ディナモ・ザグレブのカンナバーロ招聘は既定路線?監督交代に響いた外国人補強戦略をめぐる摩擦
炎ゆるノゴメット#13
ディナモ・ザグレブが燃やす情熱の炎に火をつけられ、銀行を退職して2001年からクロアチアに移住。10年間のザグレブ生活で追った“ノゴメット”(クロアチア語で「サッカー」)の今に長束恭行氏が迫る。
第13回は、ディナモがファビオ・カンナバーロを新指揮官に迎えた背景を掘り下げる。今季2度目となる監督交代の火種は、マルコ・マリッチSDが主導する外国人補強戦略との摩擦だった。
「(ファビオ・)カペッロのような規律を持ち、(カルロ・)アンチェロッティのように選手たちと関係を築き、(マルチェロ・)リッピのように試合を読み、(マウリツィオ・)サッリのようにチームを組織することを私は努めている。そういうものを選手たちに共有できればと思っている。私たちがここにいるのは、選手たちを成長させるため、そしてタイトルを獲るため。サポーターたちには幸せになってもらいたい」
12月29日にディナモ・ザグレブの新監督に就任したファビオ・カンナバーロは、初めてのオフィシャルインタビューで模範としている母国イタリアの名将の名前をずらりと並べた。彼の輝かしい選手キャリアに関しては、「DFで史上ただ1人のバロンドール受賞者(2006年)」を挙げるだけで十分だ。しかしながら、彼の監督キャリア、あるいは監督としての能力に関しては誰もが首を傾げるところ。この10年間で広州恒大、アル・ナスル、天津権健、中国代表、ベネベント、ウディネーゼを率い、めぼしいタイトルは広州恒大での超級リーグ制覇(2019年)ぐらい。昨季は降格危機だったウディネーゼをセリエA残留に導くも、たった6試合でお役御免になっていた。
ビエリツァ前監督とすれ違ったマリッチSDの国外市場開拓
「新監督を連れてくる」ということは、同時に職を解かれた前監督がいる。ディナモがたった3カ月でネナド・ビエリツァを解任したことは青天の霹靂だった。第1期(2018年5月~2020年4月)でビエリツァは2度のリーグ優勝に加え、クラブの念願だった「欧州カップでの年越し」を49年ぶりに達成する。ディナモと別れた後はオシエク、トラブゾンスポル、ウニオン・ベルリンを渡り歩いた。そこでは結果を残せなかったとはいえ、2026年W杯後のクロアチア代表監督候補では最右翼というべき名将だ。
今季のディナモは出だしこそ好調だった。ところが、バイエルンに2-9で敗れたCL開幕戦を契機に、昨季2冠のセルゲイ・ヤキロビッチ監督を解任。フロントは最高水準の年俸(120万ユーロ)が必要なのは覚悟の上、2年契約でビエリツァの再登用に漕ぎつけた。効果はすぐに表れ、復帰初戦のロコモティーバ戦で5-1と幸先良い勝利を収めると、続くモナコ戦は勝利寸前で追いつかれる展開のドロー(2-2)。CL戦線では第3節ザルツブルク戦(2-0)、第4節スロバン・ブラティスラバ戦(4-1)で2連勝を収めたこともあり、6節終了の段階でリーグフェーズ通過ギリギリの24位につけている。すでに試合賞金(70万ユーロ×勝ち点8)だけでビエリツァ監督とコーチングスタッフへの投資額は回収できた。しかしながら、問題視されたのは国内戦線の大不振だ。
9月26日の監督就任会見では「第1期のチームと比べて選手層が厚い」と述べたビエリツァだが、それが単なる幻想だったことに気づく。CL出場を“エサ”にして連れてきた外国人選手たちは国内戦線でのモチベーションに乏しく、ビエリツァは規律違反を理由に3選手(CBサミー・マエー、FWフアン・コルドバ、右SBロナエル・ピエール・ガブリエル)を処分。頼りにしていた国内組にもトラブルが重なった。ビエリツァがクロアチア代表にまで育てたCFブルーノ・ペトコビッチは、無理が祟って内転筋治療が長期化。MFヨシップ・ミシッチ、MFペタール・スチッチ、MFアリヤン・アデミ、GKイバン・ネビスティッチといった主力陣もケガで次々と離脱し、若きホープのMFマルティン・バトゥリナは疲労が募って本調子に戻らなかった。国内のライバルたちはディナモの弱点がネガティブトランジションにあることを見極め、少ないチャンスからカウンターの餌食にしていく。ビエリツァ政権下の国内成績は4勝4分3敗。「3位」という順位は就任当初と変わらないが、ハイデュク・スプリトやリエカとの勝ち点は「7」まで広がった。
Profile
長束 恭行
1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。