今年も高校サッカー選手権を発端に「ロングスロー」をめぐる論争が起きた。ベスト4のうち山梨学院、青森山田、矢坂中央の3校が飛び道具を駆使して勝ち上がった一方、日本サッカー界ではファンから指導者、さらにはメディア関係者や選手経験者の間でも賛否両論が巻き起こったのは記憶に新しい。
反対派の中で少なくなかったのは「トップレベルでロングスローは使われていないから」という意見。確かに欧州5大リーグやCL、ELでは滅多に見られなくなったが、その理由は一体何か。世界初のスローイン専門コーチとして知られ、リバプールやアヤックスで指導するトーマス・グレネマルク氏に聞いてみた。
<トーマス・グレネマルク公式サイトはこちら>
「選手権のロングスローは世界基準を満たしていない」
――今回は「ロングスローがトップレベルから消えた理由」についてお話をうかがいたいです。きっかけとなった高校サッカー選手権の映像を事前に共有しましたが、日本の高校生のロングスローは欧州トップレベルでも通用するのでしょうか?
「トップレベルでは通用しないでしょう。もちろんすべてを確認したわけではありませんが、彼らが投げるロングスローの多くは世界基準を満たしていないからです。
まずゴールエリアに辛うじて届くようなロングスローでは短過ぎます。私は現在3大陸の8クラブ、欧州ではリバプールやアヤックスなどで指導をしていて、多くの選手にスローインを教えていますが、一部の選手は35m以上つまりニアポストを越える距離まで投げられます。さらに37~40mの飛距離がないと、ニアと中央を使い分けられません。そうでないと簡単に出しどころを読まれてしまい、ロングスローから効率よく得点を生み出せなくなってしまいます。
同様に高さと速さも非常に重要です。山なりのロングスローでは空中で球速が落ち、その間にターゲットがマークされたり、ボールをクリアされやすくなってしまいます。ところが、ロングスローが地面と平行に速く飛んできたらどうでしょう? ターゲットはボールの勢いを生かして軌道を変えるフリックも、直接ゴールに叩き込めるヘディングシュートも可能になります。十分な距離を投げられるスローワーは世界中に数多くいますが、そうした高さと速さまで兼ね備えているスローワーは、トップレベルでもなかなかいません。長さ、高さ、速さの3拍子がそろっていることが世界基準のロングスローワーには必須です」
――それがトップレベルでロングスローをあまり見かけなくなった理由でしょうか?使われるのは何が何が何でも得点が必要な試合終盤くらいで、ロリー・デラップを擁したストークに続いてロングスローを戦術に組み込むようなチームは現れていません。
「あのストークを再現するには、デラップだけでなく背の高い選手が何人も必要です。当時彼らには190cmを超える選手が8人もいたと記憶しています。ターゲットが複数いると、相手は誰をマークすべきか迷わざるを得ません。さらにデラップのロングスローは低弾道で矢のように鋭い。投げられた後にマークを修正しようとしても間に合いませんよね。
また世界基準のロングスローワーと複数人の高身長選手という2つの条件を満たしていないと、そもそも戦略が練られないでしょう。ロングスローがニアにしか届かず、190cmを超える選手が1人しかいない。そんなチームならトップレベルでは容易く研究されてすぐに対策を練られてしまいます。ロングスローを武器にするなら、少なくとも4、5つの戦略が必要です。加えてマークが厳しいようであれば、1人の選手がスローワーに寄ってボールを返し、そのスローワーがロングスローの代わりにクロスを上げるようなトリックプレーも必要になります。世界基準のロングスローワー、複数人の高身長選手、緻密な戦略と3拍子そろっているチームはかなり限られていますね。
実際に私の指導しているクラブでも、ロングスローを必要としているのはわずか10%。残りの90%のクラブはロングスローを使っていません 。私はスローインを遠くに投げる技術を各クラブで教えていて、多くの選手が私の指導の下で5~10m飛距離を上げています。中には技術的な指導だけで15m伸びた選手もいますよ。でも、だからと言って必ずしも相手のゴールに向かってロングスローを投げればいいというわけではないのです」
スローワーと長身選手をそろえるリバプールが使わないワケ
――あなたが働いているリバプールはいかがでしょう? 代表戦でジョー・ゴメスは素晴らしいロングスローを投げていましたよね。あのストークほどではないにしても背の高い選手も何人もいます。
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Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista