【3日間無料】「事務処理化」するプレーメイカーの未来は、カオスの理論化?それともエコロジカルな環境づくり?
喫茶店バル・フットボリスタ~店主とゲストの本音トーク~
毎月ワンテーマを掘り下げるフットボリスタWEB。実は編集者の知りたいことを作りながら学んでいるという面もあるんです。そこで得たことをゲストと一緒に語り合うのが、喫茶店バル・フットボリスタ。お茶でも飲みながらざっくばらんに、時にシリアスに本音トーク。
今回のテーマは、従来のゲームコントロール能力に加えて、テクニックとフィジカルの高いレベルでの両立が求められるようになったプレーメイカーの未来について。現代サッカーではプレーメイカーが担っていた機能は11人に分担され、そもそも特定の「司令塔」はいらなくなったという考え方もある。果たして、彼らの行き着く先はどこなのか?
今回のお題:フットボリスタ2024年9月特集
プレーメイカーは絶滅するのか?
店主 :浅野賀一(フットボリスタ編集長)
ゲスト:川端暁彦
そもそも「プレーメイカー」って何?
川端「マスター、今日は『プレーメイカー』をテーマに話そうということで呼ばれて来ました。……が、そもそも『プレーメイカー』って、何をもってそう呼んでるのでしょう?」
浅野 「編集部の見解としては、まず『二手先、三手先を読みながらボール保持時にポジショニングやパス、ドリブルで優位性を生み出して試合の流れをコントロールできる選手』という定義で考え始めました」
川端「つまり、プレーエリアは関係ない?」
浅野「そこも議論になりました。レナート・バルディの取材前に片野道郎さんともすり合わせをして最終的に、特集全体としては『ミドルサードまでを舞台に、ファイナルサードにボールを送り込む/持ち込むプレーによって、ビルドアップから仕掛け/フィニッシュにつながる優位性を作り出すプレーヤー』という定義でスタートしています」
川端「日本で過去『ゲームメイカー』と呼ばれることが多かったわけだけど、その頃にイメージされていたのは、いわゆる『10番』だよね。それが『いなくなった』という議論はだいぶ昔に終わって、今度はさらにそれより下がった位置のセントラルMFやアンカーにも『メイカー』がいなくなってるみたいな話をしているという認識でいいのかな?」
浅野 「その認識で間違いないです。この特集でイメージしたのはトニ・クロースやチアゴ・アルカンタラですね。古くはシャビやピルロ。なので『10番』ではなく、アンカーの位置に近いです」
川端「つまり、イタリアでいう『レジスタ』のイメージか」
浅野「そうそう。ちょうどクロースやチアゴが昨シーズンいっぱいで引退したので、いい機会だなと考察してみることにしました。みんな薄々は感じていた傾向だと思うので」
理想はロドリのような技術とフィジカルの両立
川端「賀一さんは覚えているかわからないけど、2017年のU-17、20W杯を終えた後に、『ボランチのアスリート化』が世界の若年層の明確な傾向で、これから上の年代についても傾向は加速していくという話をしたんだよね。あの流れの延長線上に今のトレンドがあるのは確かな気はする。これは、アスリート能力が世界基準から言うと低い日本のプレーメイカータイプが上のレベルで戦うのがしんどくなるのではないか。そんな予測と表裏一体だったんだけど、これも外れてはいなかったかな」
浅野「今回の特集を通じて何度も言及されているけど、サッカーのインテンシティが年々高まっていることによる『スペース』と『時間』の圧縮は大前提としてあるよね」
川端「それはちょっと視点が違うと思っていて、そもそも“時間とスペースを圧縮するための能力”が中盤の選手に強く求められるようになっているからこそなんだよね。時間とスペースが圧縮されたからプレーメイカーが消えたわけではなく、逆だと思う」
浅野「なるほど、それはあるかもね」
川端「よく『育成年代はフィジカル能力が高い選手が活躍して、上の年代になると技術に優れた選手が〜』という話をされるんだけど、これもトップレベルからいうと実態とは明らかに違う。むしろ技術に特化した選手はフィジカル的な能力が不足していることで大人の年代で難しくなるケースが多い。逆に言うと、フィジカルな能力とテクニカルな能力を併せ持つ選手は、現代でも『プレーメイカー』になり得る、とも思う。つまり、ロドリなら成立する!(笑)」
浅野「バルディの見解も『現代サッカーの理想はロドリ』という結論でしたね。ただ、『ロドリのようなMFはそうめったには生まれません』とも付け加えていましたが(笑)」
川端「それはそうなんだけど、『求められるから出てくる』だろうとも思う。アスリート能力が重視されるようになったからアスリート能力“だけ”が必要とされるんじゃなくて、それを持った上で、なおかつ技術的な能力を持った選手が求められるようになったということ。ロドリレベルに達してなくとも、それに迫る能力は自ずと求められる。日本代表でも、セントラルMFの大型化が進んでいるけど、これも別に偶然そうなっているわけじゃないしね」
浅野「特集ではみんながいろいろな提言をしてくれましたが、『プレーメイカーの分散』というのは1つありますね。プレーメイクの機能を1人が担うのではなく、GKも含めた全員が分担して担うというものですね。だから、どのポジションにも高度な戦術理解力が求められていると言い換えられるかもしれません」
川端「それは現代サッカーの大前提でしかないですよ。その上で相手を上回るにはやっぱり中盤の中央に“違い”を作れる選手は必要でしょって話じゃないかな? もちろん勝ち方はいろいろだから、中盤中央にアスリート並べて勝ちますって方向性もあるんだろうけど、そういう時代だからこそって部分も出てくると思うな」
「ビルドアップ隊」と「前線」のどっちに入るか?
浅野「あと、そもそも戦術的な機能として中盤の底に位置する選手に求められるものが変わってきているというのも同時にあって、攻撃時にビルドアップ隊と前線に張る部隊に分かれた時に、中継地点として相手のハイプレスをかわしてミスなくつなぐプレーを求められる比重が高くなって、意外性よりも速く正確なスキルが必要になってきていますよね」
川端「確かに『アンカー』の話になると、また話がズレてきますね」
浅野「ハイプレスvsビルドアップの戦術進化によって、将棋みたいに最善手の応酬になってきている背景はあって定石を外す一手ではなく、定石通りの展開を高速でこなせる判断力とスキルが求められているというか」
川端「日本代表の10月シリーズで『守田のタスク』がちょうど2試合で分かれたじゃないですか。サウジアラビア戦では『6人目』の攻撃手として機能して、遠藤航のいなかったオーストラリア戦では『中継点』になった。自分はその『6人目』こそ現代型プレーメイカーの1つの形として話していましたが、賀一さんはあくまでアンカー仕事のイメージか」
浅野「ロドリや守田みたいにその両方をこなせるのが理想ではありますよね。ブスケッツはアンカー特化型の最高峰だと思いますけど、彼のフィジカル能力ではバルサやスペイン代表以外では厳しいかもしれない。個人的にはすごく好きな選手ですが……」
川端「戦術的に整理されたチームのアンカーのさばきをファンの人が『事務処理』と言っていて、言い得て妙だなと思ったことがあるんですよね。必ずしも創造的な仕事、意外性を出す仕事ではないけど、効率化するための頭脳は常に求められる。ただ、育成年代からこの仕事に特化していた選手は、高いレベルになると、しんどくなってしまう傾向もありますが」
「事務処理」ばかりだとサッカーがつまらない?
浅野「今回の特集は、まさに『事務処理』化が強く求められる現代サッカーの傾向への問題提起でもありますね。以下、山口遼さんの記事からの引用です。
『膠着打破のためには、そもそもの現代フットボールのつまらなさの根源である「既知の展開の繰り返し」を打破するような戦術的な革新が必要になるだろう。基本的に、初めから最善手を選択するような単純な入力に対しては、相手も守備の最善手を返すことですぐさま「既知の展開」が発生することになる。例えば、フリーなら前を向き、まずは中央からパスコースを探すがダメならサイドを見る、という非常に当たり前の順序で攻撃を選択していると守備側もボールホルダーに1stDFを決めつつ中央を封鎖してサイドに誘導、というように最善手同士の応酬に収束していき、最終的には精度、スピード、パワー、集中力でしか差がつかなくなってくる』
この視点は面白いと思いました。最善手同士の応酬になると、スキルの精度、スピードやパワーで上回るしかなくなって、『ものすごくレベルは高いんだけど意外性はないな』と感じていたんです。最近のプレミアリーグを見ていると、特にそれを感じます。そのエスカレートする競争の先に未来はあるのかなと漠然とした危機感がありました」
川端「山口さんの危機感はわかるよ。逆にJリーグが持っている独特の面白さって、意外にそうなっていないところな気もしているし(笑)」
浅野「理論化しすぎてもだめだし、カオス過ぎてもだめというのがフットボールの面白いところかもしれませんね(笑)。山口さんはカオスな部分の理論化を目指すべきという方向性ですね。確かにそういう進化の仕方は必然の結果としてあるだろうなと思いつつ、同時に一歩間違えると難しいことになるなとも」
川端「理論化することと実践することはイコールじゃないからなあ。理論化できたから実践できるというのは錯覚なんだよ。イニエスタのプレーがいかに合理的かを言語化するのは不可能じゃないけど、それを実際にやってみる、やり続けることができるかは別の話なのと一緒で」
浅野「今はメッシみたいな唯一無二な存在を戦術上の個性にしている“〇〇システム”みたいなのがあるけど、やっぱああいう予測不能な選手を活かせれば強いよね。最善手の応酬という因果からの脱却ができる。例えば、クロースもそうだよね。急にプレーが止まったりするし、クロースが止まると相手もフリーズしちゃうんだよね」
川端「モドリッチが大事な場面で必ず仕事するのもそうでしょうよね。仕事の仕方はいろいろだけど。『再現性』を言い過ぎると、逆に限界も見えてきちゃって、高いレベルの勝負で相手を上回れなくなるんだよね。カタールW杯におけるルイス・エンリケのスペイン代表にもそういうのを感じたけど。逆に相手は『次に何をするかわかっちゃってる』状態になるわけで」
浅野「そうなると、あとは既知の展開の中のスピード勝負で上回るか、相手の集中力が切れてミスるかの勝負になっちゃうんだよね。そういう構造って、『そもそもゲームとして面白いかな?』というのもあるよね」
川端「W杯みたいなビッグトーナメントだと相手のメンタル的なパワー切れを待っても、お互いに極限の集中をしているからミスが起こらない。だから何も起こらないで終わる、みたいになりがち(笑)」
浅野「集中力が切れないと、全然点が入らないという(笑)」
川端「5人交代ルールで体力切れの選手を入れ替えやすくなったことも、こうした傾向に拍車をかけた面がある」
浅野「なおさら、相手をデュエルで圧倒できるフィジカル能力への傾倒や1対1で突破できるウイングの需要が高まっているのともつながってきますよね。日本もオーストラリアの気合いのディフェンスを破れなかったですし」
川端「あれは逆に日本が心理的にちょっと抜けてたタイミングでの失点がキーファクターだよね。0-0のままいってたらオーストラリアが最後まで持ったとはあんまり思えない」
浅野「まあ、ただ後がない実力国が本気で守りを固めればこじ開けるのは簡単ではないですよ。サッカーはそういうゲームだしね」
川端「でも、だから面白いんだとも思うけどね。山口さんは“オーストラリア側の快感”に共感できないから苦しいんだと思う!(笑) 5バックで必死に守って、良い選手揃えて上手いチームを苦しめるのって、それはそれでめっちゃ楽しいじゃん、という」
「カオス」を理論化するアプローチの難しさ
浅野「それもサッカーの醍醐味ではあるよね、確かに(笑)。ただ、そうやって楽しく守っている相手を構造で突破しようと思うなら何らかのブレイクスルーが必要ではある。今季の欧州サッカーでは中央のオーバーロード戦術が流行りつつありますね。中央に人数をかけて狭いコンビネーションで突破するというアイディア。選手同士の相互作用、瞬間的なアイディアの共鳴などが活きる形かもしれません」
川端「それはずっと昔から日本がやっていた方向性ではあるんだよね(笑)。中央に密集して狭いコンビネーションから突破を図る。翼くん岬くん以来の伝統」
浅野「対ポジショナルプレー守備の『5+4守備ブロック』を突破するには、どこかのエリアで密集を作るのが効果的かもしれないという。コンテのナポリがまさにそうですね。中央だと事故が起こればゴールチャンスだしね」
川端「VAR導入でPKの期待値が上がったのも大きいよね。日本代表のサウジアラビア戦もそういう攻めが何度もあったけど、それこそ守田の機を見るに敏な突撃能力があってこそ」
浅野「中央オーバーロード戦術は、ポケット=ニアゾーン攻略も有利になるしね」
川端「ただ、ポケットへの攻撃は逆に定番化しすぎたことで守る側の熟練度がだいぶ向上し、相対的な有効度が落ちてきているのも感じる。オーストラリアもそうだけど、トレンドに傾倒した結果として失うものもあるから、気をつけないといけない」
浅野「日本が得意にするような阿吽の呼吸によるコンビネーションは実際に効果的だとは思うよ。あとは、それをいかに構造の上に載せられるか。奪われた後の攻守の切り替えもそうだし、秩序とカオスのバランスだよね。カオスな要素は個でもいいし、ユニット間のコンビネーションでもいいんだけど、それを活かすように組織を作る設計が必要」
川端「設計は大事なんだけど、W杯を意識するなら、あんまり事前に確立し過ぎない方がいいと思う。そのさじ加減って、『人』によって変わらざるを得ないし。例えば、モドリッチがいるならモドリッチに合わせるしかないけど、W杯にモドリッチがいるとは限らない」
浅野「特に代表チームは、早くにチームが完成すると研究されちゃうのもあるしね」
川端「最近、格闘ゲームの大会を取材する機会があった時にすごく感じたんだけど、格ゲーって正解と言えるセオリーがかなり確立されているから、『正解を詰め込む』みたいなコーチングになりがちなんだよ。でも、『詰め込み過ぎると負ける』んだよね(笑)」
浅野「それはなんとなくわかる気がするね」
川端「やっぱり人間の脳ってそういう風にできていないから。『いろいろやらなきゃ』『あれもやらなきゃ』『こっちも意識しなきゃ』となっていくと、とっさの反応が弱くなったり、予想外のアクシデントに対応できなかったり、ここぞの勝負どころへの意識が希薄になったりする。だから、特に直前のコーチングでは、『いいぞ! 今までやってきたことを出すだけでいいんだ! がんばれ! お前ならやれる!』というメンタルなアドバイスに徹するコーチもいて、実際そっちの方がパフォーマンスが良かったりもする」
浅野「そこはサッカーと似ているね。サッカーも相手との駆け引きだから、脳のどこかに余白を残しておかないと、どうしても決まった解をなぞることに集中しがちになる。そうすると、相手への意識が抜けちゃって逆に勝てなくなるのはよくわかる話です」
川端「『初めに対策ありき』だと、対策と違うことをやられた時にパニックになっちゃったりもあるしね。ただ、同時にこれは『人による』。逆にちゃんと『このキャラはこうだからああしなさい。こうやることに徹しよう』と言った方が落ち着いて良いプレーできる人もいるだろうと思う」
浅野「だから脳のリソース問題とも言えるわけか」
川端「サッカーはチームスポーツだからそのさじ加減はより難しいだろうけど、トップレベルのコーチングに関しては、より個別的になっていくんだろうなという気はしている」
日本で「ボランチのアスリート化」が起きていない背景
浅野「プレーメイカーの話に戻ると、機能としてはチーム全体に振り分けられていくけど、予想を超えたプレーをするという創造性という機能は必要だよね。それを担うのが個人なのか、グループなのかはそれぞれかもしれないけど」
川端「程度問題こそあれ、『技術や創造性がいらない』ってことにはならないと思うよ。同時に求められるようになった、ということ」
浅野「もう1つ気になるポイントは、そうした多機能な選手を育てるための育成だよね。山口さんの指摘でもう1つ重要だと思ったのは、川端さんの意見とも重なるけど、10年前にちょうどラルフ・ラングニックが頭角を現してきてサッカーのハイインテンシティ化が加速した。今のサッカー、そして近未来のサッカーはその傾向の中で育ってきた選手が中心になっている。そうすると、プレーメイカーはさらに育ちにくい環境になるかもしれないという危惧はあります」
川端「古典的なプレーメイカーという意味では、確かに『育ちにくい』というか、そもそも『求められていない』というのは明確にあると思います。一方、『アスリート能力を兼ね備えるプレーメイカーの資質を備えた選手』は全ポジションでめちゃくちゃ求められています」
浅野「確かに」
川端「逆に日本はいわゆるシャビ的な選手を理想とした感覚がまだ残っていて、『アスリート能力とプレーメイカー能力を兼ね備えたボランチ』が少なくて、各年代の代表は『対世界』を意識した時に、結構困っていますね」
浅野「両方を兼ね備えている選手はなかなかいないからね」
川端「Jリーグを観ていても、まだまだ中盤の中央に“プレーメイカー”が健在の国ですからね」
浅野「なるほど。シャビが理想だから、アスリート能力が伴っていなくてもいいと思っちゃっているわけか」
川端「思っちゃってるというか、現実にそれが可能なわけです。170cmに届かないくらいの選手が中盤の中央でこれだけレギュラー張っているトップリーグはそんなにないと思いますよ」
浅野「確かに今の傾向から見れば異質だね。良くも悪くもだけど」
川端「逆に中盤中央にアスリートタイプばかり並べているってチーム、Jリーグではそんなに観ない。育成年代でもトップクラスのチームではほとんど観ない。“ボランチ”を置いている。だからこの辺りの感覚は、例えばバルディが例に挙げていたイタリアとかなり事情が違う気はしている」
浅野「逆に川端さんはもう少しアスリートタイプを日本は発掘した方がいいという主張?」
川端「いや、そこは難しい問題なんだよ。そもそも日本は世界基準で『アスリート』と見なされるような運動能力、サイズ感を持った選手が稀少という大前提の事情がある。それゆえに、その稀少な存在はGKやCB、ストライカーにまず回したい、という(笑)」
浅野「そりゃそうだよな」
川端「SBの大型化も1つのテーマで、JリーグのアカデミーもJFAも取り組んできた成果も出てるポジションだけど、やっぱここも難しい。それでボランチにもアスリートをとなると……」
浅野「つまり、できるならやりたいけど現実的にはできない、ということか」
川端「『できない』とは言わない。ただ、やった場合の弊害も出てくるかもしれない、という感覚に近いかな。あとはコンバートに対してもっと柔軟になっていいとは思う」
浅野「遠藤航も最初はDFだったよね?」
川端「『最初』をどう定義するかですが、プロとしてのスタートはDFですね。遠藤なんかは『中盤の中央の選手としては下手すぎる』というのが当時の日本のサッカーの常識的な認識だったんだと思う。彼より『上手い』選手は同世代に限定してもたくさんいたので」
浅野「ただ、世界で通用するのは遠藤の方だった、と」
川端「遠藤も守田も、Jリーグのジュニアユースに入る技術的な基準に達していないとされた選手たちです。公立の中体連でプレーしていた選手が日本の欠かせないボランチになっているのは興味深いところですね。一番Jのアカデミーが強そうなポジションですし、彼らの年代で『上手い』ボランチは実際いっぱいいましたよ」
浅野「今のトップレベルのサッカーで求められるものとのギャップがあるんだろうな」
川端「まさにそういうことだと思います」
浅野「難しいね。特集の趣旨としてはアスリート化しすぎるとサッカーがつまらなくなるというものだったんだけど、日本だとそもそもアスリート化ができていないという段階か(笑)」
川端「これに関しては、実際ガラパゴスではあります。日本国内の試合で勝つためにアスリート性能が求められるポジション、タスクは他にあるので」
浅野「まさかの『日本のプレーメイカーはもっとフィジカルを鍛えよう』という2006年W杯のジーコのような提言が2024年現在の結論になるとは(笑)」
川端「鍛えるようにはなりましたので、そこは違いますね(笑)。今は上手い選手も筋トレするようになりましたから、そこは明確に変わっているんですよ。筋力のスタンダードはJリーグでもめちゃくちゃ上がっています。ただ、グローバルな基準で『アスリート能力を備えて、なおかつ上手いボランチ』が求められているけど、それって日本の環境だと育ちにく過ぎるぞ、という話です」
「ガラパゴス」が創造性を育む…かも?
浅野「逆に言えば、ちっちゃい子でも活躍できる余地があるポジションになっているということか」
川端「そうなんです。『ちっちゃい子はボランチかサイドバック、スピードとドリブルあるなら前』という感覚があるのが日本サッカーだと思いますし、実際にプロリーグで活躍している選手も本当にたくさんいるのが日本です」
浅野「そういうポジションがあるのも大事な気がするから難しいな」
川端「そうですね。久保建英とか堂安律とか、2列目のアタッカーとしてあまりサイズのない選手が入り込む余地はまだまだあります。ただ、まず相手に対応する必要があるサイドバックとボランチは『日本代表』というスタンダードからいくと、トップレベルで小さい選手が活躍するのは実際かなり難しくなってきた感覚もあります。もちろん、Jリーグならまだまだいけます。相手もほぼ日本人ですしね」
浅野「欧州サッカーのトップレベルを考えたら厳しいということか」
川端「逆に言うと、そういう選手は欧州へ進出しづらいので、Jリーグには『中盤中央後ろ目が好きな小柄な優秀選手』が、より残りやすくなっているとも言えるかもしれません。大型で運動能力があり、そして日本人らしい細やかな技術もあるというタレントなら、すぐに欧州へ買われていきますからね」
浅野「それもあるか。今まではそうでもなかったけど、将来アキレス腱になるポジションになる危険性はありそうだね。遠藤航とか守田英正、田中碧とかがロールモデルになれば、少しずつ変わっていく可能性もあるのかな?」
川端「そこは『文化』なので簡単に変わらない気がしています。ボール扱いの上手さを重視する国という基本的なサッカー文化は。リフティングとかパス&コントロールが本当に大好きなんですよ、僕らは」
浅野「そこはもう根づいている部分か」
川端「英国に留学した林舞輝さん(現・浦和レッズ分析担当コーチ)が、一番驚いたこととして『イングランド人はマジで筋トレが好き』という話を挙げてたじゃないですか。『自由に好きなトレーニングしていいよ』と言われて対面パスをするのが日本人なら、筋トレを始めるのがイングランド人だ、と(笑)。これはもう文化なんですわ」
浅野「あったなあ、そのエピソード。話を戻すと、欧州サッカーの傾向としては総アスリート化が進んでいる。ただ、その中でもプレーメイカーのようなビジョンや創造性は特異点として必要になってくる。一方、日本ではそもそもの中盤中央パートでのアスリート化が起きていないガラパゴス状態なので、別な議論をする必要があるというところでしょうか」
川端「それはそう。ただ、ガラパゴスが悪いかって言うと、自分は必ずしもそうは思わないんだよね。アスリートにも自然と技術が求められるようになっている環境とも言えるし、だからこそ育ってきているタイプの選手もいる」
浅野「それはあるよね。今の日本人選手が海外で活躍できている一因でもあると思うし。結局、サッカーという競技はどこかは足りなくなるものだし、A代表を見れば全体の帳尻は合っているようにも見えるから、安易に『何かを変えろ』とは言いにくいね。大きくなくても闘える選手は育っているし、逆に日本から特異点となるプレーメイカーが出てくる可能性もありますからね」
川端「個性的な国であることは強みでもあるので、別にネガティブではないです。今の欧州で日本人選手に需要があるのは、稀少な個性を持つ選手を輩出できているからこそ。ただ、もちろん“日本代表が世界で勝とう”と思った時に、『その環境では普通に育ってこなそうなタイプ』をどうやって育てるかは、中盤に限らず、もうちょっと意識した方がいいでしょうね」
浅野「高卒即海外でそういう選手が出てくるかもしれないしね。エコロジカル・アプローチじゃないけど多様な環境の方がユニークな選手が育つというのはあって、日本でちょっとガラパゴス的な育成をされた選手が早いタイミングで欧州に渡って、そこでさらに進化するというのが今の日本代表の主力で起きている気がします。守田とか遠藤とかもそうだし。欧州の選手って、そもそも小さい選手と対戦した経験が少ないDFも多い。そういう意味で、小さい選手も活躍する余地があって、ピッチ上でいろんなタイプが共存しているJリーグの多様性はプラスの部分もある。だから、日本でもこれからは大型ボランチだと『右向け右』になるのは良くないし、なんとなく今のサッカーの傾向をウォッチした上で『コンバートもありかも』とか育成の選択肢を広げていくのがいいのかもしれませんね。強引にまとめると、ユニークな選手を生むには、ユニークな環境を作るのが大事ということで(笑)」
川端「強引すぎる(笑)。まあ、結局は時代の傾向や需要があっても、“次”に来るのはまた違った要素だったりもするので、『時代はこうだからこうだ』と視野を狭くしすぎない方がいいとは思います。つまり、強い気持ちということで、ありがとうございました!」
●バル・フットボリスタ過去記事
- 1. 「0円移籍」はなぜ危険なのか。欧州サッカー移籍ビジネスの論理
- 2. “ガラパゴス化”は善か悪か? メキシコの葛藤は日本の先行事例
- 3. 遠藤保仁やピルロの時代は終焉?「ボランチ=司令塔」はどこへ行く
- 4. ハリル日本のグダグダ感は情報戦? メディアもファンも試されている
- 5. サッカーメディアの課題は指導者に「書かせる」こと?
- 6. ポジショナルプレー=流行語大賞? 求む!「日本サッカーの日本語化」
- 7. 柴崎岳の戦術センスの源泉とは?「未来のサッカー選手」の育て方
- 8. 論理では説明できないハリル解任劇。「謎の国ジャパン」は対戦国も脅威
- 9. JFAを悩ます日本人監督の育成。改革のキーワードは「明治維新」?
- 10. ゲームモデルサッカーのお披露目。W杯で見える「世界の壁」の正体
- 11.前編 ドイツ、イングランドは危険?人工的なゲームモデルの限界
- 11.後編 日本代表の暗黙のゲームモデルvsハリルの「裏」志向の対立
- 12. Jリーグのアジア戦略の難敵は、JUVENTUSのブランド戦略?
- 13. 代表の森保は広島の森保に非ず。「世界」を追いつつ「日本」を見る
- 14. ポジショナルプレーとストーミング。最後に問われるのは「好き」の感情
- 15. 新世代スターの育て方は計画的に。日本の理想モデルが堂安律な理由
- 16. 川島永嗣への“総叩き”で感じた、日本でGKが育たなくなる危機感
- 17. モウリーニョの敵は『SNS世代』。もうロッカールームは聖域ではない
- 18. 健全ドイツサッカーが育成で苦戦?「儲ける」で一致団結できる強さ
- 19. 宮市亮やロッベンから学べること。サッカー選手をケガから守る方法は?
- 20. Jリーグにも「ブーム」の兆し。欧州発のゲームモデルって何?
- 21. 倉敷保雄と考える「南米」の魅力。南米サッカーの言語化は可能か?
- 22. プレミア支配はただの金満に非ず。問われる「1強リーグ」の在り方
- 23. 水面下で進む大きなルール改正。「リアルタイム分析解禁」が意味するもの
- 24. 「カジュアル化」した欧州移籍。 今こそ問われる制度設計の不具合
- 25. 欧州クラブと若手日本人の思惑一致。「狙われるJリーグ」の生存術とは?
- 26. 「守る」or「繋ぐ」モダンCB論。行き着く先はブラックサッカー?
- 27. ナーゲルスマン+ストーミングに日本代表の悩み解決のヒントがある
- 28. モウリーニョと小嶺先生の共通点!?“キャラ変”できる指導者の凄み
- 29. 属人的でもマニュアルでもない戦術的ピリオダイゼーションの秘密
- 30. どこよりも真剣にJapan’s Wayを掘り下げる。「日本人らしさ」という幻想と向き合えるか
- 31. Jリーグの「欧州化」が進んでいる?川崎が目指すべき理想はアタランタ
- 32. エコロジカル・アプローチで「我が意を得たり!」。トレーニングの学問化が明らかにする「選手の学習システム」
- 33. “後出しじゃんけん”ではございません。異質なカタールW杯を前に、日本代表の新たな在り方を提案する
- 34. 日本代表のロールモデルはクロアチア?ドイツとスペインから学んだ「強固なゲームモデル」の表と裏
- 35.ウイングはエコロジカルに育てるべき。三笘薫の成長プロセスにヒントがある?
- 36.欧州移籍するなら狙い目はJ2?「MCO×サウジ」の波及効果はJリーグも直撃する
- 37.ピッチの中も外も「対応力」の時代。ロングスロー論争が無意味である理由
- 38.広島、長崎、今治、金沢、そして清水…Jリーグの新スタジアムブームの背景には何がある?
- 39.「ケガの予防=選手のF1マシン化」への懸念。膨大なデータを活用するために必要なのは何か?
- 40.「ライセンス=学び」なしでは無理。現代サッカーで監督になるために必要な時間は最短5年?
- 41.Jリーグのホームグロウン制度が抱える矛盾。「育てる」「売る」はOK、でも「プロにする」はNG
- 42.「事務処理化」するプレーメイカーの未来は、カオスの理論化?それともエコロジカルな環境づくり?
Photos: Getty Images
Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。