REGULAR

東京ヴェルディの誇りを失いつつあった2013年、そして2014年のJ3降格危機。無謀な失策による顛末

2025.04.01

泥まみれの栄光~東京ヴェルディ、絶望の淵からJ1に返り咲いた16年の軌跡~#7

2023年、東京ヴェルディが16年ぶりにJ1に返り咲いた。かつて栄華を誇った東京ヴェルディは、2000年代に入ると低迷。J2降格後の2009年に親会社の日本テレビが撤退すると経営危機に陥った。その後、クラブが右往左往する歴史は、地域密着を理念に掲げるJリーグの裏面史とも言える。東京ヴェルディはなぜこれほどまでに低迷したのか。そして、いかに復活を遂げたのか。その歴史を見つめてきたライター海江田哲朗が現場の内実を書き綴る。

第7回は、2013年、羽生英之社長(当時)の肝入りの人事として招聘された三浦泰年監督が率いるチームが転げ落ちるように低迷していく様子から、東京ヴェルディの存在価値は何であるのかを描いていく。

羽生英之社長(当時)の肝入りの人事

 思い出そうとしても、記憶の底からなかなか浮かび上がってこない。東京ヴェルディが三浦泰年監督を招聘し、新たなサイクルへと入った2013年は虚しいシーズンに終わった。

 成績はクラブ史上最低の13位。リーグ中盤までは守備陣の踏ん張りで持ち堪えていたが、夏場を境に失点が急増する。攻撃の姿勢に乏しく、まとまりを欠くサッカーで幕を閉じた。

 不調は主にベクトルの定まらないチームづくりに起因する。新たな戦術の浸透に時間を要するのは織り込み済みだったが、それを差し引いても試合を重ねてチームが成長している実感を得られず、終盤戦はあっさりと押し切られる不甲斐ない戦いが目立った。

 三浦監督の就任は、羽生英之社長の肝入りの人事だった。

 2012年12月15日、東京ヴェルディのラウンドテーブルが開催され、集まった144人のサポーターを前に、羽生は次のように説明している。以下、公表されている議事録からの引用だ。

 〈強化本部長でもあった川勝(良一)さんを途中辞任という形で失うことになったので、新監督は私が決めました。選手編成については基本的に私と三浦監督の2人でやっています〉

 〈私が、知る限り三浦監督は今の日本の指導者の中でも、トップクラスで日本で一番いい指導者だと思っています〉

 〈私が、待望した監督なので、シーズン終了後に三浦監督で良かったのかという質問が出るとすれば、責任の所在は全て私にあります。必ず彼はやってくれると思います〉

 そうして、3年契約、年俸2500万円(金額は推定)というJ2では破格の好条件で迎え入れた。

ともに東京Vでの監督経験を持つラモス瑠偉(2006-07)と三浦泰年(2013-14)

胸スポンサーは埋まらず、先発8名がアカデミー出身

 三浦の監督就任2年目の2014シーズン。3月2日のJ2開幕戦、飛田給駅から味の素スタジアムへ向かう一本道が緑に染まった。相手は松本山雅FCである。

 東京Vは若葉の季節だ。スタメンの平均年齢は23歳。ベンチメンバーを含めると、22.56歳という若い陣容だった。ルーキーの菅嶋弘希、安西幸輝が先発し、澤井直人が控え。1年早くトップに昇格した高木大輔、故障で戦列を離れている畠中槙之輔を加えた5人は第31回全日本少年サッカー大会の優勝メンバーで、精鋭揃いと評判の95年組である。

 それぞれ才気煥発、笑顔よしの若者だ。これから伸びゆく者に特有の瑞々しさ、そして鼻っ柱の強さを持つ。松本との一戦は、あらためてそれを知らしめるものだった。東京Vは開始からぶんぶん飛ばした。前線から果敢にプレスを仕掛け、攻撃に切り替わった途端、スペースに飛び出していく。息の合ったコンビネーションで局面を打開し、ゴールに迫った。先発11名のうち8名がアカデミー出身という特殊な構成の利点を存分に発揮した。だが、90分はもたなかった。後半の半ばを過ぎると足が止まり、1-3で敗れた。

 新しいシーズンのスタートという晴れの日を迎えながら、ユニフォームの胸スポンサーは空白だった。J1時代は胸2億、背中1億、パンツ5000万がセールス価格。J2に落ちてもしばらくは同額で持ち堪えたが、その価値は大幅に下落し、胸を1億にディスカウントしても手を挙げる企業が現れない。

 収益事業は成果を出せず、新たな試みを打ち出しても持続力に欠ける。そのシワ寄せを受け、急場をしのぐため開幕前に中島翔哉をFC東京に、吉野恭平をサンフレッチェ広島に、格安で売り飛ばすハメになった(吉野は広島からの期限付き移籍で残留)。

 とはいえ、アカデミー出身者を中心に、長期スパンでチームを強化していくのは現状に即した施策に思えた。凋落は著しくも、育成組織や女子サッカーは健在である。どのクラブよりもそこに資金を投下し、普及育成に取り組んできたノウハウは最大の財産だ。東京Vから離れた指導者は言った。

 「経営が苦しいと聞かされ、育成部門の指導者のサラリーは年々下げられる。その一方、上が同じように責任を取ったという話は聞かない」

J2に属することに違和感をなくした時期

 アカデミー出身で、チーム最年長の平本一樹は言った。……

残り:3,748文字/全文:6,079文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

海江田 哲朗

1972年、福岡県生まれ。大学卒業後、フリーライターとして活動し、東京ヴェルディを中心に日本サッカーを追っている。著書に、東京Vの育成組織を描いたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。2016年初春、東京V周辺のウェブマガジン『スタンド・バイ・グリーン』を開設した。

関連記事