【戦術対談】五百蔵容×山口遼。メキシコ戦で見た日本代表の「対応力」問題
『砕かれたハリルホジッチ・プラン』五百蔵容×『最先端トレーニングの教科書』山口遼対談(前編)
コロナ禍で変則的な強化スケジュールになった2020年シーズンの日本代表。その総決算となったのが11月18日のメキシコ戦だった。2018年ロシアW杯から2年、果たして日本代表は進歩しているのか、そして「ベスト16の壁」を破るための課題は何なのか?――『砕かれたハリルホジッチ・プラン』の著者である五百蔵容氏と、東大サッカー部監督で『最先端トレーニングの教科書』の著者である山口遼氏が語り合った。
前編は、大きな議論になっている日本代表の「対応力」について。試合中の修正に課題を抱えている原因は監督の采配なのか、それとも選手の責任なのか。
メキシコ戦の森保采配をどう評価する?
――まずはお二人のメキシコ戦の感想からお願いします。
五百蔵「メキシコ戦の直近3試合を分析をしたんですけど、この試合はたぶん森保さんは完全に勝ちにいったと思います。いつもは前半は選手に任せて、プレッシングの方向なども選手たちがプレーしながら決めているような試合が多いんですが、この試合は完全にスタートからメキシコの特徴やウィークポイント、直近3試合で出てきた問題点を利用しにいっていたので、これは勝ちにいった試合だなと。
誤算というか、日本側から見ると実は言われているほど前半の内容が良くなかったんじゃないかと思うんですよ。『前半はやれたね』という評価が多かったですけど、メキシコが日本のやってくることに対して早めに対応していた。その対応がこれまでの3試合でメキシコが見せていなかった形だったので、前半の半ばくらいからメキシコの対応が始まると、日本の攻勢がちょっとモメンタム(方向性や勢い)を失っていったんです。だから、日本は前半からメキシコの“対応の対応”に苦しんでいたんですけど、後半さらにメキシコが選手を代えて対応の強度を上げてくると、そこがさらにきつくなった」
――そこが試合後に森保監督が批判されている部分ですよね。
五百蔵「メキシコの修正に対してどうするか、というのはハーフタイムで指示があったと思うんですけど、それに対してメキシコが対応の強度をさらに上げてきた。自分たちがハーフタイムで決めたことを実行できなかったんじゃないかなと想像します。相手のビルドアップは比較的抑えていたけれど、ミスであったりまずいところで取られた後にそのままカウンターを食らって失点した。吉田麻也が試合後に『同じベスト16でこんなに差があるとは』と言っていましたけど、あれはかなり正直な感想だと思います。
日本はメキシコを丸裸にして、その情報をいつもよりインプットされて戦っていて、前半からガチンコで挑んだ試合、今までのそういう試合――アジアカップ準決勝のイラン戦やウルグアイと引き分けた試合など――は大体良い結果が出ていたんですけど、この試合は内容的に全然だったなと思いました」
――メディアでも「対応力」というのがキーワードになっていて、それを選手に任せるのか、監督の責任じゃないか、というので議論になっていますよね。
山口「実際の現場の空気感はわからないですけれども、現場的な感覚で言うと、森保監督は手の内を見せたがらないというか、勝ちにいってないんじゃないかと言われますけど、それはないと思うんです。毎試合しっかり勝ちにいこうという話を当然しているでしょうし、手を抜いているわけでもないはずです。
その一方でチーム作りは段階を踏んで準備していくものなので、練習時間がない代表でいきなりビルドアップからプレッシングまで、何から何まで一遍にやろうとすると全部完成度が低いまま終わってしまう。なので今回は強化したい局面以外には目をつぶって……みたいなことは結構あると思うんです。そんな中で、森保監督はまずミドルプレスからのハイプレスというプレッシングの局面を軸にしてチームを作っている。日本人からすると娯楽性が低いですけれど、固いチームを作る監督だなと。アジアの舞台だったらボールを握って勝ちにいく、というのが今までの日本のあり方でしたけど、そこは今までの日本人監督とは明らかに違いますよね。ハリルホジッチじゃないですけれども、海外の監督っぽいなと感じます」
五百蔵「すごくハリルに似てると思いますね」
山口「似たようなことをやっているのにこれだけ評価が違うというのは、日本人監督ならではなのかなと感じます。ただ今回の2試合、特にメキシコ戦はGKを使ったビルドアップにチャレンジをしていたように見えたんですけど、それがうまくいっていたかと言うとまだ課題が残る感じでした。
日本のビルドアップに対して、メキシコはマンツーマン気味にプレスをかけてきたじゃないですか。日本のミドルプレスはゾーン主体で、斜め後ろにカバーリングを取りながら相手に配置を合わせていくやり方なのですが、メキシコはガッツリと配置を合わせてきた。横に動いてもついてくるようなプレスで、それに対して日本のビルドアップはうまく剥がせていませんでした。
僕が思うのは、日本では攻撃は攻撃、守備は守備と、同じ局面として捉えてトレーニングをしがちだと思うんです。でも守備と言っても、例えばハイプレスをかける時とミドルプレスをかける時、あるいはブロック守備になった時で、ボールにどの程度チャレンジするかの度合いは変わってきます。これまでの日本代表の試合を見ていて感じるのは、攻撃も守備も局面ごとの原則が分かれていなくて、ハイプレスの局面もブロック守備の局面も同じ原則でプレーしているように見えるんです。自陣に押し込まれた時にボールに行き過ぎてしまったり、逆にマンツーマンで人に行き過ぎてスペースを開けてしまったりという綻びが常に見られる。メキシコ戦の前半に押し込まれたシーンもそうですし、特に後半、あれだけ前半からハイインテンシティで前から行くとプレスの強度は落ちるじゃないですか。そうなった時にプレスを外された後の自陣でのブロック守備で、同じようにボールに積極的にアプローチしてスペースが空いてしまい、結局ペナルティエリアの中でフリーな選手を作られてしまった」
――プレスがハマらなくなった後半は引くべきだったという意見でしょうか?
山口「ただ引くだけじゃなくて、どういう時に引くのか、引いた際はどういうふうに振る舞うのかなど、もっと緻密に統一感のあるオーガナイズをしないと、メキシコや南米の相手は途中から修正をしてくるので厳しいなと感じました。
五輪代表のコロンビア戦で感じたんですけど、五輪代表は3バックの1トップ2シャドーですけど、相手はボランチを落として3枚でビルドアップしていたので、配置がすごく噛み合っていた。それで前半は日本のプレスがはまっていたけど、前半の途中からコロンビアが2CBのままビルドアップするようになると全然プレスがはまらなくなった。
今回もそれと似たような形で、日本は前半ハイプレスというゲームプランでしたけど、それを90分間で続けられなくなった時、あるいは途中から対応された時のセカンドプランは何なのか、そこの修正が弱いというのは課題ですね」
最初のプランはいいが、「修正」ができない
――森保さんは勝ちに行ってかなり研究していたとのことですが、日本はどういうゲームプランで臨んだのでしょうか?……
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。