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「楽しんできてください」「ありがとうございます」 岡本昌弘と朴一圭が飾った“2人での完封”という最高のフィナーレ

2024.12.12

12月8日。J1最終節。今季最後のホームゲーム。3-0でリードしていたサガン鳥栖の木谷公亮監督は、67分に決断する。選手交代ボードに掲げられたのは『71』と『31』の数字。黄色いユニフォームの選手がピッチサイドへ駆け寄り、黄色いユニフォームの選手と抱擁をかわす。岡本昌弘と朴一圭。2人のGKが紡いできた物語の最終章を、おなじみの杉山文宣にきっちり締めくくってもらおう。

「71」は急ぐ。「31」が待つピッチサイドへ

 第四審が掲げる選手交代ボードに初めて『71』の数字が灯った。その横に灯る数字は『31』。その背中に71を着けて戦う選手は、駆け足で31を着けて戦う選手の元へと近づいてくる。このとき、鳥栖のリードは3点。ビハインドを負っているわけでもない。急ぐ必要はまったくない。しかし、『71』には急ぐ理由があった。そこに立っているのが『31』だったからだ。

 2024年11月26日、岡本昌弘は今季限りでの現役引退を発表。23年という長きに渡ったプロキャリアに終止符を打つことを決断した。一般的には引退する選手には花道が用意されるものだ。シーズンの最終戦、あるいはホーム最終戦でピッチに立つというのが通例となっている。ただ、岡本のポジションはGK。サッカーにおいて1枠しか存在しないポジションだ。そして、鳥栖ではそのポジションに朴一圭という絶対的な守護神が君臨していた。

 2020年10月に鳥栖への加入を果たして以来、今季の第37節まですべてのリーグ戦に先発フルタイム出場。「ポジションは譲りたくない」と言うように試合出場への強いこだわりと勝利への飽くなき希求心。それに由来する練習への取り組み方と試合に出続けるだけのものを朴は示し続けてきた。

 守護神のフルタイム出場の継続と功労者への花道。思わぬ形で鳥栖は決断を迫られることになった。

 では、当事者である2人はどんな心境だったのか。そこには互いが、互いを思いやる気持ちにあふれていた。それは2人が22年のシーズンからともに切磋琢磨し、支え合ってきた3年という時間の濃密さに由来するものだった。岡本の引退には朴の思いもひとしおだった。

 「遅かれ早かれ来るものだなと思っていましたけど、寂しいというのもおかしい話で。グッピー(岡本の愛称)さんの人生ですし、俺がどうこう言うことではないと思うんですけど、一緒に3年間やらせてもらってとにかく支えてもらいました。僕とグッピーさんは特に言葉数が多かったというわけではないんですけど、グッピーさんは僕のことをすごくリスペクトしてくれていたし、僕都合のタイミングでアドバイスをもらいに行ったときでもいつも真摯に寄り添ってもらいました。GKのことはGKにしか分からないので、そういう意味では常に寄り添って自分事のように考えて、答えをくれました。この3年間、俺がケガもありながら試合に出続けられたのは、本当にグッピーさんが常に全力で準備してくれていたからだし、どんな状況でも一切、妥協することなくトレーニングに向かう姿勢を見せてくれたからだと思います。俺も仮にケガをして試合に出られない状況になったとしても、後ろにグッピーさんがいるから大丈夫と思いながらやれたし、俺からしたら本当に頼れる兄貴でしたし、『ありがとうございます』という感謝の言葉しかありません」

岡本(後列左から4番目)と朴(後列右から3番目)。2人はJリーグ屈指のそっくりさんとしても知られている

確かに構築されていた信頼。交差する2人の想い

 22年シーズンの始動直後、鳥栖に加わった自分よりも6歳上の岡本の練習でのパフォーマンスを見た朴は「あの年齢(当時、岡本は39歳になるシーズン)でもあれだけ動けるのは本当にすごい。しっかりやれば年齢を重ねてもあれだけのパフォーマンスを維持できるんだというのを学ばせてもらっているし、やればできるんだというのは自信になる」と衝撃を受けている。勝利を強く希求するからこそ、ときに強い言葉を発し、うまくいかなければ強いストレスを覚えることもあった。そんなときに常に寄り添っていたのが岡本だった。1つしかないポジションを競うライバルでありながら岡本は朴のことを支え続けてきた。

 「パギ(朴一圭)ちゃんが試合に出ているので、パギちゃんに良いパフォーマンスで試合に出てもらいたいなっていう気持ちはあります。でも、彼は彼でしっかり自分を持っているから、自分が何かサポートしてあげないといけないとは心配していない。ただ、パギちゃんもたまに感情がバーッとなるときがあるので、そういうときはしっかりケアしてあげたいなと思っています。お父さんみたいですね(笑)」

 高いレベルで競い合えるからこそ、芽生える連帯感。2人のあいだには信頼が確かに構築されていた。そんな朴は”岡本の花道“についてこう考えていた。……

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Profile

杉山 文宣

福岡県生まれ。大学卒業後、フリーランスとしての活動を開始。2008年からサッカー専門新聞『EL GOLAZO』でジェフ千葉、ジュビロ磐田、栃木SC、横浜FC、アビスパ福岡の担当を歴任し、現在はサガン鳥栖とV・ファーレン長崎を担当。Jリーグを中心に取材活動を行っている。

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