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“ふざけんな” ジェラードとレッズの大逆転

2014.02.07

書籍化記念 ヘンリー・ウィンターの蔵出しコラム(5)

英国の高級紙『デイリー・テレグラフ』の花形記者ヘンリー・ウィンター氏が、イングランドサッカー界の日常と激戦の記憶をたどる本誌の人気コラム「A Moment in Time あの日のオールドシアター」が、2007年12月の連載スタートから6年、『フットボールのない週末なんて』として一冊の本になりました。

発売に合わせ、惜しくも書籍に収録できなかった過去の本誌掲載コラムを5回にわたってお届けします。最終回は、今季のCLプレミア勢への期待もこめて、9年前の“奇跡”を振り返った「2009年5月27日発売号」掲載分を。

驚異のカムバックを、一度ならず二度までも

 世界屈指の攻撃タレントが相対した、バルセロナ対マンチェスター・ユナイテッド。2009年のチャンピオンズリーグ決勝には、リオネル・メッシ対クリスティアーノ・ロナウドをはじめ、ビッグスターによる腕比べを期待したファンも多かったことだろう。

 決勝での「個人バトル」と言えば、05年5月25日のスティーブン・ジェラードの「勝利」を忘れるわけにはいかない。“イスタンブールの奇跡”として知られる同年のCLファイナルでは、チームと同様に個人レベルでも、大会史上まれに見る復活劇が実現したのだった。

ガットゥーゾの嘲笑

 ジェラードのカムバックはハーフタイム中に始まった。リバプールのキャプテンは、対戦相手には敬意を持って接することをモットーとしている。そのジェラードの目に、ミランの猛者ジェンナーロ・ガットゥーゾの態度は非礼と映った。3-0とリードして前半を終えたとはいえ、試合半ばにして優勝騒ぎの音頭を取るガットゥーゾを、ジェラードは許せなかったのである。

 足早に控え室へと向かうジェラードの胸中には、激しい悲しみと怒りが混在していた。CL決勝の歴史上、最も一方的(に劣勢)な前半を体験する羽目になってしまったのだから無理もない。そのジェラードに対して、ガットゥーゾはトンネルの中で、まるで傷口に塩を塗り付けるかのように嘲(あざけ)りの表情を見せた。少なくともジェラードには、ガットゥーゾの笑みはそう受け取れた。

 確かに前半の内容と結果を見れば、ミランはリバプールに、ガットゥーゾはジェラードに完勝していた。リバプールMFは、まともにボールを持たせてもらえなかった。それほど、ガットゥーゾのボール奪取力とコントロールは際立っていた。勇猛果敢なミランMFに自軍の心臓を停止させられたイングランドの雄は、ほぼ無抵抗の状態でパオロ・マルディーニとエルナン・クレスポ(2得点)にゴールを決められている。堅守で有名なイタリア勢を相手に、早々の3失点は致命傷になる――誰もがそう思っていた。

敵を「子猫」にした怒りのターボ

 しかし、敵のキーマンが見せた高慢な笑みが、リバプールの象徴を奮い立たせた。ジェラードは、「これ以上の失点だけは避けよう」というダメージの軽減を優先する声もあった控え室で叫んだ。

 「ふざけんなよ! あいつら、もう勝った気でいるじゃないか!」

 続いて、自分たちを“なめている”ガットゥーゾへの怒りをぶちまけたことは言うまでもない。この怒りこそが、前半終了時には屍(しかばね)も同然だったリバプールに精気を甦らせたのである。

 怒りを爆発させたジェラードが送り出す“赤い血”は、後半の5分間で一気にチームの体内を駆けめぐった。54分にキャプテンのヘディングで1点を返したリバプールは、その2分後、ジェラードが生み出したスペースからブラディミル・シュミチェルがシュートを決め、さらに4分後には、ジェラードがガットゥーゾのファウルで得たPKをシャビ・アロンソが決めて、3-3の同点に持ち込んでいる。

 怒りという名のターボを全開にして走るジェラードと対することになったガットゥーゾには、もはや笑みを浮かべる余裕はもちろん、息をする暇すらないように見受けられた。ガットゥーゾがどれだけ必死に走り回っても、中盤の支配権は長いストライドで前線へと駆け上がるジェラードが握っていた。ミランのボランチが、ボックス内で苦し紛れのファウルを犯すしかなかった59分の一場面が、前半とは180度逆転した両者の力関係、ひいては両軍の力関係を物語っている。のちに「見た目は凶暴そうでも実態は子猫」とジェラードに評されるガットゥーゾは、後半も半ばになる頃には、ピッチ上での存在感すら失っていた。

「まじかよ」と嘆きながら

 ただし、この日のジェラードには第2のバトルも待ち受けていた。尻に火がついたミランは、延長戦突入を前に、突破力のある左SBセルジーニョをピッチに送り出した。明らかに疲れの見えるリバプールDF陣を相手に、左サイドを疾走するセルジーニョ。するとリバプールベンチからは、「お前はまだイケそうだからセルジーニョをマークしろ!」という、ラファエル・ベニテス監督の指示がジェラードに対して飛んだのだ。

 内心では「まじかよ」と嘆きつつも、ジェラードはつりかけていた両足を酷使してセルジーニョに立ち向かった。ドリブルで勝負を挑むブラジル人SBに対し、必死の形相でタックルを仕掛けるイングランド人MF。すでに疲労困ぱいのジェラードは、さっそうと自陣内に駆け上がってくるセルジーニョと正対するたびに、「こいつ、足にエンジンでも付いてんのか?」とつぶやいていたという。

 もちろん、リバプールがPK戦の末に優勝を飾った結果が示しているように、ジェラードは幾度となくセルジーニョの突進を阻止してみせた。前半に味わった屈辱と後半のゴールで得た勇気をエネルギーに変え、自身の体を投げ打ちながら。イスタンブールでジェラードが手にした優勝メダルは、CL決勝の大舞台で一度ならず二度までも、形勢不利と思われた個人バトルに勝利を収めた、真のビッグプレーヤーの証でもある。

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Translation: Shinobu Yamanaka

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