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3連勝スタートのサンフレッチェ広島、「つなぐ」ことを重視する新スタイルへの挑戦

2025.02.19

サンフレッチェ情熱記 第21回

1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第21回は、スーパーカップの神戸戦、ACL2のナムディンFC戦、そしてJ1開幕戦の町田戦を3連勝でスタートしたスキッベ体制4年目のサンフレッチェ広島が取り組んでいる「新スタイル」への挑戦について解説する。

 「GRANDE VIOLA HIROSHIMA!!」

 試合後、勝利した時だけサポーターが叫ぶ「偉大なる紫」という言葉が、この1週間で3度、スタジアムに響いた。フジフィルムスーパーカップでの神戸戦、ACL2のナムディンFC戦、そしてJ1開幕戦となった町田戦。移動に次ぐ移動、試合に次ぐ試合。しかしこのシーズン当初の3試合に、ミヒャエル・スキッベ監督は勝負を賭けた。

 1月13日から無休で続けたトルコキャンプ。帰国してから中1日で移動し、2月8日に行われたフジフィルムスーパーカップの前日まで行った宮崎キャンプ。ハードという言葉が甘く感じるほどの競争を経てポジションをつかんだ選手たちが、誇りを持ってピッチに立った。そしてその選手たちが3試合すべて、先発として起用されたのだ(U-20日本代表でチームを離れた中島洋太朗を除く)。すべての試合に勝つ。その強い意志を感じさせた起用法だ。

中島洋太朗の起用に見る「スタイル変化」

 やろうとするサッカーも、少し変わった。その象徴が、スーパーカップにおける中島の起用である。

 スピードも目立ったものはなく、フィジカル能力も高くない彼を指揮官が重用する理由はただ1つ、技術である。もう1つ挙げれば、戦術眼だ。テクニックとタクティクスの面で抜きん出た能力を発揮し続けたことから、指揮官は18歳の若者を重用した。
 
 中島のパフォーマンスそのものは、彼のレベルからすれば、やれて当然。もちろん、高卒1年目の若者が大舞台で自分ができることを発揮したという事実は重いし、可能性は十分に感じさせたものではある。ただ、去年からJリーグで彼は質の高さを十分に見せていたし、トルコキャンプで得点に絡んでいたプレーを見ていた者からすれば、もっとできると思わせるレベル。

 「得点やアシストといった結果に絡めたら、もっとよかった。ミスもなくしたい。スタメンで出る以上はチームの中心として、勝利に貢献したいです」
 
 周囲の驚きや喧噪をよそに、中島自身はクールに自分自身を見つめている。この若者の恐ろしさは、周囲の動きに関係なく自分を保てるメンタリティにある。

中島(Photo: Kayo Nakano)

 さて、チームの話題に戻ろう。中島洋太朗のようなタイプの選手が先発で起用された事実は、何を意味するか。

 2025のサンフレッチェ広島は、テクニックとタクティクスを重視する。具体的に言えば、蹴るサッカーが主体ではない。

 それが中島起用の裏側にあるテーマだ。

 そもそも、スキッベ監督のトレーニングはずっと「つなぐ」ことを意識させてきた。ポゼッショントレーニングも厳しい条件を課し、ピッチの中にたくさんのポールを立ててゲートに見立て、そこを通しながらボールをつないでいくトレーニングも頻繁に行う。

 一方で、コンセプトは速攻。「ボールを奪ったら、できるだけ速く縦に。裏を狙う」という方向性は、最終ラインからの長いボールを駆使する選択になりがちであり、指揮官もそれを許容してきた。

 その攻撃が悪いわけではない。ロングボールは、サッカーにおいては必要な部分ではある。だが、その選択は時に「安易なリスク回避」になりがちであり、ボールロストの可能性も高い。ボールを失えば、それだけ得点の可能性が減り、何よりも失点するリスクが出てくる。それは、サッカーのコモンセンスだ。

 しかし、現状のJリーグでは逆の現象が起きている。

 昨年、広島の平均ボール支配率は49.0%。ただ、ボール支配率が55%以上を記録した9試合の戦績は3勝2分4敗10得点15失点。45%以下の10試合では6勝3分1敗27得点12失点という記録が残っている。支配率57.6%の横浜F・マリノスが9位、56.6%の新潟が16位と低迷する一方で、優勝した神戸は50.2%。保持率44.8%の町田は3位だ。

 つまり「ボールを持った方が負ける」というのが、2024年Jリーグのトレンドではあった。だが広島は今季、あえて「ボールを持とう」と、Jのトレンドに逆行するような施策を指揮官は採用した。現実、スーパーカップでは60%の支配率で神戸を圧倒し、ナムディンFC戦でも53%の支配率を記録。そして重要なのは、広島はこの2試合で複数点数とクリーンシートをともに記録して勝利したということだ。

「つなぐ」スタイルの試金石となった町田戦

……

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Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

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