかなと。
「かなり思いましたし、水曜日の練習に高校生の時に参加して『4年間これを続けられるのかな』という不安もありました。でも、それに取り組んでいる先輩がいて、彼らが(卒業後)プロで結果を出している。だから、これを乗り切れば自分もプロで通用する選手になれると思って、高いモチベーションを持ってプレーできたのかなと思います。けど、(ハードなトレーニングが翌日に控える)火曜日はかなり憂鬱でしたね」
――明治の寮は16人部屋で、食事当番もある。環境が整っているJユースとはまた異なる場所で、衝撃を受けたのでは。
「高校生の時は2人部屋で食事も用意されて、という環境だったのですが、大学に入ってからその環境にありがたみを感じたというか、『当たり前ではないんだな』と思いました。決して環境が悪いというわけではありません。寮生活では下級生に多くの仕事が割当てられてきつい部分も多かったです。ただ、それも社会の一員になるには必要なことだったなと。これをやってきたからサッカーだけでなく人間性の部分でも成長できたし、サッカー選手としてではなく、一人の社会人として大人になれたと思います」
――スピードを武器にしたプレーを1年生の時から発揮していましたが、力強さが増していったなと思います。
「高校時代から周囲にスピードがある選手と評価されていましたけど、明治の練習に入って自分は普通だと思い知らされました。周りより少し速いくらいで、特徴でもなんでもないと。スピードをどう活かすか、連続性を出して複数回スプリントをしてゴール向かえるか。この点は栗田監督に4年間ひたすら言われ続けて、身についた点かなと思います。だからこそ、大学時代にプロへ練習参加をした際にも自信を持って発揮できたのかなと」
――明治の練習は強度が高いので、Jクラブの練習に参加した後「明治の練習の方がきついから大丈夫だった」と言っている先輩たちもいました。
「いろいろなチームの練習に参加をして、今は札幌にいますけど、明治の頃の方が強度、きつさを感じたかなと。なので、ハードなトレーニングは問題ないと言うか、どこのチームのどんな練習でも耐えられるようになったかなと。逆に、明治で取り組めなかった部分を札幌では取り組めるし、多くのことを学べています。そういう意味では貴重な場所。その中で強度を落とさずプレーをしていきたいなと思います」
栗田監督の存在が力を引き出してくれた
――栗田監督との印象的なエピソードはありますか? 真面目なキャラクターだったけど、欲を出すようになったと仰っていました。……
TAG
Profile
竹中 玲央奈
“現場主義”を貫く1989年生まれのロンドン世代。大学在学時に風間八宏率いる筑波大学に魅せられ取材活動を開始。2012年から2016年までサッカー専門誌『エル・ゴラッソ 』で湘南と川崎Fを担当し、以後は大学サッカーを中心に中学、高校、女子と幅広い現場に足を運ぶ。㈱Link Sports スポーツデジタルマーケティング部部長。複数の自社メディアや外部スポーツコンテンツ・広告の制作にも携わる。愛するクラブはヴェルダー・ブレーメン。