「グロテスク」なフォンセカ解任劇、ミランが抱える伊・米の深刻な「文化摩擦」
CALCIOおもてうら#34
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、年末にパウロ・フォンセカを解任し、セルジョ・コンセイソンが新たにチームを率いることになったミラン。ステーファノ・ピオーリ体制からの新サイクル移行が失敗した背景、そして現在抱える深刻な“ある問題”について考察してみたい。
フォンセカ解任、コンセイソン就任で状況は変わるのか?
年明けの1月2日から6日まで、サウジアラビアのリヤドで行われたスーペルコッパ・イタリアーナは、昨シーズンから導入されたファイナル4形式の準決勝でユベントスに2-1、決勝ではインテルに3-2とそれぞれ逆転勝利を飾ったミランが、8年ぶり8回目のタイトルを勝ち取った。
チームを率いたのは、かつてウイングとしてラツィオ、パルマ、インテルなどで活躍、監督としては昨シーズンまで7年にわたってポルトを率いたセルジオ・コンセイソン(息子のフランシスコは今シーズンからユベントスでプレーしている)。就任したのは、そのほんの1週間前の12月30日、前日の深夜、ミラン対ローマ終了直後に同じポルトガル人のパウロ・フォンセカが解任されたのを受けてのことだった。
決勝は0-2とリードされ敗色濃厚となったところからの大逆転劇、しかも宿敵インテルの4連覇を阻止しての優勝とあって、ミランの周辺は大きく盛り上がっている。しかしこのタイトルの裏側では、フォンセカ解任という結末をもたらした今シーズン前半の不振、その背景にある構造的な問題が、手つかずのまま残されていることも事実だ。
ちょうどセリエAが前半戦を終えて折り返し点を回った時点で、ミランの順位は8位。スーペルコッパとの兼ね合いなどで消化が2試合少ないとはいえ、首位ナポリとの勝ち点差は17まで開いており、スクデットはもはや望むべくもない。クラブにとって最低のノルマである来シーズンのCL出場権(4位以内)が現実的な最大目標だろう。唯一ポジティブなのは、グループフェーズが残り2試合となったCLで現在12位(勝ち点では9位タイ)と健闘しており、残り2試合の対戦相手(ジローナ、ディナモ・ザグレブ)を考えれば、ベスト16直接勝ち上がり(8位以内)の可能性も残っていることか。
いずれにしても期待を明らかに下回るこの不振の最大の理由は、今夏就任したフォンセカがチームに明確なアイデンティティを与えられなかったこと、もっと言えばグループを十分に掌握できなかったことに尽きる。
彼を監督に選ぶに至ったミランの事情、そして今シーズン開幕当初に直面していた課題は、開幕直後に本連載で書いたシーズンプレビューで触れた通り。それから4カ月を経てもなお、その課題はほとんど手付かずのままで残っていた。
上記プレビューで見たように、前任のステーファノ・ピオーリからフォンセカへの監督交代は、ピッチ上のレベルで言えば「アグレッシブなマンツーマン守備+縦志向の強いトランジションサッカー」から「ゾーンのミドルプレス+ポジショナルなポゼッション志向のサッカー」への移行を意味するものだった。しかしフォンセカはチームがそれを納得して受け容れる土台となる信頼関係、共犯関係を築くことが最後までできなかった。
レオンとテオによる「前代未聞」の問題シーン
象徴的だったのが、開幕間もない8月末の第3節ラツィオ戦で見られた前代未聞の一場面。後半半ばのクーリングブレイクで、テオ・ヘルナンデスとレオンの2人がチームの円陣に戻らず、ピッチの反対側に残って給水していたのだ。当事者を含めミランはその後、この場面に「何の問題もない」ことを繰り返し強調したが、ここに監督への不服従、チームメイトへのリスペクト欠如が表出していることは否定のしようがない。
2人はその後も、監督の要求に十分に応えていないという理由から、一度ならずスタメンから外されることになる。事実彼らは、ネガティブトランジションと守備の局面において、ボールホルダーへのプレッシャー、迅速な帰陣といった基本的なタスクすら怠りがちであり、それがチームに戦術的な問題をもたらしていることは明らかだった。
とはいえ彼らはチームにとって、攻撃の局面において決定的な違いを作り出す重要な武器でもあることは疑いのない事実。それゆえミランの周辺では前半戦を通して、監督が求める戦術的秩序に従わないレオンとテオが悪いのか、彼らが遂行できないタスクを押しつけることで抑圧し、その持ち味を引き出せないフォンセカが悪いのか、という議論が続いてきた。……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。