なぜペップは契約延長を決めた?イングランドにとっても非常に幸運な“怪盗”の続投
Good Times Bad Times 〜フットボール春秋〜 #11
プレミアリーグから下部の下部まで、老いも若きも、人間も犬もひっくるめて。フットボールが身近な「母国」イングランドらしい風景を、在住も25年を超えた西ロンドンから山中忍が綴る。
footballista誌から続くWEB月刊連載の第11回(通算245回)は、監督キャリア初の公式戦5連敗を喫するなどチームが絶不調のさなか、2016年夏から指揮を執るマンチェスター・シティと2027年夏までの新契約を結んだ53歳の「革命家」について。
「去るべき時ではないと感じた」
ルパン三世――初めて、監督としてのペップ・グアルディオラを間近で見た際のイメージだ。黒い短髪で、スリムなスーツに身を包んだバルセロナ指揮官は、スタンフォードブリッジのタッチライン沿いを後傾姿勢で走る姿も、アニメ界の怪盗を想像させた。
2009年5月のCL準決勝チェルシー戦第2レグでのことだった。バルサには、退場者を出して10人だった後半、それもアディショナルタイムに同点ゴールが生まれた。アンドレス・イニエスタが相手ゴールに突き刺した、決勝行きを意味するアウェイゴール。当時38歳の指揮官は、選手たちがコーナーフラッグ付近で作る歓喜の輪へと駆け出し、ベンチ裏のはみ出し記者席にいた筆者の視界から消えていった。
あれから15年半、サッカー界の名将が、プレミアリーグで10年以上も采配を振るうことになろうとは。しかも、2008-09当時はプレミアリーグ復帰7年目の10位だった、マンチェスター・シティの監督として。
シティは恵まれている。プレミアは、監督の“短命”が当たり前の厳しい世界。成功を手にする者も、相当の代償を支払わされる。リバプールで相思相愛の労使関係にあったユルゲン・クロップが、就任9年目の昨季、精根尽き果てて退任を決めたばかりだ。
そうした監督陣の中でも、グアルディオラと同じレベルで四六時中サッカーに没頭する者は珍しい。クラブのお膝元は、就労も就職活動もしていない16歳以上65歳未満が多いとされる都市。シティのボスは、マンチェスター随一のハードワーカーかもしれない。それでいて、就任9シーズン目の今年11月、通算3度目の契約延長に合意しているのだ。
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。