ディアラ判決は移籍市場を変えるのか?「一方的契約解除」が認められた先にある未来
CALCIOおもてうら#30
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、移籍金ビジネスを根本から覆しかねない「ディアラ判決」について、あらためて議論のポイントを整理し、今後の展望をしてみたい。
さる10月4日に欧州司法裁判所が下した、ラサナ・ディアラの移籍問題に関する判決は、欧州サッカーの移籍市場、ひいてはフットボールビジネス/エコノミーの仕組みそのものを大きく覆す可能性を持っている。その一方の当事者であるFIFPRO理事の山崎卓也弁護士による解説記事『移籍金で「稼ぐ」時代の終焉。ディアラ判決が国際サッカー界を震撼させている理由(前編)』『移籍金に頼らないJリーグが経営の最先端に?ディアラ判決が国際サッカー界を震撼させている理由(後編)』を拝読して、この判決の持つ意味の大きさを強く認識させられると同時に、フットボールエコノミーの現在と未来について考えさせられた。
移籍金ビジネスはその中でどのような役割を果たしているのか。それがなくなるとしたら欧州サッカーのエコシステムはどうなるのか。移籍市場に頼らないフットボールエコノミーの再構築は可能なのか――。これらの問いに対して、山崎弁護士の解説に補助線を引いてみたい。
該当するのは「双方の合意によらない」一方的契約解除
まず大前提として、現在の移籍制度がどうなっているかを確認しておこう。
プロサッカー選手の契約および移籍についての枠組みを定めているのは、今回のディアラ判決でも槍玉に挙がったFIFAの「選手のステイタスと移籍に関する規程(RSTP)」だ。この規程は、1995年のボスマン判決(契約満了後の移籍の自由、国際移籍の自由を認めた)を受けたEUスポーツ委員会が1998年、契約期間内の移籍が原則として認められていないのはEU法が定める「労働と移動の自由」と「公正な競争」に抵触するとして、FIFAに移籍制度の見直しを勧告したのを受け、3年間にわたるネゴシエーションの末、2001年に定められたもの。その後何度かの改訂を経たが、大枠は変わらないまま現在に至っている。
その中でクラブと選手の契約関係についての原則を定めている第13条は、「契約は契約期間の満了あるいは双方の合意によってのみ終了する」と定めている。しかし、続く14条、15条にはその例外として「正当な理由」(契約違反、モッビング、給与未払い、出場機会が公式戦の10%未満など)があれば、クラブ側あるいは選手側からの一方的な契約中途解除が可能だと記されており、さらに17条では「正当な理由のない」一方的契約解除についても、それが可能になる条件とその手続きが定められている。
現在行われている移籍のうち、契約期間中に行なわれている移籍のほぼすべては、形式的には、13条が定める「双方の合意による」契約の中途解除にあたる。移籍元クラブが、移籍先クラブから一定の代償(=移籍金)を受け取ることを条件として、選手との間で契約の中途解消に同意するという仕立てだ。この場合、移籍金の金額はクラブ間の交渉によって自由に決められることになる。そこに働くのは市場原理だけだ。
一方、このディアラ裁判で問題になったのは「双方の合意によらない」、しかも「正当な理由のない」一方的な契約の中途解消という、第17条が扱うケースだ。その詳しい経緯は山崎弁護士の記事にある通り。あらためてざっくりまとめると次のようになるだろうか。……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。