REGULAR

「それぞれのルール」

2020.04.05

コロンビア1989 PARTE 3

 20世紀最大級の大悪党、パブロ・エスコバルの最初の犯罪は墓石泥棒だった。

 メデジン近郊に生まれたエスコバルは家族想いの少年だったそうだ。生活は極貧だったが愛のない家庭に育ったわけではない。ゴミ溜めのような貧民街は雨が降れば外よりびしょ濡れになるようなあばら屋ばかりだったが、貧しい者同士で助け合いながら暮らしていた。そうでなければ生活できないということもある。

 高校生の時に仲間と墓場から墓石を運び出し、掘られた文字を削り落とし表面を磨き上げて業者に売った。コストはほとんどかかっていないので売値はそっくり儲けになる。首謀者のエスコバルは手にした金をきっちり平等に分配した。

 「パブロ、こんなことしてバチが当たらねえか?」

 「バチ?」

 「神様から罰が下るんじゃないかということさ」

 エスコバルは、神様を恐れる仲間に諭すように答えた。

 「よーく見ろ、これは何だ? 石だよな。俺たちが盗み出したのはただの石であって神ではない。だろ?」

 ただ、墓石は運び出すのがそれなりに大変で、文字をきれいに消し去るのも時間がかかった。そこで、エスコバルは墓石から自転車泥棒に矛先を変えた。墓石よりバチは当たらなさそうである。さらに自動車を盗んで転売する方が楽に稼げると気づいて自動車泥棒となった。やがて、エスコバルは最も効率良く稼げる商材を見つける。コカインだ。……

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Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。

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