10.11オーストラリア戦で見えたハリルホジッチの真価
西部謙司の『戦術リストランテ』日本代表分析
ロシアW杯最終予選の開幕節UAE戦で黒星を喫したあたりから、日本代表のハリルホジッチ監督への風当たりが急激に強まっている。縦に速過ぎてコントロールを失っている、フィジカル重視で日本人の良さを生かしていない……。前回のオーストラリア戦を題材に賛否両論のサッカーの是非を問う。
構成 浅野賀一
左右非対称の守備
──西部さんはオーストラリア戦の1-1のドローをどう見ましたか?
「賛否両論あるようですが、このゲームを最低ドローにしたかったという意図、オーストラリアとの力関係から守備重視という戦い方を選択し、ほぼプラン通りの結果を得られたという点で、戦術的にはうまくいったゲームだと思います。ただ、守備に注力し過ぎたので攻撃にはあまり余力がありませんでした。ガソリンが満タンだった開始5分に先制できたのは、その後の展開を考えると幸運でした」
──アルジェリア代表の戦い方に表れていますが、ハリルホジッチは相手を分析して対策を立てるのが得意なようです。
「ロシアW杯に出場できればこういうスタイルになるでしょうね。オーストラリア戦の守備のオーガナイズは極めて高度でした。1、2日間であれだけ仕上げたのは大したものですし、組織作りそのものを短期間でやれるのは日本選手の特徴なのでしょう。南アフリカW杯やロンドン五輪を振り返ってもそう思います」
──どう高度だったのでしょう?
「まず、オーストラリアは中盤をダイヤモンドに組む[4-4-2]でした。長身のユリッチとジアンヌを2トップに並べたのは高さ勝負の狙いがうかがえます。特徴的なのは、サイドMFのムーイとルオンゴがCBとSBの間に下りて来るビルドアップです。その際はSBが高い位置へ出ます。対する日本は[4-2-3-1]でしたが、引いていくサイドMFにどう対処するかがポイントでした。
興味深いのは、日本の守備組織が右と左で異なっていたことでしょう。まず日本の左サイドは[4-3-3]に近いオーガナイズでした。CBとSBの間に引いていくムーイに対しては香川がマークします。本田はアンカーのジェディナクをケア。あとは通常の4+4のゾーンです。一方、右サイドは引いていくルオンゴに対して、通常の[4-4-2]対応でした。オーストラリアの攻撃時の並びは、後方に2CB+ジェディナクの3人、中盤のラインに両SBを合わせて5人、そして最前線が2トップの[3-5-2]です。日本は左にボールがある時の中盤は香川が引くので、マッチアップとしては常にSBが余っています。反対に、右で守る時は原口が大外の右SBを捨てて絞り、数を合わせます。左で守る時の方が人数が多いのでブロックは強いことになります」
──1トップの本田は常にトップに残っているわけですね。
「そうです。あえて左右非対称にしているのも、それが理由でしょう。最初はムーイを特別に警戒しているからだと思いましたが、ムーイとルオンゴがポジションを入れ替えても対応は同じだったので、相手が誰かは関係がなかったと思います。要は、守備時に常に本田がトップに残り、香川を引かせる形にしたかった。キープ力のある本田に前線で味方が上がる時間を稼いでもらいたかったのかもしれません。左右非対称のオーガナイズは前半に関しては非常によく機能していました。ゾーンの網を張って、各選手がマークを受け渡しながら、つかみに行く相手と背中へ回す相手の両方を的確に抑えています。ボールへのチャレンジに連動したカバーリングポジションを全員が間違えることなく実行していました」
「弱点」を隠す攻防
──左右非対称システムの問題はサイドチェンジされた時ですよね。
「左の守備のオーガナイズはほぼ完璧でしたし、右も最初からこのサイドで守っている時は大きな問題はないのですが、左から右へサイドチェンジされた時に左SBへのマークが遅れていました。
ルオンゴが深いところまで引くと、右サイドMFの小林がルオンゴとSBの両方をケアするには距離が離れ過ぎていて難しい。そこで後半、小林はSBのマークを離すタイミングを遅らせてほぼSBをケア。代わりにボランチの山口が前に出てルオンゴを抑えるようにしていました。加えて、この左から右へのサイドチェンジの際には、香川がムーイへのマークを継続する形を取っています。香川が担当するはずのジェディナクへのマークは1トップの本田の役割としました。つまり、サイドチェンジされた時は、左の[4-3-3]のままオーガナイズしたわけです。右から小林・山口・長谷部・香川・原口で2列目のライン形成を行い、引いたルオンゴにはインサイドMFの位置にいる山口が前へ出るということです」
──その守備のオーガナイズだと、敵の2CBは完全に放置ですよね。
「CBにプレッシャーをかけるシーンは数えるほどで、基本的に守備はほぼすべて待ち受け型。これではさすがにボールを奪えません。ただ、オーストラリアはCBのビルドアップ能力が高くなかった。さらに、オーストラリアの2トップはビルドアップ時に常にオフサイドポジションに置かれています。2トップを張らせて『深さ』を作ろうとしていたようですが、中央で深さは作れません。これがサイドならば、日本も簡単にDFラインをプッシュアップしにくい状況になるのですが、中央なら放置でいい。日本はずっとコンパクトな状態をキープできていました。FWが引いて縦パスを受けようとしても、全体がコンパクトなのでスペースが狭い。2トップはさほど足下の技術に長けているわけでもなく、日本は難なく挟み込んで奪うことができました。オーストラリアのCBは自由にボールを持てますが、前方の8人のうち2人はオフサイドポジションで使えず、残りの6人も日本の10人ブロックの中で身動きが取れない状態。ただパスを繋いでいるだけで前半が終わっています」
なぜ後半に崩れたのか?
──しかし、後半の日本は一方的に押し込まれることになります。ピッチ上で何が起こったのでしょうか?
「一番はスタミナ切れですね。日本の守備の固さは攻撃力を犠牲にした上で成り立っていて、前半はまだカウンターも出せていましたが、後半はもうその体力も残っていなかった。だから、一方的に押し込まれたというのが根本の原因です。戦術面では、先ほども言いましたがサイドチェンジ対策として左から右へボールが移動し時に[4-3-3]のままオーガナイズするようになりました。
後半途中から日本はラインが下がって押し込まれ、オーストラリアが得意とするハイクロス攻撃の射程に入られてしまいます。これは日本の対応と少し関係があります。後半のオーストラリアはSBを高い位置へ上げました。これは日本が後半にほぼ[4-3-3]対応になったために、もともと少なかったCBへの圧力がゼロになり、CBがドリブルで前へボールを運び始めた。そのために両SBが高い位置を取れるようになり、原口、小林がDFライン近くまで押し込まれてしまった。こうなるとラインコントロールが難しいのでDFラインも深くなります」
──なかなか難しい状況ですが、その時日本はどうすべきだったのでしょう?
「CBの持ち上がりを制御すれば良いので、初動の段階は2トップでプレスに行くべきでした。75分あたりから香川が前へ出るようになりましたが、優れた状況認識だったと思います。ただ、すでに本田、香川は消耗していて有効なプレスはかけられず、DFラインの後退に歯止めがかからない状態。小林、原口の両サイドも体力的に限界でした。82分に小林→清武、84分に本田→浅野とフレッシュな選手を投入しますが、この交代は遅かったと思います」
──交代のタイミングが遅れた理由は何でしょう?
「オーストラリアの攻撃で脅威だったのはセットプレーだけだったこと、そしてセットプレー対策として小林、本田を代えにくかったことを試合後に監督が話しています。小林はストーン役(ニアサイドに立つ役割)、本田は長身CBへのマークという役割があったからです。しかし、問題の根本はラインが低くなり過ぎたことであり、そうなればFK、CKを与える機会は多くなります。下がり過ぎ問題を止めるか、セットプレー対策を優先するかは確かに迷いどころですが、監督も『早く交代した方が良かったかもしれない』と話していました」
「対世界」の選択肢
──カウンターを狙うにしても、押し込まれっ放しでは勝てませんからね。
「おそらくここまで守備にリソースを突っ込む試合は予選ではもうないでしょう。あってもアウェイのサウジアラビア戦の1試合だと思います。ただ、W杯ではオーストラリア戦の再現になる試合も多そうですから、守備だけでなくもっと攻撃できないとかなり苦しくなります。守備の強化はこれ以上は難しいでしょう。なので、カウンターでもっと点が取れるようにするのと、ポゼッションで押し返して守備機会を減らす必要があります。
カウンターに関しては、日本はけっこう強力だと思います。まず、判断が非常に速い。清武が浅野にスルーパスを出したシーンがありましたが、浅野のスピードは世界のレベルでも十分武器になるでしょう。ただ、その長所の裏表でもあるんですが、ボールを奪った直後に失ってしまうことが多過ぎる。奪った直後のファーストタッチで確実に味方に繋げるようになること。それさえ精度が上がればカウンターは形になりますし、その時は日本人のアジリティが武器になるでしょう。ポゼッションの方も、奪った後の1本目のパスが重要なのは同じですが、速攻が厳しい時にはキープに切り替える的確な判断が必要です。1つ前のイラク戦では、あまりにも縦を優先し過ぎて自らゲームを壊してしまいました」
──今の日本は「縦に速いサッカー」を意識し過ぎているように見えます。
「確かにコンセプトの意識付けに関してはうまくいっていないように見えます。僕もフランスに住んでいたことがあるんですが、フランス人は『10』言って、ようやく『5』やるような人たちです。『縦!縦!』と口を酸っぱくして、ようやく少し縦に急いでくれる。ところが、日本人は『5』言えば『10』やる人たちです。その人たちに『10』で指示を出したら『15』とか『20』になっちゃいますよね(笑)。その点、ザッケローニはなぜか日本人の特性を理解していて、練習では徹底して型をやるんだけど、終わった時に『これを採用するかどうかは君たちの判断に任せる』と言っていました」
──最後に、日本サッカーは正しい方向に進んでいますか?
「ハリルホジッチは現実主義者で、勝つための明確なやり方を持っています。まずフォーメーションを固定し、選手を変えることで色を出す。相手を分析し、その対策をピッチに落とし込む手腕はこのオーストラリア戦でも証明しています。予選を突破してW杯まで行けば、うまくいくかもしれませんね。一戦必勝主義なので将来性がないと批判する人もいますが、発展性がありそうだったザッケローニのサッカーも、結局失敗すれば原因を検証することなく再スタートになるわけじゃないですか。だったら、ベスト16に入れる確率が少しでも高そうな――30%が40%になるくらいですが――ハリルホジッチのサッカーでいいのではないでしょうか」
Photos: Getty Images
Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。