「0円移籍」はなぜ危険なのか。欧州サッカー移籍ビジネスの論理
喫茶店バル・フットボリスタ ~店主とゲストの蹴球談議~
毎号ワンテーマを掘り下げる月刊フットボリスタ。実は編集者の知りたいことを作りながら学んでいるという面もあるんです。そこで得たことをゲストと一緒に語り合うのが、喫茶店バル・フットボリスタ。お茶でも飲みながらざっくばらんに、時にシリアスに本音トーク。
今回のお題:月刊フットボリスタ2017年10月号
「選手=株式。欧州サッカー移籍ゲーム」
店主 :浅野賀一(フットボリスタ編集長)
ゲスト:川端暁彦
バル・フットボリスタが書籍化!
10代の移籍=スタートアップへの投資
川端「今回の特集は『選手=株式。欧州サッカー移籍ゲーム』。これを選んだ理由は何でしょう?」
浅野「もともと『U-20』特集の時に思ったんだけれど、要は若手の価値、直接的な表現だと『値段』が非常に上がってきている。ムバッペとかドンナルンマとかの17、18歳くらいの選手に100億円超えくらいの値札が付いているからね」
川端「一昔前だと、ホンモノのスーパースターの金額ですよね」
浅野「ロナウドがレアル・マドリーに移籍した時の金額がそういう相場観でしたよね。明らかに傾向が変わってきている。それはなぜなのかと考えると、スポーツ的な文脈よりも、ビジネス的な文脈で選手の獲得が行われる傾向がより強まっているんじゃないかなと」
川端「100億円出すのは、今100億円のパフォーマンスが期待できるからではなく、将来的に150億円になるかもという期待値からだということですよね。まさに投資」
浅野「要は値上がりの期待できる“銘柄”の価値が上がっているんですよ」
川端「まさに株だ」
浅野「ビジネスの世界で言うと、スタートアップに投資する感覚ですよね。そういう投資家の発想がヨーロッパのサッカー界を支配し始めているなと思った」
川端「そうなってくると、売る側も値段を何とか釣り上げて売る感じになっていきますよね。最近欧州では10代のトップリーグデビューが凄く増えている感じもありますが、別の見方もできる」
浅野「早めにデビューさせ、試合出場を重ねれば自然と値段は上がるからね。明らかにそれを狙っているような起用が出てきているし、トップリーグの試合経験は若手にとって貴重なものだから、実際の成長を促すスポーツ面の効果もある。皮肉な現象ですけど」
川端「日本はやっぱりスポーツのロジックでそこを理解しようとするから、どうしても『欧州の10代が凄い!』になるけれど、それだけじゃないよね」
浅野「そんなに単純な話ではないです。単なる実力勝負のロジックだけで出ているわけではない。もちろんタレントを持った選手であることは大前提でしょうけれども。ただ、17歳の若手を使うことはスポーツ的な勝敗を考えたら、マイナスに作用することもある。でも、それで順位が落ちても『株価』が上がって高く売れるなら、ビジネス的にはポジティブということです」
川端「何十億で売れる選手が出てくるなら、順位が少し落ちたくらいのマイナスは余裕で帳消しにできるから、と」
浅野「もちろん、それで降格したら元も子もないけどね(笑)。でも、今の欧州の移籍マーケットではそのリスクを取ってでもトライするだけのリターンが見込めるようになっていて、結果として若手が積極的に起用されるようになっている。フランスとかはそれが顕著だよね。そういう現状が見えていたから、まずは代理人の柳田佑介さんに聞いてみようと取材をお願いしました。ヨーロッパと日本の両方の事情に精通されている方なので。それがこの企画のスタートです」
川端「日本がこういう状況に対してどうあるべきかは、なかなか難しい」
浅野「柳田さんに話を聞いて思ったのは、自分がイメージしていた以上にJリーグはそういう発想がなかったということですね。そこはちょっとショッキングでした。未来が怖くなるというか」
川端「良い意味で言うと、とてもスポーツ的なんだよね」
浅野「そう、純粋にスポーツでの勝ち負けを争っているんですね、本来それは健全なことなんですが」
川端「Jリーグで若手が使われないことを怒る人は多いのだけれど、『高く売れそうなのに、これだと損するだろ!』みたいな人はもちろんいなくて、あくまでスポーツ的なロジックからですよね。これはもちろん逆もそう。ものすごく健全なことではあります」
浅野「いや、ホントにそれはそう思った。欧州の汚さとのギャップが凄い(笑)」
川端「Jリーグが選手の売買で稼げない、出し抜かれてしまう理由もまさにそこなんだろうけど……」
浅野「欧州は真逆の方向性を突き進んでいることは、今回の特集を作っていてあらためて痛感させられました」
川端「スポーツはまず勝敗を競うものというのが本質的な部分――なんだけれど、そこがすでに揺らぎ始めている。選手売って10億儲かる環境がある時に、1億円の賞金に躍起になる理由はない」
浅野「でも、Jリーグ側にそういう発想はホントにないんだというのが柳田さんと話していてわかったので、これを特集にしようと思ったわけです」
川端「欧州はこんなにビジネスライクにやっているぞ、と」
浅野「それを日本に伝えたかったというのがこの特集をやった第一の理由。でもそれは上から言う気はさらさらないし、欧州のこうした傾向が無条件で良いことだと言う気もないです」
川端「でも知っておく必要はある」
浅野「現実としてそうなっていて、この流れは止まらない。実際問題、日本代表クラスのほとんどの選手が欧州に行っていて、若手も少し活躍したらドンドン飛び出している状況がありますよね。もう欧州サッカーの市場にJリーグが接続されているのは絶対的な事実なわけで」
川端「しかも、その欧州の市場が物凄いスピードで大きくなっているから、経済的な論理ではまったく太刀打ちできない。Jリーグの若手選手に設定されている満額の違約金が『え、そんな安くていいんだ』というリアクションになる現実がある」
浅野「この特集の出発点はまさにそういう部分で、裏テーマは『日本に欧州の現実を伝える』ということです」
数打ちゃ当たる投資のワン・オブ・ゼム
浅野「今号で川端さんにも書いてもらったけれど、今日本の高校生や大学生が直接欧州に行くことはそう多くないけれど、先を見たら現実的な脅威だよね」
川端「この前も年代別日本代表の合宿を取材している時に、夏休みを使って欧州のクラブに練習参加していた高校生に話を聞いたんだけれど、そういうチャンスがゴロゴロ転がっている時代になったんだよね。今度のU-17W杯に出るメンバーも、パリSGから練習参加のオファー受けた選手とか普通に、ごく普通にいるからね」
浅野「ケース・バイ・ケースだとは思うけれど、すぐ行くのがいいとは思わないんだよね。(アヤックスアカデミーの)白井さんにアヤックスの若手がイングランドに買われちゃう話を聞いたんだけれど、やっぱり20歳くらいまでは自分のチームにいた方がいいんじゃないか、と。アヤックスも17歳とかのトップチームデビュー前の若手がプレミア勢に獲られて全然試合に使われないで、レンタルでたらい回しにされるだけされて、そのまま消えていったりということが起きている。それは完全に才能を潰されてますよね」
川端「逆に言うと、そこはビジネスの論理だからね。安い選手は安い扱いになる。1千万円の選手を100人そろえても、10億円。『まあ、10億円ならいいかな』という世界でしょう」
浅野「いや、ホントにそう」
川端「日本人に対しては、今これをやれちゃうんだよね。すごく安いし、10代の有望株ならばそもそもプロ契約していない選手も多い。数打ちゃ当たる投資のワン・オブ・ゼムに日本人がされちゃう可能性がある」
浅野「いや、されるでしょう。そもそも、今の日本で普通に生活しているエリート選手が18歳で欧州にポンと行って成功できるかと言えば、これはハードル高いですよ。『自分は雑草だ』という認識があって、『もう何でもやるぞ』というモードであれば可能性が出てくるんだろうけれど」
川端「この前、ハンブルクでデビューした伊藤達哉とかはそんな感じだよね。彼もそうなんだけれど、日本の育成年代はU-18で終わるのに対して、ドイツやオランダはU-19まで続いているので、日本の高校を出る選手が向こうのU-19チームへという流れは今後ドンドン出てくると思う。その引きはかなりあるし、そういう出世の仕方はある。そしてこのラインでの成功例が出てくると、(年代別代表歴のない伊藤達哉のような)雑草ではない世代のエリートクラスの選手でそれをやられるケースが増えていくと思う」
「0円の選手」=「0円の価値」
浅野「ただ、これはあらためて強調しておきたいのだけれど、安いお金で獲ってきた安い選手は安い扱いを受けますよ、ということ。これは欧州が今ビジネスの論理で動いているから」
川端「大事にされない。千尋の谷底スタート」
浅野「しかも、コロンビアとかカメルーンとかいろいろな国のハングリーな選手たちとの競争だからね。日本人がそこで成功するのは本当に容易じゃないと思う」
川端「言葉の壁もデカいしね。まあ、現状としては日本人の10代は狙われている実態の数ほどには出て行っていないと思う。先日もあるJユースの選手が欧州の有名クラブのオファーを蹴ったという話を聞いたばかりだけれど、やっぱりそこに簡単じゃない壁があって、リスキーな挑戦だという認識自体はあると思いますよ」
浅野「Jリーグに入ってプロとしての自分を確立するところまではやった方がいいと思うよ。それは日本に限らず、オランダだろうとフランスだろうと言えることだと思うけれど」
川端「そうなると、ちゃんとした移籍金を払った投資対象として欧州の舞台へ行くことになるしね」
浅野「それはもう、扱いがまるで違う」
川端「さっきの『選手=株式』の論理で言えば、5億円で取得した株(選手)をまったく起用しないで、シーズン終わった時に2億円になっていましたというのはビジネス的には大失敗だからね」
浅野「そう、絶対に許されない行為」
川端「絶対に経営からプレッシャーがかかる。でも0円で獲得した選手がシーズン終わっても0円でしたというのは、ビジネス的には何でもない。だから現場にプレッシャーもかからない。だから岡崎慎司はシーズンの最初の方は使われない(笑)。あれは監督が岡崎の良さをわかってないということではなくて、高い金を払って獲ってきた選手を使わないという選択肢が現場にないからでしょう」
浅野「だから安い移籍をしたらダメなんだよ。移籍金って、選手の『株価』だから」
川端「日本人の選手側の意識も変わらないといけないよね。契約切れを待って移籍金ゼロにした方が欧州移籍をしやすいと思われているんだけれど、0円で移籍したら0円の扱いになるぞ、と。行った後の待遇が絶対に違うから。逆に選手が成功するためにこそ、移籍金を払って獲ってもらった方がいいんだよ。欧州へ行くのが目的じゃなくて、そこで成功するのが目的なんだから」
浅野「それは本当に僕も言いたかったこと。日本では0円移籍が当たり前だけれど、それは欧州の常識に反しているから、Jクラブ間の移籍ならともかく、欧州への移籍を0円でしちゃうのは絶対にダメ。すでに評価の確立しているベテラン選手は傭兵として0円移籍でもいいけど、若い選手は危ない。よく0円移籍批判は『クラブへの恩返し』みたいな精神論ベースで語られますよね。僕もせっかく苦労して育てたJクラブがタダ同然で持っていかれて報われないのは理不尽で憤りを感じます。ただ、もっとビジネスライクに利己的な意味で言っても、0円移籍は避けた方がいい」
川端「浪花節じゃねえぞ。これはビジネスなんだということ。移籍金は自分に付く値札。そこに『3億円』と書いてある選手と『0円』と書いてある選手では絶対に扱いが違う」
浅野「だって、『0円』の選手なんてどうでもいいと思われているよ、スタートでは。逆に言えば、ブンデスリーガは欧州5大リーグ(スペイン、イングランド、ドイツ、イタリア、フランス)の中で唯一スポーツの論理が強い=純粋な実力で起用を決めるリーグだから、日本人が成功しているという面もありますが」
川端「それでも『0円』は避けた方がいいと思います。3億円の選手を干し続けたら、監督には絶対にプレッシャーかかる。少なくともノーチャンスのままに干される可能性はグッと低くなる」
浅野「これは柳田さんも言っていたけれど、5000万円で獲得した選手が1シーズンで500万円の価値になってしまったら現場の責任になる。1年で現場が4500万円の損失を出したじゃないか、どうしてくれるんだ、と。もう完全にそういう発想なんだよね。純粋なスポーツの論理ではないけれど、それが欧州の現実でもある」
川端「『選手の価値は下がりましたけれど、順位は上がりました』では通らない世界なんだよね」
今そこにあるJリーグの危機
浅野「別に12位が7位になろうとクラブの経営的には関係ないからね。そうしたメカニズムはしっかり認識しておかないと、選手もうまく立ち回れないと思う。だからそれを伝えたかった。あと川端さんに書いてもらった『日本の10代が狙われる』記事の先にある話として、やっぱり今後は日本人の10代が海外に出ていく流れは加速すると思う?」
川端「日本人は良くも悪くも空気を読むし、流れに乗っかってしまう民族。これはもう間違いない。流れができたら、みんなもっと行くようになると思うな。進路としてのJユースと高校サッカーの逆転がどこで起きたのかみたいな議論でもそうなんだけれど、『他のみんなが行くなら行く』みたいな、“当たり前が逆転する瞬間”みたいなポイントがあるんだよね。それがどこかで来るんじゃないかという気はする」
浅野「状況は整ってきているよね」
川端「もっと長い目で見ていくと、日本という国自体の経済力がもっと相対的に落ちてくる時代がおそらく来てしまう。そこで欧州の市場がより魅力的になる時代になる。今は日本で普通に稼げる時代だけれど、そうじゃない時代も来るかもしれない。そういう社会的背景がポイントを生み出す可能性もある。それは欧州だけでなく、アジアでプレーする選択肢がずっと上位に来る可能性にも繋がるけど。あと今後起きることとしては、日本の英語教育は絶対に変わるよね。そこで言葉の壁というハードルが一つ低くなった時、10代の選手が挑戦するリスクファクターが一個削られる。こっちは本当に長い目の話だけれど、パラダイムシフトの可能性は他にもいくつか思いつくし、現実的な流れだとも思っている」
浅野「高校や大学の選手がその国のリーグに行くのが当たり前じゃなくなる。韓国は一足先にそういう流れになっているのかもしれないけれど、それは日本でも起こり得るよね。対策は必要だと思う」
川端「少なくともJユースの選手については、いろいろと考えていくべきではある」
浅野「欧州のクラブだと才能ある選手は16歳くらいでプロ契約してプロテクトするし、その前の段階でも学費も含めていろいろな費用をクラブが持つのが当たり前だけれど、Jユースは選手側が月謝を払っているという話も聞くけど?」
川端「特待生みたいな制度はあったりしますけどね。でも月謝を払ったり、遠征費や学費、寮費、用具代を、全額でないにしても、選手側が出すのは一般的だと思います」
浅野「その状況だとクラブ側が育てた恩を訴えても、選手の立場からすると響かないよね。だってお金を払った対価として教えてもらっているだけだから。クラブはリターンを得たいのなら、どうなるかわからない段階で若手に投資するリスクを負うべきだと思う。そうなって初めて恩が生まれるから」
川端「それはロジックだね」
浅野「ましてやプロ契約をしているわけでもないしね」
川端「U-16フランス代表が来日した時、『みんなプロ契約していますよ』みたいに言われたんだけれど、ユースチームでプレーしている選手であっても、それが向こうの当たり前なんだよね。そうした考えをそのまま日本が導入するのがいいとも思えないけれど、しかし選手をプロテクトするには契約するしかない。今は18歳で欧州からオファーが来てから、泥縄式にオファーする形になっている。日本はやっぱり横並びスタイル、そういう文化だから。同じ学年の選手は同じタイミングでプロ契約して、同じように発表するのが一般的だよね。でも4人が昇格した時に、その4人の評価って本当のところは絶対フラットじゃない。G大阪とか早くから欧州クラブに狙われてきたクラブは違う発想を持つようになっているけれど、まだまだ日本は横並びスタンダードだと思う」
浅野「そこは本来、違って当たり前だよね」
川端「今にして思うと、FIFAが18歳未満の移籍禁止を謳ったのは、Jリーグにとって都合の良過ぎるタイミングだったね。規制がなければ、久保建英ブームのところで大量流出していたと思う。U-17日本代表選手の6割は欧州にいますとなっていたかもしれない。それで短期的には代表が強くなっていた可能性もあるけど、国内リーグは酷いことになっていくでしょう」
浅野「なんにせよ、欧州と日本のサッカークラブの経営に関する意識のギャップが大きくあるのは確かで、それが欧州クラブと日本のクラブや選手がやり取りする時に生じる齟齬(そご)になっているのは間違いない」
川端「自分で取材しておいて言うのもなんですが、今号の特集のラストに置かれた徳島の取材でも可視化できた部分はあると思います」
浅野「徳島の記事は面白かったですね。まったく異なる文化が支配するJリーグの中で欧州のビジネスの論理で動いているので。今号の特集で見えたビジネス化する欧州の現状には、ある種の恐怖感すら覚えましたけれど、でも徳島の取り組みには可能性を感じますし、日本人は絶対に知っておいた方がいい現実でもあります」
川端「詳しくは実際に手にとって読んでくださいということですね(笑)。今日はありがとうございました」
浅野「こちらこそ、ありがとうございました」
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Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images, Akihiko Kawabata
Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。