三笘薫はなぜドリブルを言語化したのか? 筑波大学蹴球部・小井土監督と読み解く卒業研究(前編)
筑波大学から川崎フロンターレに正式加入した2020シーズン、変幻自在のドリブルでJ1を席捲している三笘薫は、大卒ルーキーにして首位独走の立役者の1人となっている。そんな彼が昨年まで在籍していた「サッカーコーチング論研究室」で、卒業研究指導にあたっているのが同大学蹴球部監督・小井土正亮氏だ。ピッチ内外で現役Jリーガーたちの成長を見守ってきた小井土監督に、学生アスリートが卒論を書く意義、そして気になる三笘の研究内容について詳しく教えてもらった。
「サッカーコーチング論研究室」とは?
――まず、小井土監督はどのように卒業研究の指導に携わられているのでしょうか?
「蹴球部についてまず説明すると、各学年で40人以上の学生がいます。どの学部生でも蹴球部に入れますが、それぞれ約25人が体育専門学群、いわゆる体育学科を専攻していて、3年生になると研究室を選択しなければいけません。その時に『サッカーコーチング論研究室』、通称『サッカー研』を選んだ学生6~8人の卒業研究を僕が指導しています。今年で7年目になるので、40人以上の学生を指導していることになりますね。ちなみに卒業研究論文の提出は必修の単位なので、学生は卒業するために避けて通ることができません」
――サッカー研の特徴は何でしょうか?
「サッカーに特化した勉強ができるところですね。サッカー研の指導教員は浅井(武)教授と中山(雅雄)教授、私の3人です。浅井教授はスポーツテクノロジーやバイオメカニクス、中山教授と私はコーチング全般を研究領域としていますが、それらに関係なくサッカー研に入った学生は自分の興味・関心に基づいて、やりたいテーマをやりたいように研究できます。教員の専門分野に応じてテーマが決まっている研究室が一般的かもしれませんが、サッカー研ではサッカーに関する疑問を解決するスタンスを取っていますね」
――名前こそサッカーコーチング論研究室ですが、コーチングに限った研究をしているわけではないということですね。
「はい。学生は本人の興味・関心があるテーマを調べていく。例えば今年サッカー研に入った学生だと、栃木SCユース出身の手塚(貴大)は横浜FCの手塚康平の弟で、『ずっとお兄ちゃんに憧れていたから、兄弟でプレーを比較して違いを明らかにしたい』と。そうやって学生自身が感じている疑問を解決しながら、現場の役に立つ研究をしようとしています」
――それ以外に卒業研究の規定はないんですか? 文字数やページ数にも決まりがあるのが一般的ですよね。
「文字数やページ数に特に決まりはありません。ルールがあるのは書式だけですね。序論から始まって、問題背景を分析して、先行研究を紹介して、目的を明確にして、検証方法・結果を説明して、考察が述べられているか。つまり、論理的な思考で物事を進められているかどうかですね。科学論文として、卒業研究論文は誰が読んでも納得できるようにしなければいけない。僕も指導の中で、書き方について教えることが多いですね」
文武両道ではなく「文武不岐」
――お話をうかがっていると、かなり自由度が高いように聞こえます。どれだけ規律を設けて、どれだけ自由を与えるかは教育に限らずサッカーでもよく議論になりますが、何か狙いがあるのでしょうか?
「問題設定から解決法までの縛りを少なくすることで、学生の考える力を育みたいという想いはあります。サッカーでも選手は何となくプレーするのではなく、ピッチ上でいち早く問題を見つけて、チームで解決していかないといけませんよね。プレーが止まった瞬間やハーフタイムなどの限られた時間の中で自分の気づきや感覚をチームメイトに共有するには、イメージや主観ではなくて自分の言葉で論理的にパッと説明できないといけません」
――それはピッチ外でも必要な能力ですね。
「そうですね。学生は卒業後、たとえJリーガーになったとしても、遅かれ早かれ選手を引退して社会に出ることになる。会社でも考える力が必要になりますよね。根拠を示しながら自分の考えを説明できないと、同僚や取引先と納得して仕事を進めていけないので。その練習を学生生活の中でも行っていくために、自分で卒業研究のテーマを探して、論理的に解決方法を提案する形にしています。これは他の種目にも通じていることで、僕以外の筑波の教員も理解していますね。卒業研究論文の提出日は12月下旬ですが、どの種目もシーズン最終盤。大学サッカーだと例年インカレの真っただ中だったりするので、蹴球部も凄く大変です。でも、それがアスリートとしても学生としても成長に繋がると僕たちは信じているんです」
――「文武両道」という言葉がありますけど、そもそも2つの道に分かれてはいないと。
「通じ合っているんですよね。よく『アスリートは頭の中まで筋肉』みたいな言われ方をするじゃないですか。勉強かスポーツの2択だとよく言われますけど、それはスポーツで培ってきた経験や感覚を語れる場が小・中・高ではなかなかないだけで、実際には『文武不岐』だと考えています。ゆえに、学生とアスリートの両者としての集大成を論文としてまとめるのが、もう1つ上の高等教育である大学の役割です。さらに1月になると、学生は卒業研究発表会で1人7分、自分の研究内容を自分の言葉で説明しなければいけません。その時期になると、Jクラブから内定をもらった学生はチームのキャンプに行っていることもありますが、必ず筑波に戻って卒業研究発表会に参加しています。そこでは他の種目の専門家からも質問が飛んでくるので、学生はサッカーそのものをかみ砕きながら説明していかなければならない。そうしてようやく、体育学専門群の卒業を迎えられるんですね。実際に、筑波の卒業生はプレーを言葉にできる力が鍛えられているので、指導者になる人も少なくないんだと思います」
――風間(八宏)さんはまさにその代表例ですよね。
「風間さんは言葉の天才ですから(笑)。感覚ではなくて言葉で伝えられているから、 解説者としてもご活躍されているように表現の幅が広いんですよね。特に選手の理解は人それぞれなので、指導者は動きで見本を見せられるだけでは不十分です。それを言葉にすることで、どんな選手でもわかるようにしてチームで共有できるようにしなければならない。あと、言葉になっていないと後に残らないんですよね。せっかく長年かけて蓄えた知見を、後世に引き継げないのはもったいない。そうなると、次の世代も先人と同じ経験を繰り返さないといけなくなるわけで、発展できなくなってしまうんですよね。でも、去年サッカー研を卒業した三笘(薫/川崎フロンターレ)なんかはいい指導者になれると思うんですよ。本人が望むかどうかは知りませんが(笑)」
三笘が疑問に感じていた指導者の声かけ
――三笘選手も言語化する能力が高かったのでしょうか?……
Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista