【鄭大世 独占インタビュー】別れは感謝と共に
2020年12月23日、清水エスパルスから来季の契約を締結しないことが発表された鄭大世。今シーズンは期限付き移籍先のアルビレックス新潟で9得点を記録し、復活を印象付けた矢先のクラブの決断をどのように受け止めているのか。本人に話を聞いた。
コンディション向上の要因
――まずは2020年シーズンの振り返りからお話を聞かせてください。シーズン途中にアルビレックス新潟に移籍後9得点。第24節町田ゼルビア戦では途中出場からハットトリックも記録するなど、鄭大世選手が健在であることを印象付けたシーズンだったと思います。この個人記録に対しての自己評価はいかがでしょうか?
「活躍したという世間の評価はサッカー選手として生きていく上で大切ですが、自己評価としては最低限の結果ですね。移籍当初はサブでの起用が続いていたので、もう少し早いタイミングでスタメン出場を増やせていれば2桁得点いけたと思っています」
――プレー時間に比例してコンディションが高まっているように見えました。
「僕の中ではコンディション=ゴールなんですよ。コンディションが良い時はゴールを取れる動きを多く出せるので、確率的にゴール数も伸びる。ゴールシーンに注目されることが多いので、瞬間的な動きで(コンディションの)良し悪しを判断されることが多いですが、点を取れている時は90分通じて動けているので。FWがゴールを取れる時は2、3回の動き直しができている時。だから、相手を外してフリーになれるし、裏も取れる。逆にコンディションが悪い時はその(ゴールを取れる)動きができないから4、5試合決定機がないこともあります」
――新潟には単身赴任されていましたが、生活環境が変わって食事面などコンディション調整の難しさはありませんでしたか?
「寮のお世話になりました。ご飯も寮が提供してくれるものを毎日同じ時間に朝昼晩食べて。だから、フィジカルコンディション的には最高でした。毎日21時半には寝て、8時に起きて。家では子供を寝かせる準備もあるし絶対にできないことです。ただ、メンタルコンディションとしては難しい部分もありました。ゴールを決めて達成感がある夜に1人で過ごす寂しさや、悔しいことや納得がいないことがあった時に家族の温かさを味わえないのはきつかったです」
――チーム記録についても聞かせてください。アルビレックス新潟は11位で2020年シーズンを終えています。一時は4位まで順位を上げましたが、終盤はケガ人の影響もあり4連敗を含む7試合勝ちなしと苦しみました。
「福田晃斗の離脱が大きかったですね。ボールが回らなくなったし、(福田選手離脱による)選手のポジション変更で前線からのプレスもハマらなくなった。記者の方に『決定力不足』と指摘されることもあったけど、あのチャンスの数では難しいなと思っていて。あと、集中力を欠いた失点が多かったことも(終盤戦不調の)原因。もっとシンプルにクリアしていいし、寄せの甘さもあるし、逆サイドをフリーにするシーンが多過ぎた。僕個人としても前線からの守備でロングボールを蹴らせなかったり、コースを限定する守備をもっとやらなければいけなかった。やはり、2失点以上すると勝てない」
――今年、アルビレックスは逆転勝ちがありません。相手に引かれると崩し切れない課題をどのように捉えていましたか?
「相手が引いたことによるポゼッション向上で満足してしまっている部分があったと思います。ポゼッションは高くても決定機が少ないので、チーム全体としてもっと前に人をかける必要性を感じていた。けど、決定力不足としてFWが批判されてしまう。(中村)憲剛さんはよく『チャンスが少ないのは後ろのせいだから』と言っていたのですが、要はチャンスを作るのはチーム全体の仕事で、FWはそれを決めるのが仕事という考え方。戦い方に関しては選手個々ではどうしようもないことだと思うし、選手間でも考え方が違うのですが、攻撃の選手として難しさはありました」
――シーズン途中には不祥事が発生し、是永大輔代表取締役社長の辞任が発表されました。チームへの影響はありましたか?
「ネガティブな情報に頭が錯乱したり、暗い雰囲気に飲み込まれたりしがちですが、冷静に考えれば選手への影響はない。いつも通り練習して、筋トレして、ご飯を食べる。何の問題もないと他の選手たちに伝えていました。むしろ、ベンチ外だった選手にとっては出場機会が増えるし、チャンスでもある。自分たちの仕事に集中できる環境は変わっていないので、試合に負けて不祥事を原因と考えるのであれば、それは自分たちの弱さですよ」
――そうした精神的にポジティブな影響力を与えられるのはベテラン選手がチームにいる意義の1つだと思いますが、年下の選手と接する上で何か意識されていることはありますか?
「前提として僕は精神年齢が低い。だから、20代前半のピチピチな選手たちが大好き(笑)。世間的に兄貴分みたいに見られることもあるんですけど、全然そんなことはなくて。いまだに感情はコントロールできないし、器も大きくない。ただ、若手と仲が良いだけ」
――とはいえ、鄭大世選手のSNSでも確認できますが、清水エスパルス入団が内定している加藤拓己選手や同じアルビレックス新潟の矢村健選手など、後輩に対して優しさや思いやりを持って接しているのは明らかです。
「若手の時に先輩が怖かったんですよね。性格にもよると思いますが、僕は文句を言われるのが苦手で。チームの重鎮選手に励ましてもらえれば落ち着いてプレーできる。そういう気持ちをわかっているからチームに練習生が参加した時は絶対に声をかけるようにしているし、ミスをした時は『最初はみんなそんなもんだから』と伝える。萎縮してトライしなかったら選手にとっては損しかない。だから、励ますようにしています」
――鄭大世選手ほどの実績のある選手に声をかけられれば若手選手は喜ぶでしょうね。
「喜びますね。若手の可能性は凄いから、自信をつかんだらすぐに活躍し出して3年後にはプレミアリーグに挑戦できますよ。1週間で人生が変わる。その可能性を気付かせるのが自分の仕事だと思っています」
バーディーに自分を重ね合わせる
――このシーズンオフはDAZNでプレミアリーグの解説をされるそうですね。
「解説するのが大好きなので。DAZNさんからオファーをもらった時はスケジュール的に厳しかったのですが、自腹で飛行機の便を変更してなんとか調整しました。そこまでしても絶対受けたい仕事の1つで。引退後のことを具体的に考えているわけではないですが、喋るのが好きなのでサッカーで培ってきたものを誰かに伝えることをしたい。指導者も面白いと思うけど、テレビの仕事が好きなんですよね」
――先日、サッカー番組MCを始められた内田篤人さんにお話を聞いた際、解説のポイントとして『選手目線』を挙げられていたのですが、鄭大世選手の解説のポイントはどこですか?
「選手目線は大切ですねぇ……僕もサッカー中継を観ていると違和感を覚えることは多々あって。わかりやすい例で言えばシュートを撃った積極性を誉めることが多いけど『いや、横にもっと状況の良い選手いるから』って。ピッチでプレーしている現役選手と解説の温度差はあると思う。僕としては試合の局面ごとに選手が何を考えているかを語れると思います」
――解説を担当されるのは『レスター 対 マンチェスター・ユナイテッド』です。この試合の注目ポイントを教えてください。
「(ジェイミー・)バーディーですね。彼のシンデレラストーリーが好きだから。僕は明治大学のセレクションを受けたんですが、1次テストで落ちて朝鮮大学校に行った。そこから叩き上げでキャリアを積み重ねてきているから、バーディーと自分を重ね合わせて応援しています」
――鄭大世選手と言えば放送終了を残念がられていた『やべっちFC』についても聞かせてください。地上波放送から有料OTT(DAZN)へ視聴形態は変わりましたが『やべっちスタジアム』という形で復活したことはどのように受け取られていますか?
「確かに視聴形態が変わって見られる人の数も減るけど、日本サッカー界をサポートするコンテンツが継続するのは意義のあることだと思います。DAZNで配信することになって視聴者はコアなファンになるでしょうし、視聴率を気にしなくて良くなるはずだから、今まではフォーカスできなかったディープなテーマを扱えるようになるはずですし、今後の番組内容が楽しみですね」
やまない雨はない
――最後の話題です。アルビレックス新潟から期限付き移籍期間の満了が、清水エスパルスからは契約満了が発表されました。
「僕がもう少し若い時だったら『9点取って契約しないとか訳がわからない』と思っていると思います。でも、今はその判断に敬意を表したい。自分が満足させられるパフォーマンスを出せなかったし、年齢的にも淘汰されやすい立場にある。しょうがないと思える気持ちの余裕があります。アルビレックス新潟にはあのタイミングで期限付き移籍のオファーをくれたことに感謝の気持ちだけを持っています」
――その気持ちの余裕はどこから生まれていますか?
「若い時、活躍はすべて自分の力だと思っていました。欧州移籍も自分の力がどれくらい通用するのか試したかったから。でも、清水エスパルスでヤン・ヨンソン監督になってからは試合で活躍しても、練習試合で結果を出しても、出場機会が減っていった。そうなるとコンディションも落ちるし、いくら努力してもどうにもならないと思った時にこれまでの活躍は当たり前じゃなかったな、と。クラブが契約してくれて、監督が起用してくれて、チームメイトからパスが回ってきて、ちょっとした運でゴールが取れていただけだと思いました。サッカーに対する価値観が変わりました」
――それは諦めの感情とは違いますよね?
「ベテランになって怒ることも許されない立場だから、こうやって若手にポジションを譲る状況を受け入れて引退を決意するかもしれないなという出口は見えました。『あぁ……こうやって自分は終っていくのか』って。そんなことを考えている時だったので。新潟からオファーがきたのは。鶴の一言ですよね」
――サッカーに対する価値観が変わっていたからこそ、新潟での活躍があったのかもしれません。
「新潟でも最初は厳しい状況で。自分でもパフォーマンスが低いことは感じていたし、監督が起用しないのも仕方ないなと思っていました。けど、何の因果か、あの不祥事でファビオが契約解除になったことで出場機会がめぐってきた。やまない雨はないんですね。辛かった時期も腐ったことは一度もなかった。だからこそ運がめぐってきて、試合に出続けるからコンディションも上がって、点も取って、サポーターの記憶に残る活躍ができた。カテゴリーはJ2でも別格の喜びでした。苦労した時期があるからこそ、9ゴールすべてに対してチームメイトやサポーターに感謝の気持ちがあります。『ありがとう』という想いでシーズンを終えましたし、同じ気持ちのままクラブを去ります」
――また違うスタジアムで『テセキムチ』を食べられることを楽しみにしています。
「そのためにも活躍しないといけない。今年もハットトリックを決めた時はネット注文が跳ね上がったけど、点を決めないと注文されない。けど、川崎でも、清水でも、新潟でも少し値段が高い商品にもかかわらずサポーターが買ってくれるのは自分の功績が認められた証拠であるとともに、愛されていることを感じます。僕もみなさんを愛しています。来シーズンもコロナで直接的なコミュニケーションは難しいかもしれませんが、代わりにキムチが濃厚接触してくれるはずです(笑) 」
Photo: Getty Images,©ALBIREX NIIGATA
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime