“サポーターと呼吸する”情熱の指揮官。闘う本能を呼び覚ました森山佳郎監督とベガルタ仙台の幸せな旅は続く
ベガルタ・ピッチサイドリポート第20回
12月7日。J1昇格プレーオフ決勝。ベガルタ仙台の2024シーズンは、あと一歩で昇格に届かず、アウェー・岡山の地で終焉を迎えることになった。だが、今季のチームは大きく生まれ変わったと言っていいだろう。選手たちはピッチで躍動し、サポーターはスタンドから笑顔で歌う。彼らの聖地ユアスタは、いつだって活気にあふれていた。この変化をもたらしたのが新指揮官・森山佳郎監督であることに疑いの余地はない。それを間近で見続けてきた村林いづみが、改めてこの1年の「森山日記」を子細に振り返る。
監督も、選手も、スタッフも、メディアも。岡山の昇格セレモニーを瞳に焼き付ける
2024年12月7日。J1昇格プレーオフの決勝が行われた。2-0、ファジアーノ岡山の勝利。これによって岡山は悲願のJ1昇格を決めた。試合後に行われたJ1昇格セレモニー。シティライトスタジアムを中心として、選手の、サポーターの喜びの声が岡山の街中へ広がって行くようだった。選手たちがマイクを手にスタンドへ喜びを叫ぶ。スベンド・ブローダーセン選手はピッチに体を打ちつけながら蛇のようにしならせて勝利のダンスを踊り、スタジアムは沸きに沸いた。
そのセレモニーをベガルタ仙台の選手たちは真っ赤な目でじっと見ていた。遠藤康選手ら、この日メンバーに入らなかった選手たちも目をそらさずに見つめた。敗れた側にとっては、息をするのも苦しくなるようなこの光景をしっかり瞳に焼き付けていた。未来を勝ち得た者と、届かなかった者。当事者にとってのプレーオフは実に残酷だ。
まだセレモニーが行われている真っ只中。会見場に現れるかと思った森山佳郎監督は、一目散に岡山まで駆けつけた仙台のサポーターのところへ向かい、直接声をかけに行った。
「娘(YouTuberの森山あすかさん)の動画を見て、サポーターの皆さんが応援のためにいろいろなことをやってくれたと知ったので、選手に共有しました。頑張りが足りなくて、本当に皆さんをがっかりさせてしまった。本当に申し訳ないです。正直、俺らはまだまだJ1に上がる力がなかったって神様に言われていると思っています。また皆さんと一緒に成長させてもらって、来年は今年より絶対上に行けるように頑張ります。サポートをお願いします」
「ゴリさん、ありがとう!」
次々にサポーターは叫んだ。横断幕を片付けていたサポーターはその手を止めて、森山監督の声に耳を傾けた。6位でプレーオフ圏内に滑りこんだベガルタ仙台は、準決勝も決勝もアウェーで戦うことが決まっていた。ビジター席数が限られる中、どうにか迫力のある応援はできないか。サポーターは、夜な夜な集まりミシンで500枚を超える応援旗を完成させ、長崎へ、岡山へ送り込んだ。横断幕を張れるスペースがなければ、手で掲げればいい。ホームサポーターの10分の1しか入れない。それなら一人が10人分、いや30人分声を出せばいい。決勝のチケットが買えない。では、スタジアムの外からでも声援は送れないか。そうしたサポーターの行動を、森山監督は全て知っていた。だからメディアを通してではなく、まずは自分で向き合って思いを伝えたかった。
「私本人は“サポーターと一緒に呼吸をしている”じゃないけれども、勝ったら『ありがとう』、負けたら『くそっ、俺たちも足りなかったな』という関係を作っていけたらなというところです。それに甘えるというのではなくて、一緒にこのチームを良くしていこうという関係でありたいとは思っています」。彼らを“日本一のサポーター”と称える森山監督はどこまでも情熱的だった。
Cスタの一室で汗のひかぬうちに行われた森山監督の最後のミーティングは30分近くに及んだ。2024シーズンを戦ってきた選手たちはこの日で解散。J2で最も長いシーズンだった。J1昇格は叶わなかった。結果は「J2、6位」。しかし、残った結果はただそれだけだったのだろうか?
情熱と細やかな気遣い。就任前から心をつかんだ、Jリーグ「1年生監督」
J1昇格プレーオフ準決勝のV・ファーレン長崎戦が行われた12月1日から遡ること丸1年前。2023年12月1日に開催された「2023シーズンファン感謝の集い」のスタッフ控室には、「森山佳郎新監督からの差し入れです」と書かれた、大量のもみじ饅頭が届けられていた。すでにその時、2024シーズンの指揮を執ることは発表されていた。シーズンの終わりに忙しく動き回るフロントスタッフやチーム運営に関わる人たちへの細やかな気遣いを感じた。
その10日後に仙台で開かれた「就任会見」では、更なる気遣いと情熱をメディアに印象付けた。取材に集まった記者たちへA4で2枚の“資料”が配られた。初めてのことだった。1枚は「監督就任の決意」について。もう1枚は「目指すフットボール」についてだった。自らの声でも「宮城・仙台のみなさんに必要とされ、愛されて、そして応援されるクラブにしていかなくてはならない」「ベガルタ・グロウン(ホームグロウン)」「仙台がJ1に必ず上がっていかなくてはならない」と就任の決意となる3つの柱を示した。声が大きく、言葉は常に明解。質問する人に目を合わせるだけではなく、体の向きまで正対させる様子が印象的だった。「新しいベガルタ仙台が始まる」。強い予感があった。
ホーム開幕戦直前の2月、練習場が一面、雪に覆われた。雪国・東北ではあるが山間部でなければ、さほど積もることもない仙台の冬。しかし、毎年数日だけドカッと降る。午後の練習に間に合わせようと、朝からクラブ総出での雪かきが始まった。フロントスタッフやアカデミーのコーチたち、サポーターも集まってくれた。どこからともなく豪快な笑い声が聞こえてきた。その発信源はゴリさん。周りのコーチも笑いながら精を出した。「意外かもしれないけど広島でも結構(雪が)降るんですよ。よく雪かきしました」。監督がスコップを手に率先して雪かきに汗を流した。昼までにハーフコートの雪かきが完了し、雪のないピッチで午後の練習は無事に行われた。スタッフ陣が一つのチームとしてまとまっている、良い雰囲気を感じた。
日替わりで現れたヒーロー。森山監督の厳しく、率直な言葉が闘志に火をつけた
「負けても良いよ。それは俺の責任。そこからみんなでまた這い上がればいいじゃん!」「勝つために俺たちは何するの?」「ここでやらなきゃ、男じゃねえ!!」。チームは勝ったり負けたりの一年。ゴリさんの厳しい声がピッチに、ロッカーに響き渡ることもあったが、5シーズンぶりの4連勝などポジティブな話題が多かった。……
Profile
村林 いづみ
フリーアナウンサー、ライター。2007年よりスカパー!やDAZNでベガルタ仙台を中心に試合中継のピッチリポーターを務める。ベガルタ仙台の節目にはだいたいピッチサイドで涙ぐみ、祝杯と勝利のヒーローインタビューを何よりも楽しみに生きる。かつてスカパー!で好評を博した「ベガッ太さんとの夫婦漫才」をどこかで復活させたいと画策している。