“させない守備”に綻びが生じた要因とは…初昇格・初優勝を逃した黒田ゼルビアの2024シーズンを振り返る
ゼルビア・チャレンジング・ストーリー 第19回
町田の名を全国へ、そして世界へ轟かせんとビジョンを掲げ邁進するFC町田ゼルビア。10年以上にわたりクラブを追い続け波瀾万丈の道のりを見届けてきた郡司聡が、その挑戦の記録を紡ぐ。
第19回は、最終節まで可能性を残した初昇格・初優勝の快挙にあと一歩及ばず、3位で2024シーズンを終えた黒田ゼルビアの戦いぶりを総括する。
J1初挑戦の幕切れは、力負けだった。
アウェイでの最終節・鹿島アントラーズ戦は1-3での敗戦。大逆転優勝を果たすには、勝つことが最低条件だった町田は、他会場のヴィッセル神戸とサンフレッチェ広島の結果にかかわらず、人事を尽くして天命を待つことができずに夢は潰えた。試合終了の瞬間、守護神として奮闘してきた谷晃生は、1シーズンを戦い切った一種の脱力感に襲われていた。
「自分たちが勝てなかった以上、上に行くことはできなかったですし、またシーズンの終わりを迎えたということで悪い意味ではなく、何か一つ気が抜けた感じになりました。もちろん結果に満足はしていないですが、やり切ったなという思いはあります」
J1初挑戦クラブの最高順位を更新する3位フィニッシュ。シーズン目標を上回る3位は「大健闘」(藤田晋代表取締役社長兼CEO)と言えるのか。それともJ1初昇格・初優勝という“世紀の大チャンス”を逃したと見るべきか。その判断は分かれるところだろう。
最終的にシーズン最終盤の5戦未勝利の停滞期が引き金となったV逸。黒田剛監督に率いられたチームの歩みをあらためて振り返ることで黒田体制の“光と影”に迫る。
トレンドに即したスタイルで前半戦の主役に
「5位以内、あわよくば優勝」。プレシーズンのチーム作りの過程で手ごたえをつかんでいた黒田監督はシーズン目標を上方修正した。「すごく至難の業に思えた」とは原靖フットボールダイレクターの言葉だが、指揮官は「自分自身に刺激を与える意味でもそういった目標設定が良い」と意に介さなかった。
J1初陣に臨んだガンバ大阪との開幕戦を1-1で引き分けた黒田ゼルビアは、さっそく第2節の名古屋グランパス戦で歴史的J1初勝利をつかみ取った。早い段階で初勝利という最初の壁を突破したことで十分に戦える感触をつかんだチームは、初勝利以降4連勝をマーク。スタートダッシュに成功したと言っていい。
J2を制した昨季と同様に、黒田監督のチーム作りの方針は「勝つイコール守れること」。“させない守備”を選手たちに徹底的に植え付け、堅守をベースとしたチームスタイルでトップカテゴリーに挑んだ。
攻撃時の方針は、オ・セフンらターゲットマンをシンプルかつ最大限に生かすためにロングボールを多用。相手の陣形が整う前にアタッキングエリアにボールを運んでは、セカンドボールを回収し、そこから連続攻撃を仕掛ける形で相手ゴールを脅かした。その過程で相手がタッチラインにボールを逃せば、シーズン序盤は左右両サイドからロングスローを繰り出し、対戦相手を精神的に追い込んだ。
また相手がボールを保持している際の黒田ゼルビアは、球際での強度と攻守の切り替えのスピード感を追求。強度特化型のチームとして、序盤のJ1を席巻している。
異質なチームスタイルは、これまで免疫のないJ1の猛者たちには効果てきめんだった。高強度をベースとしたチームスタイルに面を食らったシーズン序盤の対戦相手は、勝ち点を落としていく。町田市の出身でかつてのJリーグMVPプレーヤーである川崎の小林悠は第7節での対戦後、「シンプルに強い」と目を丸くした。
神戸、広島、町田と、今季のトップ3を形成したチームの共通項は“強度特化型”。Jリーグで比較的勝てるトレンドに即したチームスタイルであったことも追い風となった。
さらに近年のJリーグは日本人選手たちの積極的な海外移籍により、リーグ全体の“地盤沈下”は否めず。特にボール保持型のチームは、選手の質を担保しづらい事情が影響し、町田の高強度のプレスの餌食になりやすかった。
なお第17節の対戦で敗れた典型的な保持型チームであるアルビレックス新潟は、対町田仕様の戦い方に特化。ボール保持志向のチームが自分たちの形で町田を撃破できた相手は、第24節で対戦した横浜F・マリノスが初めてだった。
そしてJ1ルーキーイヤーの町田に運も味方した。「もともと運があるほう」と黒田監督が自負するように、第1クールでの町田は特に勝負運に恵まれた。
前半戦は対戦相手の主力選手欠場が日常茶飯事だった。またホームでの第14節セレッソ大阪戦では土壇場でミッチェル・デュークが決勝点を奪取する劇的な展開。また第21節のG大阪戦は半田陸が2度の警告で退場処分を受けるまで、完敗必至の試合展開だったが、相手が10人になったことを機に1-3での逆転勝利を果たした。時には“神通力”を想起させる神懸かった勝利を重ねられたのも、前半戦の町田が上昇気流に乗る遠因となった。
こうして町田は第15節の東京ヴェルディ戦で首位に返り咲いて以降、3カ月半近く、トップの座に君臨。このまま町田が走るのでは、という見方もある中、一つのインターバルがチーム状態の潮目を変えた。
優勝争いへのフェーズ移行で生じた最初の“誤算”
異変の始まりは、7月下旬から8月上旬にかけてのサマーブレイク明け以降。まずは選手起用の面で“誤算”が生じた。……
Profile
郡司 聡
編集者・ライター。広告代理店、編集プロダクション、エルゴラッソ編集部を経てフリーに。定点観測チームである浦和レッズとFC町田ゼルビアを中心に取材し、『エルゴラッソ』や『サッカーダイジェスト』などに寄稿。町田を中心としたWebマガジン『ゼルビアTimes』の編集長も務める。著書に『不屈のゼルビア』(スクワッド)。マイフェイバリットチームは1995年から96年途中までのベンゲル・グランパス。