J2残留達成、しかし…。片野坂監督の「シームレスフットボール」はなぜ、苦戦したのか?
トリニータ流離譚 第18回
片野坂知宏監督の下でJ3からJ2、そしてJ1へと昇格し、そこで課題を突きつけられ、下平隆宏監督とともにJ2で奮闘、そして再び片野坂監督が帰還する――漂泊しながら試練を克服して成長していく大分トリニータのリアルな姿を、ひぐらしひなつが綴る。第18回は、J2残留が決定した今、あらためて片野坂監督が掲げた「シームレスフットボール」が苦戦した理由について考えてみたい。
10月27日、J2第36節。大分トリニータはアウェイでブラウブリッツ秋田に挑み、2-0で勝利。同時に栃木SCが清水エスパルスに0-1で敗れたため、残り試合で栃木が残留圏との勝ち点差を超える可能性が潰え、トリニータのJ2残留が確定した。
ここまで本当に苦しい道のりだった今季。3シーズンぶりに指揮を執ることになった片野坂知宏監督の下、「シームレスフットボール」をキーワードに新たなスタイル構築へと踏み出したが、開幕直前から主力候補に負傷者が相次ぎ、プレシーズンの好感触が雲散。それでも当初は最初に志したものを貫こうとしていたが、さらに負傷者が増え、その復帰も遅延して、一時は戦力の半数近くがリハビリや別メニュー調整を強いられる状態で、戦術やフォーメーションを変更せざるを得なくなった。
その時どきに稼働できる選手を組み合わせて対相手戦術を落とし込む繰り返しでは、チームのベースが育たず安定した戦いは望めない。シーズン序盤にやむを得ず駆り出していた特別指定選手たちも夏以降は大学リーグへと戻っていった。頭を抱えながら片野坂監督以下コーチ陣は知恵を振り絞ったが、選手たちにとっては監督のやりたいことが見えず、迷いを抱えたままプレーすることになる。土台がない状態でメンバーが入れ替わり立ち替わりするため、それぞれの特徴によって戦い方はさらにブレた。選手たちが拠りどころを求めたため、シーズン半ばを過ぎてからは片野坂監督も徐々に具体的指示の割合を増やしたが、当初のハイプレスからミドルブロックへとシフトしたあたりから、攻撃回数が著しく低下。1試合シュート数が2、3本というゲームが続き、これまた頭の痛い事態となった。
フォーメーション変更や微調整を続け、チャンスクリエイト数やシュート数は徐々に回復したが、イージーなミスや軽い守備からの失点で勝ち点を積むペースが上がらないままにシーズンは進んだ。残り試合数が少なくなるにつれ、残留争いの切迫度も高まっていく。チームは目標をJ2残留へと明確に切り替え。中断期間を利用して[5-4-1]ブロックによる守備をあらためて落とし込むと、第32節の横浜FC戦からはその戦法で勝ち点を掴みにいった。
一時はチーム得点ランク首位の長沢駿と2位の渡邉新太が同時に離脱するなど巡り合わせの悪さにも泣いたが、シーズン終盤に差しかかったあたりからようやく鮎川峻、池田廉、茂平、屋敷優成、町田也真人、薩川淳貴ら長期離脱組が続々と復帰。長沢と渡邉も合流して選手層が回復し、チーム状態は上向いた。J3降格圏まで勝ち点5差というところにまで追い詰められていたが、戦力個々の力量が組織に還元され、残留争いにもやや明るい兆しが感じられるようになった。
それらが噛み合うように、横浜FC戦で勝ち点1、続く藤枝MYFC戦で勝ち点3を積む。ここから巻き返しをと意気込んだが、第34節のV・ファーレン長崎戦はトリニータにとって折悪しくピーススタジアムの柿落としと重なり、芝の根づいていない不慣れなピッチでアウェイの雰囲気に呑まれて萎縮すると、イージーなミスから失点を重ねて1-4で大敗。折角上向きかけた流れを手放すことになった。
「ビルドアップ封印」という覚悟の決断
苦しい状況ではあったが、18位の栃木もなかなか勝ちきれず、勝ち点差の開きは縮まらない。あと1勝すれば残留をほぼ確定できるという段になった時、指揮官はさらにリスクを回避する現実的な戦法へと切り替えた。片野坂監督の率いるチームが本来得意としてきたはずのビルドアップを封印し、とにかく手数をかけずに前線へと配球。スピード自慢の鮎川や屋敷が相手の背後に抜けつつ、相手陣でプレーする時間を増やした。もとより技術があり攻撃力の高い戦力たちの特長が生き、彼らがアタッキングサードで枚数をかけられるようになると、試合を優位に進めセットプレーのチャンスも多くなる。
それを徹底した第35節の水戸ホーリーホック戦は、好感触もありながら0-0の勝ち点1止まり。一方の栃木もザスパ群馬とスコアレスドローで、勝ち点差は5のまま、残り3試合となる。第36節でトリニータが勝利し栃木が引き分け以下ならば、トリニータの残留と栃木の降格が確定。トリニータが引き分けでも栃木が負ければ、得失点差の開きによりほぼ残留を手中にできる状況となった。
だが、第36節の相手はブラウブリッツ。トリニータが第35節から採用する、両ゴール前にシンプルにパワーをかける戦法を、チームスタイルとして日頃から徹底し深く浸透させているチームだ。その道のプロフェッショナル感満載の相手に対し、トリニータの付け焼き刃が通用するのか否か。
その懸念をチームは、気合で吹き飛ばした。シンプルな戦術の下にタスクが明確になったことで迷いがなくなった選手たちは、攻守に距離感よく立ち回り、人数をかけて屈強な相手を上回る。相手のミスを見逃さずに鮎川が先制点を挙げると、間もなくデルランも追加点。ブラウブリッツも強度を落とさず追撃してきたため、最後まで行方のわからない展開となったが、無失点で逃げ切ったトリニータが、2試合を残してアウェイの地でJ2残留を掴み取った。
なぜ、ここまでケガ人が増えたのか?
今季、戦い方が二転三転する中でチームとしての積み上げができなかったことに関し、「もちろん、終わってからだったら何でも言えるんですけど」と前置きした上で、西山哲平GMは分析する。……
Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg