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クロアチア代表に「流星」の如く現れたブロゾビッチの後継者。ペタール・スチッチとは何者か?

2025.02.17

炎ゆるノゴメット#14

ディナモ・ザグレブが燃やす情熱の炎に火をつけられ、銀行を退職して2001年からクロアチアに移住。10年間のザグレブ生活で追った“ノゴメット”(クロアチア語で「サッカー」)の今に長束恭行氏が迫る。

第14回は、来夏のインテル加入内定間近で脚光を浴びているディナモのペタール・スチッチについて。マルセロ・ブロゾビッチの後継者としてクロアチア代表で輝き始めた21歳の「流星のような華々しい出世」物語を教えてもらおう。

 2024年10月2日、雨が降りしきるシュタディオン・マクシミールで行われたCLリーグフェーズ第2節「ディナモ・ザグレブ対モナコ」。前半終了間際にMFマルティン・バトゥリナが得意のドリブルで左サイドを一気に駆け上がると、大きなストライドで右サイドを並走するチームメイトに目をやった。同じ2003年生まれのMFペタール・スチッチだ。バトゥリナは左SBバンデルソンを交わして、ペナルティエリアに侵入する同僚にパス。右足でトラップしたスチッチは、巧みなシュートフェイクで右SBカイオ・エンリケを振り切ると、左足のチップキックで先制ゴールを放り込んだ。終了間際にPKで追いつかれたことを悔いる中、スチッチは自身のゴールをこのように評している。

 「寄せてきたDF(カイオ・エンリケ)が方向転換するのは難しいと判断し、シュートフェイクを入れた。それから僕が唯一できることといえば、GK(フィリップ・ケーン)の頭上を越すゴールを狙うことだけだった」

CLリーグフェーズ第2節「ディナモ対モナコ」のダイジェスト。結果は2-2のドロー

 このほど「移籍金1400万ユーロ+ボーナス(※)」で来夏のインテル加入が決まったと報じられているスチッチの特徴は、このゴールにそのすべてが詰まっている。クロアチア人ならではのテクニックと遊び心、毎試合12~13kmを走り切る豊富な運動量、そして冷静沈着なプレー選択とその実行力。マルセロ・ブロゾビッチを彷彿とさせるボックス・トゥ・ボックス型のMFであり、6番(ボランチ)でも8番(インサイドハーフ)でも攻守に大きく関与するプレーヤーだ。

※5年契約の間に45分以上の出場20試合毎(45分未満の出場は0.5試合で計算)に50万ユーロ(出場ボーナスに関しては最大150万ユーロ)、セリエAで優勝する毎に50万ユーロ、CLで準々決勝に進出する毎に50万ユーロが加算され、すべてを合算したボーナスの上限は250万ユーロに設定されている。さらに転売時の利益10%がディナモに分割譲渡される。

 EURO2024を最後にブロゾビッチがクロアチア代表を引退すると、入れ替わるかのようにスチッチが代表入りして先輩の穴を埋めた。争奪戦が本格的に始まる前にインテルが競り落としたのも、2016年夏にディナモから移籍金800万ユーロで獲得し、7シーズンにわたって一線で活躍したブロゾビッチの存在が大きかったことは想像に難くない。

2月10日にミラノに渡ってメディカルチェックを受けたスチッチ。同夜のインテル対フィオレンティーナ戦を観戦して帰国した

同姓は偶然じゃなかった!「天才」の陰に隠れていた理由

 そんなスチッチの躍進ぶりは、クロアチア国内でも「流星のような華々しい出世」(meteorski uspon)と表現されている。2003年10月25日にボスニア・ヘルツェゴビナのクロアチア人一家の間に生まれ、同国中部のブゴイノ近郊で育ったスチッチは、9歳から地元クラブでプレー。15歳で同国におけるクロアチア人クラブの強豪ズリニスキ・モスタルに入団すると、ユースチームのキャプテンに任命され、さらにはボスニアの世代別代表に選ばれた。

 そして、18歳になって間もない2021年12月、少年時代から贔屓にしていたディナモから正式オファーが届いた。ズリニスキに支払われた移籍金は20万ユーロ。17歳のルカ・モドリッチがディナモからズリニスキに貸し出され、そこでプロの第一歩を築いたように、両クラブは民族的なパートナーシップを結んでいる。移籍が成立したスチッチはザグレブに引っ越し、ディナモのユースチームとセカンドチームで半年間を過ごした(彼を指導したコーチの1人が元広島のミハエル・ミキッチ)。翌2022-23シーズン、ズリニスキのサマーキャンプに合わせ、彼はローンで古巣に送られる。トップチームの監督は前シーズンのボスニアリーグを制したクロアチア人のセルゲイ・ヤキロビッチ。ここでの出会いがのちのキャリアにも影響してくる。

ズリニスキとのローン契約にサインする18歳のスチッチ。ディナモのセカンドチームが廃止されたタイミングでの武者修行だった

……

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Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。

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