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「暑さ」だけが理由じゃない なぜ「休み」が大切なのか

2019.08.24

中野吉之伴の「育成・新スタンダード」第1回

ドイツで15年以上にわたり指導者として現場に立ち続け、帰国時には日本各地で講演会やクリニックを精力的に開催しその知見を還元。ドイツと日本、それぞれの育成現場に精通する中野吉之伴さんが、育成に関する様々なテーマについて提言する。

第1回は、日本ではサッカーに限らず社会全体でまだまだ理解の進んでいない「休み」の大切さ。成長にとっていかに重要であるか、今年の国際コーチ会議で発表された最新の研究内容も交えて紹介する。

 夏だ。夏休みだ。

 それを合図に「追い込み」「走り込み」「合宿」「遠征」がひっきりなしに行われる。これが日本の中ではごく日常的な風景なのだろう。「夏休みにどれだけ頑張るかが大事」「他の子が遊んでいる時に何をするかが大切」と主張する指導者が、どうやらまだたくさんいるようだ。

 ふと思い立って先日、Twitterで「みなさんのチームでは夏休みにどれくらい完全休養日がありますか?」というアンケートをしてみた。416人の方が回答してくれ、結果は「1~2週間」が45%、「数日程度」が38%、「それ(2週間)以上」が12%、そして「まったくない」が5%だった。

 さて、この結果をどう見るべきか。

 もちろん、データとしてはごく一部の限られたものではある。それに、アンケートに参加してくださった方の多くはおそらく僕のフォロワーだろう。常々休むことの大切さを伝えている僕の考え方に少なからず共感を持ってくれている方々だと思う。

 それでも、休みが「まったくない」「数日程度」のチームに所属している方が43%もいる。もちろん所属しているチームの学年、レベル、目標、立ち位置によって休みの使い方も変わってはくるし、他の指導者や保護者との兼ね合いもあるだろう。ただ、やはり少なくとも夏休みには、最低2週間はトレーニングも試合もない時間があってほしい。連続である必要はないが、合計でそのくらいの休養日は必須になる。それには3つの理由がある。

理由1:パフォーマンス保護

 1つ目はまず選手のパフォーマンスを守るためだ。

 パフォーマンスを向上させるために必要な条件がある。まず負荷をかける。その負荷に応じて疲れが生じ、筋肉組織は傷つく。そして休息時間を取ることで回復が行われ、トレーニング前よりも強靭になる。その時期にまた負荷をかけることでパフォーマンスレベルが上昇していく。ここまでがセットだ。最大負荷の80%以下によるトレーイングを約2時間行った場合、回復に必要な時間は24時間、負荷が80~90%となるトレーニングを多く行った場合は48時間、そして最大負荷に近い95~100%の状態でのトレーニングを多く行った場合は、72時間が必要となる。

 これは言わば常識だ。

 だからと言って回復が間に合うようにと80%以下の負荷のトレーニングばかりを毎日行っていたら、スピードも持久力もパワーも最大筋力も上がらない。「そんなことはない!」と主張する人もいるかもしれないが、なんとなくできるようになっているのはトレーニングの効果ではなく、年代的な成長で身体が大きくなり、太くなってきているからであり、それぞれ筋肉の質は求められる成長を遂げてはいないことがほとんどだ。

 また、すでに耐えられる選手とまだキャパシティ自体が十分にない選手との個人差が大きい。特に育成年代ではそれぞれの成長スピードと成長曲線は個々で全然違う。一握りの選手にしかプラスにならない(プラスにすらならないことも多いが)トレーニングになりがちなので細心の注意が必要だ。ここに夏は日本特有の暑さが加わる。普段以上の負荷が選手にのしかかっており、いつも以上に休養時間と頻度が必要になるというわけだ。

理由2:コンディション再構築

 2つ目の理由は様々なコンディションの再構築にまとまった時間が重要だからだ。

 1年間のうちに最低でも2回は2週間前後の長期休暇を取ることが必須だと言われている。ボーフム大学心理学部のケルマン教授は「夏休みは不可欠なものだ。誰もが日常生活の中で知らずとストレスを積み重ねている。ストレスと向き合える環境、心身のコンディションコントロールに気を配れる時間がとても大切なのだ」と強調していた。

 それは子供たちにとってだけではなく、指導者や保護者にとっても必要な時間なのだ。ケルマン教授の指摘通り、日常生活の疲れは本人が気づかないところで積もり積もっている。それを十分にリフレッシュすることで、身体と頭と心を最適な状態にすることができる。

 そうしたコンディション調整の面から見た休みの意義に加え、実はもう一つ休みを有効活用するべき大事な理由がある。

理由3:反復練習の弊害回避

 3つ目の理由は、反復練習は効果的な学習の妨げになるからだ。

 日本には極端な反復練習絶対論がある。「練習は1日休むと取り返すのに倍の時間がかかる」というあれだ。サッカーだけではなく、ありとあらゆるスポーツ、あるいは音楽の世界などでもこれが常識となっている。だから毎日トレーニングをするのだと。

 でもそれって本当なのだろうか?

 反復練習が実は効果的な練習を妨げると聞いたら、信じてもらえるだろうか?

 7月に開催された国際コーチ会議で、マインツ大学スポーツ学部のシェーンホルン教授がこのテーマに関して非常に興味深い講演を行っていたので紹介したい。

 「脳の発達を考慮した、年代に応じた取り組み方というものがとても重要だ」と教授は話し出す。研究結果によると、実は反復運動に関して、同じ動きを3度繰り返すだけで脳内では刺激が薄れて、ブレーキがかかるようになるという。

 そして、教授の研究チームが行った実験について紹介してくれた。サッカーのトレーニングで、反復練習を繰り返すグループと反復させないトレーニングを取り入れたグループとではどのような違いが生まれるのかというものだ。

 実験方法は以下になる。

1.週に3回90分ずつのトレーニングを8週間行う。

2.1回のトレーニングのうち、25分間は別々の練習メニューを行う。

3.例えばシュート練習であれば、チームAはパス交換からのポストシュートというシンプルな反復練習を、チームBは研究チームの指導で特別練習を実施。

4.特別練習では、一つのテーマをすべて異なる動作で実行させる。シュート練習の際、同じフォームで蹴らせないというのはその一例。立ち足を前目に置く、後ろ目に置く、サイドに離した位置で置くといった具合に変化させたり、走り込むスピードや角度を変えたり、手や足の動きにいろいろなバリエーションを加えたりする。

 まったく馴染みのない動きでシュートするため、ボールはあっちこっちへ飛んだりする。これで何の効果があるのだろうか。さてその結果は?

 反復練習をしたチームにも緩やかだが確かな成長があった。だが、チームBはそれ以上に成長を遂げていた。ボールを捉えるタイミングが向上し、より力強く正確なシュートを撃てるようになった選手が増えたのだ。

 また、さらに興味深い結果となったのが、この実験を終えて8週間後のデータだった。反復練習をしていたチームAはその後成長度が下がり元のレベルに落ち着いたのに対して、特別練習をしていたチームBの方はその後さらに成長していったのだ。

 チームBの選手は毎回違う刺激が脳に届いていた。脳はそこから様々なデータを読み込み、ボールへのアプローチに際し最適な身体の使い方を選択し、より柔軟に反応するようになるのだと教授は説明をしていた。同じ動作を繰り返すよりも正確で精密な動きが可能になる、と。

 翻って、練習を休むと取り戻すのに時間が必要となってしまうのは、反復練習だけをしているために、常に反復し続けていないとパフォーマンスをキープすることができないからなのだ。逆に考えれば、トレーニングの考え方を少し変えるだけで休みが最大の成長材料へとなるわけだ。

“脳力”を鍛える

 なぜ人は反復練習を欲するのだろうか?

 例えば、小さな子供は寝る前に絵本を読んでもらいたがる。それもいつも同じような話だ。「昨日も読んだよ?」と言っても子供は「よんでー」とせがむ。彼らが眠る前に求めているのはドキドキではなくて、安らぎだからだ。知っている話を聞くということは安心感を得ることができる。その安心感がゆったりとした眠りに繋がる。子供たちの幸せそうな寝顔がそのことを見事に物語っている。

 練習においても同じ心理状況が働いている。同じようなトレーニングばかりをしていたら、安心はできる。いや、さらに言えば安心しかできない。そして多くの指導者はそこに価値を求める。なぜか? 不安だからだ。だから安心を得られるトレーニングを通してしか、不安を払しょくすることができない。だから繰り返し毎日トレーニングをするべきだという発想に繋がっていく。

 安心感は大切だ。自信にも繋がる。だが、反復練習それだけでは子供たちの成長には結びつかず、自分たちのパフォーマンスレベルが順調に上がらないということを考慮しなければならない。

 反復の連続が効果的な学習に結びつかない例で言えば、学校の授業はどうだろう。同じような問題を解いていく。同じような話を聞いてく。同じようなトーンで話されていく……それがもたらすのは幼少期の就寝前と同じ状態だ。つまりどこかで私たちの脳は安らぎを感じ、結果として“居眠り”へと結びつく。サッカーのトレーニングにおいても同じだ。つまりそのトレーニング中、脳はゆったりと居眠り状態に近くなってしまう。そんな感覚を持ったことはないだろうか。

 脳は人間における言わばOSだ。スマホで考えるとわかりやすい。どれだけ技術が進歩して新しい役に立つアプリが増えてきても、肝心のOSが数十年前のもので容量が少なく、処理速度も遅いままでは使いこなすことはできない。一つのアプリをダウンロードしたら動きが重くなってしまう。だからこそここ、脳へのアプローチは非常に重要なのだ。

 成長に応じて正しいアプローチをすれば、脳内キャパシティはどんどん増え、より速く、より正確に、より複雑なことが同時に、あるいは連続的にできるようになる。サッカーのトレーニングにおいても脳への取り組みが欠かせないというわけだ。

 1日のトレーニング構成についてもそうだし、1週間、1カ月、1年間のスケジュールプランについてもそうだ。同じテーマでトレーニングするとしても、違ったアプローチ、違ったチャレンジ、違ったルールで行うことで、技術や戦術だけではなく、“脳力”のパフォーマンスアップを同時に行うことが望ましい。

 以上3つの理由から、夏休みに十分な休みを取るのはメリットしかない。「夏休みは暑いから、酷使は良くない」という理由だけではなく、時間を取りやすい夏休みなんだから、いろんなことに時間を使えるようにみんなで環境を整えよう、という考え方の方が望ましい。

 自由に遊べる時間を自分のために思う存分使う。友達との時間、家族との時間、自分だけの時間。どれも貴重で希少なものだ。そんな子供の時間が彼らの成長にはなによりも大切で意味があって、将来に繋がる。それに、夏は心からはしゃげたほうが楽しいではないか。

中野吉之伴の「育成・新スタンダード」


Photos: Bongarts/Getty Images

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Profile

中野 吉之伴

1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。

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