ベルギーリーグでの2シーズンを終えて。甥・松原后(シント=トロイデンVV)× 叔父・松原良香対談
2019-2020シーズンからシント=トロイデンVVに所属する松原后。在籍2年目となる今シーズンは出場機会に恵まれず、チームもリーグ戦を15位で終えるなど、難しい時間を過ごした。そして、松原后を叔父として幼い頃から見続けているのがサッカー指導者・解説者の松原良香である。そんな甥と叔父の対談が実現。気心の知れた2人が、日本人選手がベルギーリーグで戦う意味や難しさについて深く語り合った。
プレッシャーを感じたことはない
――お二人の関係性(甥と叔父)を知らない読者の方もいらっしゃると思いますので、まずはその点からお聞きします。后選手が幼い頃から交流があったそうですね。
良香「后だけではなく、アニキ(松原真也/元清水エスパルス)の子供全員と交流がありました。后は3兄弟なのですが、全員にサッカーの才能があったので『プロにしたい』というアニキの熱量がすごくて。子供たちの試合映像を頻繁に送ってくるんですよ(笑)。中でも后の実力は抜きん出ている印象は持っていました。ドリブルの緩急が素晴らしくて、手も巧く使えるし、確か地元(静岡)のニュース番組にも后のプレー映像が流れたりして。そういう選手だったので、小学生の頃に私が斡旋してサンパウロFCに短期留学させました。フリューゲルスで監督もやった(アントニオ・カルロス・ダ・)シルバが当時は(サンパウロFCの)育成統括だったような……后、シルバいたよね?」
后「いましたね。ブラジルでの1カ月間はすごく刺激的な日々だったので強く記憶に残っています。日本では『自分が一番巧い』と思ってプレーしていたのですが、サンパウロの下部組織の選手たちはフィジカルがすごくて……レベルが高過ぎて驚きました」
――そうしたレベルの高い環境でも通用すると感じるプレーはありましたか?
后「今、良香さんに話してもらったドリブルですね。父がアルゼンチンでプレーしたこともあって小さい頃からマラドーナの映像はよく見ていたので、自然と参考にした部分はあったかもしれません。緩急をつけたり、手を使って相手をブロックしながらボールを運んだりするのは自分の強みだったと思います」
良香「確かにアニキも緩急をつけるドリブルは巧かったので似ているところはありますね。あと、后のお母さんの弟さんが私の高校(東海大学第一高等学校)の1つ先輩なのですが、手足が長くて左利きで(后選手に)似ていると思います」
――父親である真也さんも、叔父である良香さんも元プロサッカー選手なので、后選手は『サラブレッド』と称される機会も多いです。プレッシャーはありませんでしたか?
后「自分に自信を持っていたのでプレッシャーを感じたことはないですね。2人の存在はプレッシャー以上に自分が成長する上で、良い影響の方が大きかったと思います。もともとは僕も良香さんや親父と同じFWでプレーしていたので」
――后選手は浜松開誠館高校時代にポジションをFWからDFへと転向しました。FW出身の良香さんはこの決断をどのように捉えましたか?
良香「監督が元清水エスパルスの青嶋(文明)さんで、知っている仲だったこともあり、后の話はよくしていました。ポジション変更は后に能力があったからこその決断。アカデミー年代の日本代表の編成にも関係したものだったので、前向きに捉えていました。当時、青嶋さんに誘われて后がCBでプレーする試合を生で観ているのですが、リアクションではなく、強気で自らボールを奪いに行くプレーをしていて。もともとFWで仕掛けることを続けていた選手としての特徴がCBでも出ていたのは鮮明に覚えています」
后「青島監督からは『体が大きい左利きのCBはプロでも重宝されるから』という助言をもらいました。青島監督のことは信頼していたので、ポジション転向に迷いはなかったですね」
どのポジションでも1対1の勝負が重要
――ここからはシント=トロイデンVVでの2020-2021シーズンについてお聞きします。まずは后選手、今シーズンを終えた率直なお気持ちを聞かせてください。
后「すべてにおいて納得がいかないシーズンでしたね」
――良香さん、叔父としての立場と解説者としての立場で意見が変わる部分があるかもしれませんが、后選手の今シーズンを総括していただけますか?
良香「プロサッカー選手という目線で后を評価するのであれば、結果がすべて。つまり、試合に何試合出場して、どれだけチームに貢献できたか。そういう意味では良いシーズンだったとは言えません。ただ、后にとって試合に出場できない悔しさ、難しさは海外に出たからこそ得られた経験。一人の人間としてサッカーを通じて成長するという意味ではプラスに捉えることもできると思います」
――后選手、2シーズンを過ごして感じたベルギーリーグの印象を教えてください。
后「このリーグはパワフルでスピードのある選手が多い。Jリーグでは対戦できないタイプの選手も多くて、守備時の1対1や球際の戦いに最初は少し戸惑いもありました。でも、それは自分の伸びしろでもありますし、この経験は確実にプラスになっています」
良香「Jリーグは外国人枠でブラジル人選手が獲得されることが多いですけど、ヨーロッパのクラブは多国籍。私がスイス(SRドゥレモン)でプレーした時でも10カ国くらいの外国人がプレーしていました」
――お二人とも欧州クラブでプレーされています。現地で感じられた日本との違いはありますか?
良香「選手個々が自立しています。チームからも任されているというか、行動が制限されない。それは結果でのみ選手が評価されるということ。ゴールを決めればリスペクトされるけど、決められなければ……。日本以上に選手が商品として扱われるので年齢もシビアに見られます」
后「ベルギーリーグは特にその傾向があって、個の意識が強い。選手が高値で買われている世界で、選手が大きな野心を持っているタフなリーグです。だから、こっち(ベルギー)でプレーしている日本人選手ともよく話すのですが、たまに耳にする『ベルギーリーグよりJリーグの方がレベルが高い』という評価には違和感があります」
良香「日本サッカー協会は2030年までにワールドカップでベスト4という目標を掲げていますが、そこに向けて后みたいにヨーロッパでプレーする選手たちのリアルな声からはヒントをもらっていると思います。日本では育成年代で指導者からカバーやサポートの重要性を強く言われることも多いですし、それは決して悪いことではない。けど、ワールドカップベスト16の壁を突破するためには組織論以上に個が大切ですよ」
后「(ベルギーリーグは)5大リーグへのステップアップを意識した選手が集まっているのでチーム戦術よりも個の戦いになる傾向が強くて。どのポジションでも1対1の勝負が重要になる。僕も対峙する選手を抜いて、得点に繋がるクロスを上げて自分の評価を高めようと思ってプレーしています」
――“個”の結果という点では、后選手のチームメイトでもある鈴木優磨選手が今季リーグ戦17ゴール3アシストを記録し、5大リーグへのステップアップも噂されています。
后「優磨は90分を通して常に得点を狙っている。スピードがあるタイプでもないし、ペナルティエリア外からのすごいシュートを持っている訳でもないですが、ゴールを決められる可能性が高いポジショニングを取り続けている。ワンタッチゴールも多かったと思います。チャンスの予感を察知する嗅覚は素晴らしいものがあります」
良香「彼とは面識はないですが、后が言う通りゴールへの強い意識は感じますよね。どうやってゴールを決めるのかコツを掴んでいたように感じます。ペナルティエリアを意識し、ワンタッチ、ツータッチでのゴール。スピードはなくても判断の速さで相手DFより一瞬前に行ける。その部分では彼はチームをリードできる大きな存在だった。あと、『コイツだったらワンタッチでパスが出る』など、チームメイトの特徴を把握した上で自分のゴールによってチームを勝たせる。この役割をまっとうしていたように見えました。今年のチームには確実に彼はなくてはならない絶対的な存在となりました」
――試合中の鈴木優磨選手はチームメイトへの要求など自己主張をしっかりしていた印象があります。海外でプレーする上で重要な部分だと思いますが、后選手はコミュニケーションで意識されていたことはありますか?
后「こっちでは自分の考えをはっきりと伝えなければなめられますね。優磨が結果を出せた要因の1つだと思います。『ここに出せ!』と強く言うからボールが出るし、結果を出すからまた次もパスが回ってくる。僕もオーバーラップした時はパスを強く要求することは意識していますし、要求する以上は良いクロスでチャンスを演出しなければいけない。自己主張はこっちでプレーする上で大事です」
――今シーズンはコロナ禍でのリーグ開催ということで、行動も制限される中、コンディション調整の難しさを感じられたこともあったのではないでしょうか?
后「トレーニングの部分ではさほど影響はなかったかと思いますが、外出して気分転換できないことでメンタルの調整は難しさを感じました。今シーズンは出場機会も少なかったので」
良香「試合勘やゲーム体力は試合に出場することで高められるものなので出場機会がないことは選手にとってフィジカル的にはもちろん、メンタル的にもすごく難しい状況です。だけど、その状況や環境で自分を見失わないことが大切。何のためにベルギーに移籍してきたのか。この目的意識をもって普段のトレーニングや私生活に向き合ってほしいです」
后「こっち(ベルギー)に移籍してきた目的は5大リーグにステップアップするため。そのためには試合に出場して自分の存在価値を示すことが必要だと思っています。来シーズンもポジション争いは簡単ではないですけど、まずはトレーニングで最善を尽くしてアピールしようと思います」
良香「たくさんの人たちが后を応援してくれて、ヨーロッパでプレーできていることはありがたいこと。みんなの想いも噛み締めながら毎日を大切に過ごしていけば道は切り拓かれると思うので。私も応援しているから頑張って」
――お二人ともありがとうございました。
Photos: ©STVV
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Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime