健全ドイツサッカーが育成で苦戦?「儲ける」で一致団結できる強さ
喫茶店バル・フットボリスタ ~店主とゲストの蹴球談議~
毎号ワンテーマを掘り下げる月刊フットボリスタ。実は編集者の知りたいことを作りながら学んでいるという面もあるんです。そこで得たことをゲストと一緒に語り合うのが、喫茶店バル・フットボリスタ。お茶でも飲みながらざっくばらんに、時にシリアスに本音トーク。
今回のお題:月刊フットボリスタ2019年3月号
『「総力戦」となった現代サッカー
フロントの哲学=チームの強さ 』
店主 :浅野賀一(フットボリスタ編集長)
ゲスト:川端暁彦
なぜ、フロントが重要なのか?
川端「マスター、今回のフットボリスタはヤバいですね。巻頭からおっさんと爺さんの絵が延々と続く(笑)。こんなの初めて」
浅野「ビジュアル的な問題は、監督特集をやった時点でもう諦めてますから(笑)」
川端「いやいや、監督特集より断然スペシャル(笑)。監督はまだダンディ系多いじゃない」
浅野「見た目以前に、そもそも『誰?』という人が続くからね(笑)」
川端「そうそう、監督は世界的な知名度を持つ元名選手も多いわけで……。今回、バイエルンのルンメニゲくらいでしょ、かつての名手と言えるのは。その意味では、知的好奇心をくすぐられるとも言えるし、『知らんおっさんの話が続く』とも言える(笑)」
浅野「表に出ていない影の重要人物たちにフォーカスを当てていくのが今回の特集の意図です。実はそうした位置の人たちこそがクラブの命運を握っているのでは? という提言込みですね」
川端「特集全体の趣旨としては、現代サッカーってピッチ上だけの戦いじゃない部分がより色濃くなっているんだということですよね」
浅野「そうです。そろそろ真面目な話をすると、フットボリスタは欧州サッカーがピッチ内外で急激に『変化』していることを取り上げてきましたが、今回はそのピッチ外のパートですね。やっぱりサッカーは世界のスポーツで、マーケットのグローバル化が与えた影響は甚大だったわけです。グローバル企業に始まり、ロシア、中国、中東の国家までが参入し、従来とはケタ外れのお金が流入するようになっている」
川端「もう『移籍金最高額更新』みたいなのも、『あー、はいはい』って感じになっていますからね。時間の経過とともに流通する通貨量が増大しているのだから、金額の上昇は必然だろうという。まさにインフレ」
浅野「その結果、マネーゲームの強者と弱者の差も拡大し続けています。もうリーグ戦が始まる前から優勝クラブが決まってしまっているような、急激な格差拡大が起こってしまったわけです。放映権料の急上昇もその流れの中にありますし、次のフェーズとして、グローバル市場でのブランド力を武器にコマーシャル収入を競う時代に入ったのが近年の傾向です。資本力は戦力に直結しますから、そこに差があると中心選手を繋ぎとめること自体が難しくなりますからね。今はむしろピッチ以前の戦いで決まるというか、要はフロントの経営戦略の巧拙がピッチ上の結果のかなりの部分を決めるようになったな、と」
川端「要するに、金持ちの道楽的な投資の対象から、ビジネスとして投資して回収する時代への転換が起きている流れだよね。サッカーがより“儲かる”世界になっている」
浅野「一言でいうと、そうです」
川端「だから金持ちの道楽として資金力のあったイタリア勢が相対的に弱くなった(笑)。その国の土着的なオーナーが私財を投じて強化するクラブにアドバンテージがあった時代は終わった」
浅野「そうだね。そしてその点で言うと、ナポリは面白いケースだと思う。デ・ラウレンティス会長は旧時代的なワンマンオーナータイプだけれど、もう本業の映画プロデューサーよりもナポリのクラブ運営の方で儲かっていて、かつチームも強くしている」
川端「お家は映画・映像産業一家みたいですが、これはイタリア的な“ファミリー”という認識でいいの?」
浅野「ナポリのクラブ役員もデ・ラウレンティス家で占めていますね。だから『家業としてのフットボールビジネス』ではあります。違いは、今はうまくやれば『サッカーが儲かる』ということだろうな、と。勝とうと思ったらオーナーの持ち出しで強化するしかない時代じゃなく、ね」
川端「そもそも、『強くするために必要な金額』が上がりまくっているから、並みの金持ちではもう無理ですよね。ミランやインテルの失墜なんかは時代の変化を象徴していますが」
浅野「ただ、ビジネスと割り切って入ってきた人がうまくやっているかと言うと、必ずしもそうではないと思うんですよ。例えばバレンシアがそうですが、儲けようとして入って来た外国人オーナーは酷い目に遭っているケースも多いですね」
第2グループの深刻な矛盾
川端「その意味で言うと、スペインのセビージャなんかは自分の生きる道を見つけている感じがありますね。最初から安定したビジネスを志向していて、はっきり言ってチャンピオンを目指してないという」
浅野「そうですね。ただ実はこういう“リーグ優勝は厳しいけれど、欧州CL出場は狙える第2グループ”のクラブ運営が一番難しいんじゃないでしょうか。例えばアトレティコもファルカオ、ジエゴ・コスタとエースを抜かれてきて、グリーズマンは勝つために年俸を上げて(700万→2000万ユーロ)引き留めたわけです。ただ、もう彼レベルの選手は今のアトレティコの売上高では本来抱えきれないわけですよ。選手人件費で世界5位になっちゃいましたからね、アトレティコ。売上高の世界1位(レアル・マドリー)、2位(バルセロナ)に勝とうと思ったらそのクラスの選手が必要なんですが、現実問題としてアトレティコの売上高は世界13位で、ここから急伸する要素もないでしょう。これは深刻な矛盾ですよね」
川端「選手の値段が高騰しているから、『勝とう』と思っての投資が、経営的にシリアスなリスクですよね。セビージャの経営が良いと言っても結局は選手を売ったお金がデカいわけで。それは会長も言っていましたけれど、チームの好成績ゆえにいい金で売れているという面が強い。実際のところは、めっちゃ危うい橋を渡っている。株主に配当出すために魂売る必要が出てくる可能性もあるし、ファンもそこは敏感に感じてそうですね」
浅野「まあ、今のユナイテッドがそうなんじゃないですか。フロントが株価しか見ていないという(笑)」
川端「モウリーニョを解任して株価が上がって大喜び!?」
浅野「売上高的には本来プレミアを独走していても、不思議はないはずですが……」
川端「いよいよこの時代における『勝者とは?』みたいな話になってきますね。『監督解任したら株価上がりそう? じゃあ、解任だな』みたいなジャッジが普通になるのかなあ」
浅野「ただ、もちろんユナイテッドみたいな例外は起こり得るわけですが、基本は資金力があるところがピッチ上でも勝っていますからね。資金力とリーグ順位は相応に比例します。なので、スポーツの文脈から考えていっても、『勝つためには一致団結して売上高を上げていく必要がある』ということに落ち着くんじゃないでしょうか。そこでクラブ内の共通理解がないとやばいよという話です。ユナイテッドもこのまま勝てなければ、ブランドが毀損されていく恐れがありますから」
『クラブは街のもの』の真意
川端「シント=トロイデンVVの会長インタビューも載ってますが、『ヨーロッパではクラブはオーナーのものじゃなくて街のものなんだとわかった』みたいな話が出てくるじゃないですか。あれも凄く重要な話で、そこを当然と思ってる人たちと、アメリカンな資本主義ロジックな新しい経営者たちのコンフリクトって、今後ますます顕在化していくのでは」
浅野「そうだと思うし、そもそも勝つために『クラブは街のもの』ということに気づく必要があるんじゃないかと思います。ナポリが上手くいっているのも結局カルチャーをわかっている地元の人間がやっているからで、外からビジネス目的のみの人が来たケースは軒並み失敗していると思うんですよ」
川端「セビージャもそうですね。そう考えれば、ユナイテッドも必然なのか」
浅野「これはJリーグにも言えることですが、サッカークラブってその地域の顔で、地域ブランディングにもなるんですよ。マンチェスターとか、リバプールの世界的なイメージって、今はサッカークラブのイメージだったりしませんか? 彼らはグローバルクラブですが、国内レベルでもそれは同じかな、と」
川端「それはありますね。日本だと鹿島アントラーズが象徴的ですが」
浅野「となると、地域やクラブが培ってきたカルチャーと一致しないと受け入れられないし、強くもならない。しかし、サッカークラブに関わる人が同じ思いで一致団結したら、全員が幸せになれるかもしれない。だから『総力戦』なんです」
川端「それと対極とも言えるカタールマネーのパリ・サンジェルマンとかどうなっていくんでしょうね」
浅野「結局、今って持てる者が際限なく強くなっていく構造になっていて、近年のレアル・マドリーとかバルセロナとかユナイテッドとかがそうですが、もともと世界的な知名度と人気があったブランドクラブの売上高の上がり方がえぐくて、毎年1億ユーロ規模で上がっているんですよ」
川端「マタイの法則でしたっけ。富める者はより富んでいき、貧しき者はより貧しくなっていくという身も蓋もない法則」
浅野「そうしたブランドイメージを含めてサッカー界は先行者利益がめちゃくちゃでかいんと思うんですが、それをサッカー界の外側から持ってきた金の力で崩そうとしているのがカタールのPSGやアブダビのマンチェスター・シティという構図ですよね」
川端「お金という先立つものさえあれば、追う者の強みも出せますよね?」
浅野「もちろん。単純な金の力だけではなくて、例えばPSGはエア・ジョーダンとコラボしたりアパレルを通してクラブのブランドを育てているし、あとシティのシティ・フットボール・グループ構想ね。これも凄い構想だと思う。RBグループのライプツィヒもそうだけれど」
川端「日本も横浜F・マリノスを通じて、その凄味の一端は感じていますね」
浅野「こういう新しいアイディアでスーパーエリートの壁を乗り越えられるかも今後5年、10年規模の注目点かなと。その意味で片野さんはバイエルン対RBライプツィヒに注目していました。10年でこの逆転はあるかもよ、と」
川端「バイエルンは何だかクラシックですよね、そういう意味では良くも悪くも。ルンメニゲさんがやっている時点でそうなんだけど。今回の特集でも名選手だから、余計に目立ちます。中長期的には、逆に『サッカーをサッカー人の手に取り戻せ!』みたいな反動的なムーブメントもあるのかなと思っていますが」
浅野「バイエルンに限らずブンデスリーガは外資を規制する50+1ルールがあるから、良くも悪くもリーグ全体が健全というかクラシカルですね。バイエルンは売上高世界4位のスーパーエリートクラブなんだけど、ルンメニゲ&ヘーネスの二頭体制による運営方法は時代から遅れてきています。経営はもうサッカー人脈ではなく、経営のプロに任せた方がいいと思いますよ」
影山監督が感じたU-19ドイツの弱体化
川端「今回の号でも、ドイツの育成が後退していてタレントが伸びてこなくなっている話がチラッと出ていましたけど、そこともリンクしている話の気がします。U-20日本代表の影山監督がU-19欧州選手権の視察に行っていたけど、そこでも関係者の間で『ドイツの育成がヤバい』という話になっていたそうで。影山監督はケルンのユースでコーチもしていた人だから、いろいろ思うところもあるみたいですが。ラングニックさんがちょっと前から懸念していたことが当たり出してそうで……」
浅野「それは儲けを追求しているから強いってやつですよ。良くも悪くも欧州全体として『金儲け』の考え方は強くなっていて、『育成が儲かる』から投資しようとなっている。ドイツはいい意味でも悪い意味でももっと健全ですよね」
川端「そうすると、育成のレベルも上がりますよね。健全なドイツはその流れに遅れているのかもしれません。育成年代のチームの運営や練習がより『インディビジュアル(個の重視)』な方向性になっているのは、まさに『個を育てると儲かる』という図式がわかりやすく成立しているからですよね。その中でドイツは健全に『チーム重視』の育成・クラブ運営をしていることが、かえって災いしているんではないか、と。加えて、ナーゲルスマンさんを始めとする、いわゆるラップトップ監督たちが育成年代のチームを率いて自己アピールに成功し、大きく羽ばたいたので、そのフォロワーを量産しちゃっているみたいですね。育成年代で選手が指導者の『革新的戦術』を実現してアピールするための駒になっちゃっているんじゃないか、と」
浅野「過去のバル・フットボリスタで日本のJユースの問題点としてそんな話をしていた気もするけど、日本とドイツは似ているのかな。そういうのはラップトップ監督の弊害だよね」
川端「立身出世を目指す野心的指導者が増えること自体はいいことのような気がしていましたが、このバランスは難しいですね」
浅野「育成に関するトピックでは、ユベントスアカデミーの革命の話が興味深かったです。要はここ10年でトップに定着したのはマルキージオとジョビンコの2人だけ。そもそもユーベのレギュラーは世界的にもトップのタレントじゃないですか。それを育てられるかどうかは偶然の要素が強過ぎて、買ってきた方が効率もいい、と。だからユーベのアカデミーの目標は『23歳で5大リーグのレギュラーになれる選手を育成する』ことなんだ、と。さらに言えば『その選手を高く売って儲ける』ことです。この方針はチェルシーやシティも一緒です」
川端「その流れは凄く感じますね。『育てて売る』は中小クラブの専売特許でしたが、今はビッグクラブがやっていますよね。『一回ビッグクラブに買われた』ということで選手の市場価値も上がるから、選手にとってもWin-Winとも言える。板倉滉がシティに買われていったのもそうした流れですよね。トップチームの戦力になれそうという可能性も当然ゼロではないけれど、『転売して儲けられそうなタレント』と見込まれた面が強い」
浅野「そうそう。シティのレギュラーなんて本当に世界のトップ選手ですから、そう簡単に育たないことはわかっています。ただ、ジンチェンコみたいに転売目的で買って、たまたまトップに行った選手もゼロではない」
川端「突然変異的な成長をする選手はいるから、もちろんその可能性は加味するけれど、トップチームのレギュラーを取れなければ失敗ということではないってことですね。やっぱり、日本の育成組織に対する考え方は古いかなと思います。トップチーム昇格しか選択肢を与えないし、そこにしか成功を見出さないのは狭いなあ、と。この前、Jリーグが『ユースを卒業した選手はトップチームか大学の二択しかない。だからU-21チームが必要だ』みたいに言っていたそうですが、そもそも何で二択になっているんだよ、という」
浅野「他のプロクラブは選択肢にないの? って話だよね」
「選択肢」がないJユースの問題点
川端「もっと違うトライができる仕組みにしていくべきだと思います。Jリーグが『ビッグクラブを育てる』みたいな方向性に舵を切るなら、なおさら考えないといけない問題です。ビッグクラブのユースからトップチームに上がってレギュラーを取れる選手は1人いるかどうかということになるでしょう。ならば、そこに所属していた選手が上への道が見えなくなった時、中小クラブへチャレンジする選択はもっとあっていいはずです。JユースカップにJ2やJ3のスカウトが押しかける流れがあってもいいわけですが、現状はそうじゃないですからね。個人として強い意志やコネのある選手、あるいは大学へ行く選択肢を持てない選手が細い糸をたどって挑戦することはありますが、圧倒的にレアケースです」
浅野「そこは選手も自分のキャリアプランを自分で考えて、自分で動かなければならない時代になっていますよね」
川端「だからこそ、制度的な縛りは緩めていくべきだと思います。『U-21までが育成』ですと言って、Jリーグがモラトリアム的に制度で選手を拘束しようというなら、僕は明確に反対ですね。別のクラブが『ウチは戦力として迎えたい』というならば、そちらに行った方が選手の未来が拓ける可能性は高いですから。そういう可能性を潰して『育成』なんてあり得ない。指導者が変われば評価も変わるし、環境が変わって成長するタレントは絶対いる」
浅野「21歳なんて今の海外移籍だとギリだからね。それこそ即海外という選択肢もある」
川端「選択肢があるのはいいことです。今年もヴェルディユースの選手がポルトガルへ挑戦したりしていますが、そういうチャレンジは素晴らしい。ただ、日本の他のクラブからも評価を受ける立場に選手が置かれるとよりいいなと思います。『大学か海外』みたいな二者択一ではなく、『他のJクラブ』という選択肢を普通に残しておいてほしいですよ」
浅野「引き抜き合戦にはならないかな?」
川端「優先交渉権はあっていいと思います。ただ、期限を区切るべきですよ。『高校3年の7月31日までは他クラブ手出し無用。その時点までにトップチーム昇格の意思をクラブが示さなければ自由交渉』といった制度にすればいいのではないかと」
浅野「そうはなってないんだよね」
川端「Jクラブは10月、11月とかまで平気でトップ昇格の可否を引き延ばしますからね。そうすると大学の選択肢まで消えていくし、他のクラブでの新人獲得も終わっちゃっていますからね。経営的な判断として理解できる部分もあるんですが、それなら制度で決めちゃった方が経営者や強化責任者も楽でしょう」
浅野「そこで競争を嫌がるのは、やはり選手流出を忌避するからかな」
川端「『ウチの選手が流出しちゃう』と考えがちですけれど、例えば横浜FMのユースでまったく評価されない選手が、実は鹿島ユースの基準だと高評価というのは十分にあり得ることで、当然ながら逆もあり得る。そうやって流動化した方が、選手が伸びる可能性は絶対に広がりますし、クラブも『良い出会い』に恵まれる機会は増えると思いますよ」
サッカースタイルに『合う、合わない』問題
浅野「とはいえ、そもそもスカウト体制がないと他のクラブの選手を評価できないのが現実だよね。だから、スカウトに投資して育成で儲けるとか、組織レベルのビジョンが必要。あと『合う、合わない』って、そもそもクラブに明確なビジョンがないと判断できないじゃないですか。ある監督の時は合うけど、来てみたら監督が代わっていたとかも普通にあり得るわけで。だからクラブのサッカースタイルが監督によって変わるのはNGで、クラブのビジョンに合致したゲームモデルを作る必要があって、それをもとにクラブに関わるファンやスポンサー、メディアも含めた全員が意思統一しなければ勝てない時代になった。だからこそ『総力戦』なわけです」
川端「今チェルシーでカンテさんがよくわかんない感じになっちゃっているのとかいうのは典型でしょうね。間違いなく凄い選手ですが……」
浅野「サッリのサッカーには合わないよね」
川端「そういう時に『移籍』という選択肢を持てる方がやっぱり健全だと思います」
浅野「こういうロスがあると選手のパフォーマンス=価値自体が下がってしまうから長期的にもマイナスで、育成年代でもそうだよね」
川端「日本の育成年代はそこを縛ることで『カンテ』を潰している可能性がある」
浅野「それは間違いなくあるね」
川端「そもそもカンテだって、フランスの育成年代では全然評価されなかった選手じゃないですか。セレクションを受けまくって落ちまくって、最後に何とか強豪とは言いがたいブローニュのユースへ19歳で合格して少しずつ運が開けていったわけで……。でも実はほとんどの指導者から評価されなかった彼は、トンデモない才能だった。ずっと同じクラブで面倒を見ることだけが『理想の育成』じゃないと思うんですよね。もちろん、これが部活や街クラブについてなら別の議論もあるかもしれません。ただ、Jリーグとして『トッププロをいかに育てるか』ということなら、現状はどうかな、と」
浅野「林舞輝さんも言っていたけど、野球は3割30本打つ人は他のチームに移っても同じような成績を残す可能性が高いじゃないですか。ただ、サッカーは30ゴールのFWが移ったら戦術がまったく合わなくて3ゴールになることすら普通にあり得る。そういうスポーツで移籍の流動性がないことの弊害は大きいですよね」
川端「移籍されるとクラブが損をするというイメージしかないんだろうなと思いますが、逆に移籍で入ってくる選手が開花するケースも絶対に出ますから。あとは育成費の支払いをプロクラブに関してキッチリ義務化する。並行してこういう部分の仕組みを整えることも絶対に大事ですね」
ビジネスと現場をどう融合するか?
浅野「では、最後にまとめましょうか」
川端「あー! ごめんなさい! めちゃくちゃ脱線しましたね、これ」
浅野「今までで一番線路を外れていったかも(笑)」
川端「では、クラブの『経営特集』についてまとめをお願いします!」
浅野「『総力戦』というのは、トップから育成も含めてビジョンを共有することで、ピッチ上もそうですし、サッカーの目をそろえる長期的な戦いですね。育成は一例に過ぎなくて、ゲームモデルも、分析も、移籍市場の動きも同じ意思決定の下で行わないとこれからは勝てない時代が来ていますよ、ということですね」
川端「それもすべてサッカーがビッグビジネスになったからこそですね。良くも悪くも、稼げる産業になった。人もたくさん使える」
浅野「そうそう、シティなんてレンタルで出している選手専門のアナリストがいるそうですからね。Jリーグもそうした流れが来ている中で、アップデートしなければいけないことがいろいろあると思います。新規マーケットの東南アジアとかは欧州サッカークラブが直接の競争相手にもなりますしね」
川端「そこはわかりますが、タイでプレミア勢と競るとかいうと、勝てる気がしない(笑)。あっちの欧州サッカーに対する熱は本当に凄いですから」
浅野「その現実を直視してどう戦うかですよね」
川端「正面勝負じゃない戦い方をしないといけないですね。僕らのアドバンテージは距離の近さ、サッカー外のビジネスとの結びつけやすさ、あと良くも悪くも雲の上の存在には見えないことかな。まあ、欧州と東南アジアの間に入って、マンチェスター・ユナイテッドの商売を展開する日本人になるのが一番儲かりそうですが(笑)」
浅野「まあ、この話はまた今度にしましょう」
川端「強い気持ちが必要なテーマですからね(笑)。今回の結論としては、現状でも日本人選手の評価は欧州で低くないんだけれど、まだまだ眠れるタレントもおるやろ、と。だから向こうのビジネス化している部分をよく理解し、こちら側の制度設計もしていきたいというところですかね」
浅野「制度設定はリーグレベルの話なんですが、あらためて個別的なフロントの戦略だったり、全体観を伴ったリーグの戦略が重要な時代が来ました。東京五輪の影響もあって日本にもIT系を中心にビジネスのプロが入って来つつありますが、欧州サッカーではそれが10年くらい前から起こっていて、今があります。なので、その試行錯誤の過程をなるべく早く学んで、ビジネス側と現場の意思統一を取ることが日本サッカー界の次の課題かなと思いますね」
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Photos: Bongarts / Getty Images, Getty Images
Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。